第275話 俺はお部屋に案内されたい
「ようこそお越し下さいました」
俺達は中に入らせてもらうと、着物の女性は下駄を脱いで玄関に上がって正座し、丁寧にお辞儀をした。
まだ名乗られてはいないが、俺は彼女がこの旅館の女将さんだろうと思っている。
なぜなら、彼女が横にそっと置いたカーディガンの下から露わになった着物に、いくつも『女将』という文字が書かれていたから。
水色の生地に墨で書かれたような女将の文字。カーディガンで隠れていたからよく見えたが、正直に言ってとてつもなくダサい……。
「私、この旅館の女将をさせてもらっております。
真理亜さんというのか。美しい容姿にピッタリな綺麗な名前だ。
「本日ご予約の山猫様、オカルト研究会様御一行ですね?どうぞお上がりください」
真理亜さんがそう言うと、奥から出てきた仲居さん達が、俺達の持っていたスーツケースを運んでくれる。
『山猫様』という呼び方に一瞬ドキッとしたが、他の4人はどうやら気にしていないらしく、『抽選で当てた券だから、他の人の名前なのかな?』と思ってくれたみたいだ。
俺もこういう場面のことをすっかり忘れていたな。気を張っておかないと、いつバレるか分からないぞ……。
「朝早くの出発でさぞお疲れでしょう。お部屋でゆっくりお休みください」
手で『こちらです』と示す彼女に着いていくべく、俺達は靴を脱いで上がらせてもらう。
真理亜さん、それに着いていく俺達、そして仲居さんという順番で廊下を歩み、部屋に到着するまでのその間に浴場の場所や夕食・朝食の時間などの説明をされた。
食事は基本的には時間が決められているが、前もって言っておけば変更もできるらしい。まあ、特に何かある訳でもないし、時間通りにして貰えるよう頼んでおいた。
「では、こちらがオカルト研究会様、あちらが山猫様のお部屋となります」
真理亜さんが指し示したのは、扉の横にネズミの絵が書かれた札が吊るされた部屋と、ネコの絵が書かれた札の吊るされた部屋だ。
ネズミがオカ研、ネコが俺達にあたる。意外にも結城達とは隣同士で、しかもネコの間は角部屋だ。
ホラーゲームでない限り、角部屋で隣から呻き声が聞こえてくるなんてことは無いだろうし、聞こえてくるとしても、いるのは顔見知りだけというのは正直安心する。
「関ヶ谷さん、壁に耳当てて盗み聞きなんてしないでくださいよ?」
「言われなくてもしねぇよ」
ツンツンと肩をつついてくる結城をシッシッと追い払って、俺は視線を真理亜さんのほうへと戻した。
「では、中で宿泊に関するご説明をさせていただきます。オカルト研究会の皆様は、仲居の
真理亜さんがそう言いながら、荷物を運んでくれていた仲居さんの1人に視線を送ると。
「はい!上から読んでも下から読んでも同じ名前!
まだ修行中なのだろうか。他の仲居さんとは違う色の着物を着た彼女は、元気にそう言ってガッツポーズをした。
自己紹介の仕方がアイドルっぽい……というのは偏見かもしれないが、少なくとも旅館の仲居さんがやるもんじゃないな。いや、おかげでもう覚えちゃったけど。
「華奈、失礼の無いようにお願いしますね?」
「はい!お任せ下さい!」
真理亜さんは、少し低めの声で中居さんに釘を刺した後、鍵を取り出してネコの間の扉を開けた。
扉をスライドして開き、「どうぞ、お入りください」と優しく微笑む彼女を見て、『ここはPULLじゃないんかい』と心の中でツッコミを入れたのは俺だけの秘密だ。
真理亜さんから何時草旅館の造りや設備などの説明を受けた後のこと。
「そういうことでしたら、ネズミの間の皆様がペアチケット特典である『温泉貸切時間』に入浴されるのは構いませんよ」
結城らとの約束を守るため、念の為女将さんの了承も取っておこうと話をすると、真理亜さんはそれを快くOKしてくれた。
だが、彼女はふと思い出したように「しかし……」と言葉を続ける。
「ペアチケットでの貸切時間ですので、男女混浴となっております。間違いの起きないようご注意下さいね」
なんだろう、真理亜さんの視線がすごく刺さってくる。こいつは間違いを犯しそうだと思われているんだろうか。
「大丈夫ですよ、時間も分けるつもりですから」
「それならいいのですが……」
不安要素は取り除いたはずなのだが、彼女の表情はまだ晴れない。一体何を気にしているんだ?
「当旅館の温泉はにごり湯が売りですので元から白くにごっております。そうは言っても、そこに別の白いものを混ぜられると困ると言いますか……」
「真理亜さん、見た目に反して結構大胆なこと言いますね」
もろ下ネタじゃねぇか。てか、俺がそういうことをしそうに見えてるってのがショックなんだよな。ピュアピュアでピッカピカの男子高校生だって言うのに……。
「ま、間違い、白いもの……あぁっ……」
千鶴も千鶴で顔を赤めるなよ。お前がそんな反応すると、余計にそれっぽく見えるだろ!
「もしも、間違いを犯したことが発覚した場合、温泉を汚したとして訴訟も起こすつもりなのでお気をつけくださいね」
「は、はい……気をつけます……」
温泉を愛する女将さんならではの対策のつもりなんだろうが、中途半端な微笑みが逆に怖くて、俺は頷くことしか出来なかった。
「トレーニング施設やスポーツ施設の使用料はペアチケットに含まれておりますので、ご自由にお使い下さい」
真理亜さんは最後にそう言うと、丁寧にお辞儀をして部屋を出ていった。
机の上には鍵とお茶、部屋の隅には仲居さん達が運んでくれたスーツケースが置かれている。後で少し中身を整理しないとな。早苗のせいで中身がパンツだらけだし。
「色々と凄そうな旅館だな……」
俺はそう呟くと、畳の上に二枚重ねた座布団を置き、それを枕にして寝転ぶ。
1泊2日の短い宿泊ではあるが、初っ端から色々ありすぎて疲れてしまった。朝も早かったし、少し休ませてもらうとしよう。
「千鶴、何かあったら起こしてくれ」
そう言い残して、俺はそっと目を閉じた。
「―――――――――――れです!」
「ま、まさか!?―――――私も―――――ますよ!」
「ガーン!―――――――ちゃん負け確〜?」
段々と意識が眠りから覚めていく。やけに部屋が騒がしいのだ。これじゃ寝ていられない。
「…………って、なんでお前たちがここにいるんだよ」
思い切って
「UNOですよ、せっかくならみんなでやろうかと」
結城がそう説明してくれるが、俺はどうも納得がいかない。
もちろん、UNOをやる上で円になるのは分かる。全員に出したカードが見えやすいからな。というか、むしろ円以外でやってるやつを見た事がないくらいだ。問題はそこじゃない。
「なんで俺の腹をカード置き場にしてんだよ」
こいつら、わざわざ寝ている俺を取り囲み、その腹の上にカードをポンポンと重ねて遊んでいやがる。そりゃ、女子高生に囲まれるシチュエーションはアニメなんかでよく見るし、俺としても憧れではあったさ。
だが、これは何かが違う。どちらかと言うと、小人に捕らえられたガリバーの気分だ。
「だって、魅音がそうしようって言ったんですよ」
結城が少し不貞腐れながらそう言うと、魅音は申し訳なさそうに「ご、ごめんなさい……」と頭を下げた。
「関ヶ谷先輩、寝ていたので……この方が起きた時に輪に入りやすいかなと……」
彼女の言葉に、俺は思わず頬が緩んだ。魅音のすることだから悪意があっての事では無いと思っていたが、やっぱり俺の事を気遣ってくれていたんだな。
「寝転んだまま言うのもなんだが、ありがとうな」
(元)人見知りな魅音だからこそ、ここまで人同士の関わりについて考えられるのだろう。優しいは正義だ。
「えへへ……どういたしましてです♪」
彼女は心底嬉しそうに笑うと、「黄色のスキップです」と言いながら俺の腹の上にカードを重ねた。
「って、まだ続けるのか?」
「はい!この勝負が終わるまではテーブル役をお願いします!」
「……仕方ないな」
こんなキラキラした笑顔でお願いされたら、先輩として断るわけにはいかないだろ。我ながら、魅音に対しては色々と甘過ぎる気もするけど、これで喜んでもらえるならいくらでもやってやりたいな。
「碧斗、テーブルなのにニヤケないで」
千鶴に指摘され、慌てて上がった口角を元の位置に戻す。だが、それでも彼の不満そうな表情は戻らず、その後カードを出す度にこっそりと脇腹をつつかれるという地味な攻撃が始まった。
地味と言えど、的確につつかれたら体は相応に反応してしまう。そして自慢じゃないが、俺は脇腹がとてつもなく弱い。
千鶴につつかれる度に腹の上のカードが落ちそうになり、他の4人から注意されてしまう。そんな肉体と精神の両方を攻撃する行為は、ゲームが終了する20分後まで続いたのだった。
「も、もうゆる……して……」
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