第273話 俺は写真を撮られたい

「いい写真が撮れましたね!先輩♪」

「次のオカ研新聞に使えるね」

 シャッターを切る音に振り返ると、そこには見覚えのある人物達が居た。まあ、オカ研の2人と言えば誰か分かるだろう。

結城ゆうき魅音みおん!?なんで2人がここにいるんだ?」

 街で偶然会っちゃいました、ならまだ分かる。だが、ここは電車の中。しかも、比較的自然の多い田舎っぽい場所へ向かう線だ。

 そんな所でばったり会うなんて、ほぼ奇跡なんじゃないか?

「実は私たち、これから温泉に入りに行くんです!」

 魅音が声を弾ませながら楽しそうに笑う。

「温泉か、奇遇だな。俺達もこれから温泉旅館に泊まりに――――――――――――って、あれ?」

 すごい偶然もあるんだなぁ……なんて思ってから、俺はふと疑問に思った。この先に何時草温泉以外の温泉なんてあっただろうか……と。

「もしかして、何時草旅館か?」

 まさかと思いつつ聞いてみると、結城と魅音は大きく首を振った。…………縦に。

「も、もしかして……関ヶ谷先輩もですか?」

 おそるおそると言った感じで魅音が投げかけてきた質問に、俺は苦笑いしながら「そうだ」と返す。

 別にこいつらと同じ旅館だからどうこうする訳じゃない。部屋は離れてるだろうし、彼女らも彼女らで楽しむだろう。

 だが、顔見知りがいるというのは千鶴にとっての不安要素になると思う。俺がカバーしてやらないとな。

「今日はオカ研での旅行なのか?」

 俺がそう聞くと、結城と魅音は「あはは……」と曖昧な笑みを浮かべた。どうしたのかと聞こうかと思った矢先、彼女らの後ろの席から声が飛んでくる。

「ユアちゃんもいるよ〜♪」

「私もいます!」

 ひょこっと座席の上から顔を出したのは、時々購買部で働いてる神代かみしろさんと、放送部の御手洗みたらいさんだ。


 何気に久しぶりだから説明しておくと、神代さんと御手洗さんは幼馴染で、一見ギャルギャルしさがハマっている神代さんと、落ち着きのある清純派な御手洗さんは、中学まではキャラが逆だったのだ。

 だが、御手洗さんがそのキャラのせいでいじめられたのがきっかけで、神代さんの提案によりキャラを交換。

 神代さんは御手洗さんの代わりに、いじめの標的になったのだ。だが、その機転とコミュ力のおかげか、神代さんせのいじめは長続きすることはなく、結果的にいじめはなくなった。

 俺は、体育祭で休んだ部員の穴埋めとして使われたのがきっかけで、御手洗さんとは顔見知りになったのだが、キャラ交換の話を彼女の口から聞いた時はさすがに驚いた。

 まあ、『本当は悠亜ちゃんはギャルなんてやりたくないんじゃないか』と悩んでいた御手洗さんを元気づけられたし、神代さんが本当はいい人だってのは分かったから、今となっては話してくれてよかったと思っている。


「関ヶ谷さん、お久しぶりです!」

 御手洗さんがキラキラした笑顔で手を振ってくれる。今まで意識してなかったが、彼女はなかなか癒し系かもしれない。

「ああ、久しぶりだな。元気だったか?」

「はい!今日は悠亜ちゃんに誘われてきたんです♪」

「ユアちゃん、リコちゃんにも冬休みをエンジョイしてもらいたかったんだもん♪」

 友情みたいなものに包まれる空間。その傍らで、結城は「わっちは神代さんも誘った覚えはないんですけどね……」と呟いていた。

 さっきの苦笑いはそういうことか。そう言えば、神代さんの入部を拒否したものの、何度もしつこくお願いされて最終的にはOKしたらしいな。

 そうなると神代さんも正式な部員なんだし、普通に誘ってやればよかったのに……とも思うが、結城や魅音からすると、神代さんはあまり得意なタイプじゃないんだろうな。仕方ないか。

 勝手に着いてきたっぽいが、予約の方は大丈夫なんだろうか。神代さんと御手洗さんが増えたことで、予定よりも人数が倍になってるってことだし、もしかするとこいつら、泊まれないんじゃ……。

 まあ、俺が気にすることじゃないか。

「ところで結城。何時草旅館って高いだろ?お前らはどうやって泊まるんだ?」

 俺達は福引のペアチケットだけど……と続けると、結城はカバンの中から一枚の紙を取り出した。

「実はこの前、『学校新聞フェス』という全国の高校生が書いた新聞が集まる大会があったんですよ。そこで準優勝したので、校長がお祝いとして宿泊チケットをくれたんです」

「なるほど……って、校長も太っ腹だな」

「経費で落とす、って言ってましたけど」

「……ケチだな」

 まあ、お祝いしてくれるだけマシか。それにしても、オカ研を残すために始めた新聞がここまで成長するとは思ってもみなかった。結城も魅音もさすがだ。

 そう思いながらチケットを見てみると、『1名様~4名様までご自由の人数で使えます』と書いてあった。人数問題は解決してるっぽいな。

「ところで、関ヶ谷さん。ひとつ聞いてもいいですか?」

 結城はチケットを丁寧にカバンへ戻すと、もう一度こちらを見てそう言った。俺が「なんだ?」と聞き返すと、彼女は視線を俺の向かい側に移動させる。

「そちらの女の子、誰ですか?」

「誰って、ちづ……友達だけど」

 名前を言いかけて、慌てて引っ込めた。千鶴も突然自分の話に変わって焦っているらしい。スカートの裾を握りしめているのがわかった。

「友達、しかも女の子と温泉旅館ですか?彼女もいますよね?わっち、危ない匂いをプンプン感じますなぁ〜?」

 こいつ、完全に疑いの目で見てやがる……。魅音の方は、疑いと言うよりも不安を感じられた。魅音は優しいからな、俺を心配してくれているのだろう。

 神代さんと御手洗さんは、こちらに興味なしと言った感じで、2人でババ抜きをしていた。

「ババを持ってるのは分かってるんだから!」

「ば、バレちゃったぁ♪ユアちゃん、嘘へたっぴ〜♪」

 なんて会話をしているが……それ、楽しいのか?

「本当だって!笹倉にも早苗にも了解は取ってある!」

「あの二人が了解を?関ヶ谷さん大好き星人な2人が他の女の子と2人きりになることを許すわけないですよ!」

「だから、本当に許しを貰ったんだって!」

 だって、こいつ女の子じゃないし。男の娘だし。生物学的にはオスだし。

 結城はジト目でしばらく俺を見つめた後、深いため息をついて千鶴から視線を外した。

「怪しいですけど……まあ、信じてあげましょう。浮気現場を見たとか、厄介なことには巻き込まないでくださいよ?」

「それ、お前が言うか?」

 散々人を厄介事に巻き込んだやつが……学校で1番怪しい存在であるお前が……。なんだか屈辱的だ。

「魅音は信じてくれるよな?」

 俺がそう聞くと、いきなりだったからか彼女は肩をビクッと跳ねさせ、「えっと……」と目を泳がせた。

 この反応、疑ってるやつがやるやつだよな……。

「せ、関ヶ谷先輩、チケット見せてもらってもいいですか?」

 今は信じてくれるかどうかの話なんだが……まあ、魅音が言うからには何らかの意図があるのだろう。俺はカバンから取り出したペアチケットを魅音に手渡した。

 彼女はそれをしばらく眺めた後、「やっぱり……」と呟いてチケットを返す。そして深呼吸をしてから、座席から身を乗り出して言った。


「わ、私達もその『入浴貸切時間』に入らせてくれたら……し、信じてあげますよ?」


 まさかの交換条件だった。それも、『断ったら信じない=浮気野郎として見ますよ』という条件の。

 いや、それで魅音が何か俺に悪いことをしてくるのかと聞かれたら、今だって声を震えさせていたし、何か出来そうには見えない。

 そもそも魅音はいい子だから、俺が浮気野郎だったとしても、表面上は笑顔を繕ってくれるだろう。逆にそれが心に刺さりそうだ。

 千鶴のこともあるから、こういうのは断りたいところなんだけど……変に意地を張ると疑われそうだし、千鶴のことを探られても困る。

「大きなお風呂の貸切なんて、なかなか味わえないよね……」

「ユアちゃん、貸切してみたいかも♪」

 おまけに魅音だけでなく、神代さんと御手洗さんとトランプをしていた手を止めてまでこちらを見つめていた。おねだりするような瞳で。

「関ヶ谷さん、わっちとはいい付き合いしときましょうや。裸の付き合いってやつですな!はっはっは!」

 結城はそう言いながら、先程写真を撮ったカメラをチラ見せしてくる。その画面には、卵焼きを咥えた千鶴に迫られる俺が……。

 魅音とは違う、こっちはガチの脅しだ。こんな写真が笹倉や早苗の手に渡れば、俺は粛清されてしまうかもしれない。

 その対象となるのは、もちろん千鶴も同じだ。彼は俺と目を合わせると、小さく何度も頷いた。交渉に応じろという意思表示だろう。

 まあ、風呂に入るにしては多すぎるくらいの時間は用意されてるんだ。こいつらと時間を分けて入れば問題ないだろう。


「……仕方ない、それで手を打とう」

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