冬休みと薫先生 編
第263話 俺は二面相女教師の家を訪ねたい
「ちょっと出かけてくる」
そうとだけ言い残して、今日は小森家を出てきた。目的はもちろん『薫先生の家を訪問すること』だ。
約束をしてしまった以上、それを無断で破ることは出来ない。
家まで送ってもらった恩があるし、何より俺の内申書の運命を握っているのは薫先生だからな。極悪教師が担任だと、生徒も困っちゃうよ。あの人、平気で脅してくるし。
「ここが薫先生の家か?」
表札に『柴崎』と書かれてあるから、間違いないだろう。俺はもう一度薫先生作の地図を確認してから、ドア横のインターホンを鳴らした。
「…………」
おかしいな、返事が返ってこない。呼んだのは先生の方なのだから、家にいないというのはおかしな話だ。
もしかすると、出られない状況だったのかもしれない。そう思った俺は、もう一度インターホンのボタンを押してみた。
すると―――――――――――。
ドタドタドタドタ!
廊下を全力疾走するような音が聞こえ、思わず扉から離れる。直後、ガンッ!という音と「あっ、鍵かけたままだった……」という情けない声が聞こえ、そしてようやく扉が開かれた。
「い、いらっしゃい!」
「おはようご……って、なんて格好してんですか!?」
扉を開いたのはもちろん薫先生、そこは問題ない。だが、問題があるのは彼女の格好だった。
薫先生だって人間だ。だから、家では普段と違ってラフな格好をしているかもしれない、ということは予想済みだった。
もちろん、その先にある『ラブコメあるあるその21・部屋着だと胸の谷間がチラ見えしがち』も。
薫先生は大人っぽく見えて、実は中身が子供っぽかったり、あまり防御が固くなかったりするからな。家に招かれた以上、その辺の注意はこちらがしなければならない。
俺さえ気をつけていれば、例え彼女がかなり露出の高い服で現れようとも、意識しないことは出来た……多分。
しかしだ、しかし……今の彼女が身にまとっているそれは、誰がどう見ても服と呼べる代物ではなかった。
もう単刀直入に言ってしまおう。
彼女が身にまとっているのは、バスタオルなのだ。
運転手になるには専用の免許を取得する必要があるあの長い車ではなく、『無限の彼方へ……』で有名なバズでもなく、お風呂上がりに大抵の人が体を拭くのに用いるあのバスタオルだ。
それも、慌てて巻いてきたのか、体や髪から水滴が滴り落ちているし、上も下も際どくて今にもずり落ちてしまいそうで見ていてひやひやする。……いや、見てないけど。
何より普段と違って、化粧も髪のセットもしていないありのままの薫先生が、異様なまでに色気を放っていた。
「と、とりあえず上がらせてもらいますよ?」
扉を開けっぱなしでは、道を通る人に薫先生の姿が見えてしまう。そうなれば、もちろん俺もヤバいやつだと思われてしまうだろう。
変な噂が立っても困るし、俺はなるべく薫先生に触れないように注意しながら、扉を閉めて家に上がった。
薫先生の方は、しっかりと鍵をかけると、こちらを振り返ってニコッと笑いかけてくる。どういう神経してんだ、この人。
「本当に来てくれるとは思ってなかったの。来てくれてありがとうね」
なるほど、先生も先生で心配だったんだな。俺が約束を破る可能性は十分にあったわけだし。素直にお礼を言われると、ちょっとだけ嬉しいな。
「いえ、約束した以上来るのは当然ですから。……でも、俺が来るかもしれないのにその格好ですか?」
俺が今の先生について指摘すると、彼女は照れたように笑い、胸元のタオルの乱れた部分を指で直しながら答えた。
「関ヶ谷君が来るの、もう少し後だと思ってたのよ。教え子に汗臭いって思われたら嫌だったから、先にお風呂で綺麗にしておこうと……」
「ああ、そういう事ですか……」
まあ、普通に考えればそうだよな。四六時中この格好なわけがないし、水が滴り落ちている様からも、先程まで風呂場にいたことは察せる。
「でも、だからってその格好で出ます?俺だったからよかったものを……いや、良くはないですけど」
「関ヶ谷君とはデートもしたし、ハグもしたもの。次のステップに進んでもいい頃だったわ」
そう言いながら右手の親指を立てる薫先生。この人の中のステップって何段飛ばしなんだよ。デートの時点で狂ってるんだけどな……。
「でも、一線は越えちゃだめよ?関ヶ谷君には笹倉さんがいる訳だし、教え子の彼氏を
「安心してください。俺、年上は無理なので」
「平然と傷つくこと言わないで……」
ガックリと肩を落とす先生。まあ、先生レベルの年上が無理というのは嘘になるが、彼女が恋愛対象では無いのは確かだからな。
「そろそろ服を着て貰えます?目のやりどころに困りまくりなので」
「やり……まくり……ふふっ」
「変なところだけ抜粋しないでください。さっさと服を着ろ」
俺は靴箱の脇に置いてあった靴べらで彼女の頭をペチンと叩く。この人、素がこんななのによく他の人がいる所ではあんな凛々しくいられるよな。もはや才能だろ。
ため息とともにそんな思いを吐き出しつつ、少し残念そうな表情で履いていたサンダルを脱ぎ、しゃがんで揃える薫先生を眺める。
こ、この体勢はかなり際どいぞ……。
そう思っても、男子高校生の本能が目を離させてくれない。見えそうで見えない、チラリズムよりもその先にあるこのドキドキ感が、男心を無性にくすぐってくるんだよ……。
いや、待て待て!相手は先生だぞ?そんな目で見ていいはずがないだろ!今すぐ視線をずらすんだ、碧斗!ぐぬぬ……。
そんな俺の葛藤も知らず、靴を整え終えた薫先生は立ち上がってこちらを振り返る。そして。
「じゃあ、着替えて―――――――ひゃっ!?」
歩きだそうとした瞬間、濡れていた床に足を取られ、彼女の体は大きく傾いた。
「え、ちょっ!?」
俺は慌てて手を伸ばし、薫先生の体を支える。だが、大人の女性を……それも胸に大きなものを持った女性を片手で支えるのは無理があった。
なんとか彼女と床との間に入り込むことは出来たが、押されるように後ろに倒れた俺の体は、背後にあった
「いてて……むぐっ!?」
腰を打ち付けた痛みを感じた直後、被さるように薫先生がのしかかってきて、その豊満なバストを惜しみなく俺の顔に押付けた。
風呂上がりだからか、ボディソープの匂いがふわっと香ってきて、おまけに柔らかくて……でも、とてつもなく苦しい。
「せ、せんせ……うぐっ……し、ぬ……」
「ご、ごめんなさい!すぐに退くから……ひゃっ!」
「ぶへっ!?」
今日のは、昨日のハグとは訳が違う。服越しではなく湿ったタオル越しな上に、薫先生は慌てすぎて上手く立ち上がれないでいた。
彼女が立ち上がろうとする度にチラチラと見えるその顔は、まるで酔っぱらいのごとく真っ赤になり、瞳には涙が浮かんでいて、息遣いもすごく荒い。
何度も何度も胸を押し付けられ、窒息するギリギリを味合わされる地獄のループ。俺の人生も今日までかもしれない、そう本気で諦めたその時だった。
「いきなり襲いかかるのはあまり感心しませんね、叔母さん」
その声と共に、薫先生の体は俺から離れて、近くの畳にゴロンと転がる。俺は救われたのだ、幸せな地獄から。
酸欠で目眩がする中、助けてくれた相手に礼を言うべくキョロキョロと視線を這わせた。
「こっちですよ、私は」
その声でようやく見つけた、俺の命の恩人を……。
「……ってお前は……
そこに立っていたのは、順位発表の時、笹倉と早苗をじっと見つめていたあの女子生徒だった……。
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