第262話 俺は(偽)彼女さんの秘密を覗きたい

「こ、これって……」

 俺はダンボールの中にあったそれを手に取る。箱が空いていたからか、少しホコリを被っていた。それを息を吹きかけて飛ばし、もう一度よく見る。

「やっぱりそうだ」

 一瞬、見間違いかと疑った。でも、何度瞬きしても事実は変わらない。そして、俺はついに確信した。

「『さあや』の写真だ……」

 俺が手に取ったその写真立てに入れられた一枚の写真には、俺の家の玄関に飾ってある写真にも写っている、幼き頃の『さあや』がいた。


 黒髪の映える純白のワンピースに、夏を感じさせる麦わら帽子。


 間違いない、記憶の奥深くにある何かが、この写真に写る彼女の姿にマッチングしていたから。きっと、俺もこの姿の『さあや』を見たことがあるのだろう。

 だが、そうなるとひとつ疑問が残る。

 ここに写っているのは間違いなく『さあや』だ。なら、どうして笹倉の家の物置に彼女の写真があるのだろうか。


 確かに前に笹倉から『実はさあやのことを知っている』と聞いたことはあった。一緒に遊んだこともあるし、笹倉がその時に俺とも何度か会っていたことも。

 でも、俺はそれを覚えていない。『さあや』のことはかろうじて覚えているが、笹倉のことは全く覚えていないのだ。

 だからこそ、『さあや』の写真を大事に置いておくほど、2人の仲が良かったという事実に、俺は心底驚いていた。

「こっちも『さあや』だ……」

 写真立ての下にあったアルバムを開いてみると、そこにはズラリと『さあや』の姿が……。

 赤ん坊の頃からの成長過程を細かく撮影されて、ページをめくる度に俺の記憶の中にある『さあや』に近付いていった。だが――――――――――。

「……ん?」

 アルバムは途中から白紙になっていた。最後の写真は……俺も知っているあの写真だった。

『さあや』がこの街を去る1週間前、思い出として俺の家族と一緒に撮った……玄関に飾ってあるあの写真だ。

「なんでこれが最後なんだ……?」

 そこが不思議だった。あの日の写真で終わっているということは、このアルバムの時は10年以上前に止まっているということになる。

 なら、この先の『さあや』は一体どうしたのだろうか。

 この先がない理由、考えられるものは3つだった。


 1つ、このアルバムを笹倉に預けているため、別のアルバムに以降を刻んでいる。

 こう考えれば、白紙が続いている理由も納得がいく。ただ、アルバムを預けることの意味までは、俺には分からない。


 2つ、そもそもこの先を残すつもりが無かった。

 要するに、成長記録はあの日で終わりを迎え、以降はアルバムに残そうとは考えていなかったということだ。

 街を去るのはひとつの節目だし、そういうことがあっても何ら不思議ではない。だが、やはり笹倉にアルバムを預ける理由は分からないままだ。


 そして3つ、このアルバムは笹倉に渡す用で、この先を記したものは別に用意してある。

 思い出に自分のアルバムを残していく……というのは少しばかりやりすぎな気もしなくはないが、この考えならアルバムを置いていった理由も、続きがない理由も頷けるようになる。

 正直、これが一番有力だと俺も思っている。


「こっちはどんな写真が……」

 もう1冊のアルバムを開こうとしていると、突然後ろから足音がした……と思っ直後、生暖かい吐息が俺の耳にかかる。

「何をしているのかしら……?」

 思わず体が跳ね、反射的に振り返ると、そこにはいつの間に起きたのだろうか。笹倉の怪訝な表情が目の前にあった。

「さ、笹倉……おはよう……?」

 動揺した俺は、なんとか言葉を絞り出すも、意識的な微笑みは苦笑いになってしまう。

「ええ、おはよう。……で?どうして碧斗くんがこんな場所にいるのかしら?ここ、私の家よね」

 俺は不満そうな笹倉に、咲子さんが送ってくれたこと、寝ていた笹倉を部屋まで運ぶ役目を請け負ったことを伝えた。

「そう。そこはありがとう。でも、ここは明らかに私の部屋ではないわよね?」

「ご、ごめん……」

 俺に対してここまで怒りを露わにする笹倉は初めてだ。そんなにもここに入られたくなかったのか……。

「ここは私の思い出が詰まった場所なの。いくら碧斗くんでも、土足で入って踏み込まれては困るわ」

 靴は脱いでる……なんて、きっとそういう意味じゃないよな。これは気持ち的な問題だ。

 確かに俺は軽々しい気持ちでここに入ってしまった。それで彼女が怒っているなら、悪いのは明らかに100%俺だ。

「……本当に悪かった、すぐ元通りにして出る」

 気まずくて、笹倉の顔も直視できないままダンボールの中へアルバムをしまっていく。最後に写真立てを一瞥いちべつしてから、その上へと乗せてフタを閉じた。

 それを棚へと戻し、俺は膝についた埃を払いながら立ち上がる。

「咲子さん達が待ってるから……」

 やはり目も見れず、笹倉の後ろの壁を見ながらそう呟くと、通り過ぎざまにもう一度「ごめん」と謝ってから、彼女を残して鉄製の扉から廊下に出た。



 俺、何やってんだろ……。

 何度も後悔の気持ちを頭の中で繰り返す。その度に気持ちは落ち込んでいったが、そうしていないと落ち着きを保てなかった。

「お邪魔しました」

 きっと聞こえないだろうが、礼儀として頭を下げてから玄関の扉を開ける。またちゃんと謝りに来ないとな……。

「あおと、そんなに落ち込まないで♪」

 背中側で扉が閉まると同時に、横から声が聞こえてきた。

 こんな場所に人がいると思っていなかった俺は一瞬驚いたが、その声に聞き覚えがあることに気がつくと、記憶の中からその名前を引っ張り出した。

「さあや!?」

 玄関の扉の横、その壁に腕を組みながらもたれるようにして立っている彼女は、以前同様に帽子を深く被っているため顔は見えないが、明らかに『さあや』だった。

「うん!さあやだよ♪久しぶりだね〜♪」

「本当だな、前に会ったのもかなり前だからな」

 そう口にした俺は、ふと、あの日の約束を思い出す。

「そうだ、消しゴム……車の中のカバンに入ってるんだ。直ぐに取ってくるよ」

『次に会った時に返して』と言われていた消しゴム。俺は外に出る時はちゃんと荷物の中に大事に入れていたのだ。

 だが、走り出そうとする俺を彼女は引き止めた。

「ううん、今日はいいの。あおとに伝えないといけないことがあってね……」

『さあや』はそう言うと、深刻そうな雰囲気で話し始めた。

「彩葉ちゃんがあそこまで怒るのは、あおとがしたことを気に入らないと思ってるわけじゃないの。私との思い出は、2人共にあるから。あおとが私の写真に興味を示していた理由も、あの子はきっと分かってる」

 どうして『さあや』が今起きたことを知っているのか、そんな疑問もあったが、俺の頭はそれどころではなかった。

「でも、笹倉は土足で踏み込まないでって言ってたんだぞ?気に入らなかったからに決まって――――――――――」

「違う!」

 突然『さあや』が大きな声を出した。

「どうして言いきれるんだ?笹倉じゃないのに、あいつの気持ちがわかるわけないだろ」

「っ……」

 俺の言葉に、『さあや』は少しの間黙り込んでしまった。だが、また口を開くと。

「あの部屋に、他に見られたくないものがあった」

 淡々とした声でそういった。

「どういうことだ?」

「彩葉ちゃんは、あの部屋に他に隠し事があるんだよ。だから、それがバレるのが嫌でついカッとなっちゃったんだと思う」

 これはあくまで『さあや』の予想だ。でも、あながち間違いでもない気がした。

「そうなんだとしたら、やっぱり悪いことをしちゃったな。もう一度、ちゃんと謝っておくよ」

「あおと……」

 秘密は誰にだってあるものだ。そこに踏み込まれそうになったなら、それが例え大切な人であっても、俺は怒ってしまうと思う。

 でも、きっとそれは本人の望んだ怒りではなくて、バレたくないという恐怖から来た怒りだ。だから、笹倉は何も悪くない。悪いのは勝手に秘密に近づいてしまった俺の方だ。

「あおとは成長したね、昔とは大違いだよ♪」

「まあ、もう高校生だからな」

「うん、立派になったよ!偉い偉い♪」

「立派って……お前は近所のおばちゃんか」

「ピチピチのJKだよ〜♪」

 その後、少し談笑してから、『さあや』は「またすぐに来るから!」と言って、笹倉家の高い柵を軽々と登って向こう側へと消えていった。

 突然現れて、突然消える。まるで幻みたいだな……。

 そんなことを思いながら、俺は咲子さんが達が待ってくれている車へと戻ったのだった。



 その日の夜、電話で笹倉に謝ることにした。すると、笹倉も「ついカッとなってしまって……ごめんなさい」と申し訳なさそうに言ってくれた。

「謝る必要ないのに……」と呟くと、笹倉は『さあや』ちゃんとの思い出に浸ってたのを邪魔しちゃったからと、今度お詫びにケーキを焼いてくれると言ってくれた。

 何だか、俺が悪いのに得ばっかりしてしまった気がするが、是非とも笹倉のケーキは食べてみたいので「よろしくお願いします!」と電話の前で土下座をしておいた。いや、見えてないけど。


 電話を切った後、早苗がドアの向こうから覗いていることに気づいた時には、思わず「いつから見てた?」と聞いてしまった。

「『もしもし、笹倉。……さっきは悪かった』の辺りかな」

「1番初めじゃねぇか」

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