第264話 俺は二面相女教師の家で整理したい
「……王女 二兎里!?」
見覚えのある姿に、俺は思わず後ずさりした。彼女は確か、前回のテストで学年3位の王女 二兎里だ。
名前を確かめた訳では無いが、順位発表のあの日、1位の早苗と2位の笹倉を不穏な瞳で見つめていたのだから状況的に間違いない。
「どうしてお前がここに……てか今、薫先生のことをおばさんって呼ばなかったか?」
聞き間違いじゃなければ、確かに呼んでいたはずだ。
「呼びましたよ?だって私、薫先生の―――――――――」
「まだおばさんって歳でもないだろ!可哀想だから、お姉さんって呼んでやれよ!」
「その『オバさん』じゃないんですけど?!叔母さん、つまり私は薫叔母さんの姪っ子です!」
彼女の言葉に俺が「やっぱりそっちか」と呟くと、「分かっていたなら余計な説明させないでください……」と呆れられてしまった。
「ところで、関ヶ谷 碧斗さん。一つ質問してもよろしいですか?」
王女 二兎里は丁寧な言葉遣いでそう聞いてくる。
「ああ、質問は3つまでな。それ以上は別料金だ」
「なら、その3つを存分に使わせてもらいます。1つ目ですが……」
一体どんな質問が飛んでくるのか。少しドキドキしていた俺だが、彼女の次の一言でそんな類の感情は全て吹き飛んでしまう。
「王女 二兎里とは、一体誰のことですか?」
「……ん?」
いや待て、王女 二兎里はお前だろ……とは返せなかった。俺の中に思い当たる節があったから。
前にも述べているが、彼女の名前は本人に確認した訳ではなく、状況的に判断したに過ぎない。つまり、一般的な高校生の観察力では、間違っている可能性は大いにあったということだ。
そしてたった今、その間違いが事実として存在したことが証明された。本人の
「私の名前は
名前は同じ、でも苗字が違う。惜しいといえば本人に失礼だが、本当にニヤミスだな。
「私の他に二兎里がいるんですか?珍しい名前だと思ってたんですけど……」
「ああ、学年3位の天才だよ」
「私は学年103位ですよ。当てつけみたいな順位ですね……」
「まったくだ」
そんな会話をしつつ、俺は頭の中で状況を整理した。
要するに、二兎里は二兎里でも別の人物として二兎里が俺の学年に二人いて、俺があの日見たのと同一人物である目の前の二兎里は、頭が少し残念な方の二兎里ってことか。
「今、私の顔見ながら失礼なこと考えませんでした?」
「……いや?」
「少し間がありましたけど?」
「…………大丈夫だ、少しだから」
「多い少ないの問題じゃないですよ!」
どうやらこの二兎里はお口がうるさいらしい。おしゃべりなやつはあまり得意じゃないんだけどな……。
「そう言えば、苗字は
名前にばかり焦点を合わせていたが、良く考えればこの苗字にも聞き覚えがある。つい最近、『月見』について考えたような……。
「月見ってもしかして、うさ寿司の……?」
そうだ、昨日行った寿司屋だ。あそこの創業者が確か月見さんだった。
そりゃ、いくら珍しいと言っても一人しかいないわけじゃないから、無関係ということも有り得るが、俺はそこに何かの縁を感じていた。
だって、うさ寿司を食べた翌日に月見さんに初対面で会う確率なんて、ほとんどゼロに近いだろ?
そして目の前の月見 二兎里は俺の予想通り、少し胸を張って答えた。
「その通りです!私の父は、うさ寿司の創業者なんです!」
漫画なら背景に『ドヤァ!』と出てきそうな完璧なドヤ顔。様になっているせいか、余計に鼻につくな。
「まあ、最近はステーキ店も出そうという話になっているらしいですけどね」
ほう、そうなると店名は『うさステーキ』だろうか。いかにも兎の肉が出されそうな名前だ。多分出ないだろうけど。
「なるほど、バカ二兎里の正体はよく分かった。だが、問題はそこじゃないんだ」
全ての情報を脳内で整理し、月見 二兎里という人間の正体は俺の中でしっかりと把握させてもらった。
本人は『バカ』という部分に少し不満を覚えているようだが、もう1人二兎里がいる以上、分けるためには必要なことなのだと納得してもらいたい。
尚、苗字で呼べばよくね?という苦情は受け付けていないぞ。
「バカ二兎里について俺が1番気になっているのは、どうしてバカじゃない二兎里ではなくバカ二兎里の方が笹倉と早苗を見ていたかってことなんだよ」
「バカバカ言わないでください、これでも傷ついてるんです……」
言いやすいからつい連呼してしまったが、これ以上やると泣かせてしまいそうなのでやめておこう。この場に二兎里は一人しかいないわけだし、今は普通に呼べばいいか。
「二兎里、どうして笹倉と早苗をあんな目で見つめてたんだ?」
俺はあの時、二兎里の瞳から確かに悪意のようなものを感じた。普通にしていれば、どれだけ目付きが悪い奴でも発さないであろう明確な悪意を。
「そんなの決まってるじゃないですか」
二兎里はそう言うと、ひとつため息をついた。この言い方だと、やっぱり意味があって見つめてたんだな。笹倉と早苗についても誰のことなのか知っているらしいし。
「私があの二人を見つめていたのは―――――――」
「見つめていたのは……?」
「あの二人が―――――――――」
「あの二人が……?」
「私の――――――――」
「私の……?」
こいつ、やけに溜めるな。バラエティ番組でもここまで溜めたら視聴者がキレるぞ。溜めってのは
そんな心の中だけのダメ出しはもちろん二兎里には届かず、それでもようやく最後の一言を口にしてくれた。
「あの二人が私のライバルだからです!」
「は、はぁ……」
ドン!と発表されたものの、いまいち伝わってこなかった。ライバルと言うからには何かを競っているのだろうが、それが勉強なわけは無いしな。
他に考えられるとすれば、スポーツとか?いや、それだと早苗がライバルになり得ないか。待てよ、何も思いつかない……。
「あ、勘違いしないでくださいね?ライバルと言っても、私が関ヶ谷さんを狙ってるわけじゃないですから」
ナイナイと顔の前で手を振る二兎里。地味に傷つくが、今はそんなことどうでもいい。
「待て待て、狙ってるってどういうことだ?一体誰が狙ってるんだよ」
そう、一番気になるのはそこだ。それが分からなければ、話は前に進まない。
「私はあくまで恋の応援をしてるだけです。つまり、応援相手の恋を実らせるために頑張っているので、笹倉さんと小森さんは実質私のライバルなんですね」
「だから、その応援相手ってのは誰なんだ?」
俺の問いに二兎里は深いため息をついた。やれやれと言わんばかりに首まで振って。
「今、関ヶ谷さんは誰の家にいるんですか?」
「そりゃ、薫先生の……って、まさか……」
「はい、そのまさかですよ」
二兎里の意地悪な笑みに、俺はバッ!と薫先生の方を見た。彼女は立ち上がってはいるものの、まだバスタオル姿だ。いつまでその格好なんだよ……。
俺の視線に気付いた先生は、慌てたように首を横に振る。
「ち、違うわよ!?生徒に手を出すことだけはしないもの!二兎里ちゃんが勝手に勘違いして……」
「勘違いじゃないですよ、薫叔母さん!叔母さん、関ヶ谷さんの話をする時、いつも声が弾んでましたし!」
「んぁぁぁぁ!そういうことは本人の前で言わないのが常識でしょ!?」
薫先生はその場にバタン!と倒れると、頭を抱えて畳の上を転げ回った。これが
それにしても、よくタオル外れないよな。無防備に見えて意外としっかりしてるんだな。
そんなことを思いながら、薫先生が机の足に頭をぶつけて鎮まるまで、彼女の奇行を生あたたかい目で見守ったのだった。
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