第261話 俺は(偽)彼女さんを送り届けたい
車が到着したのは小森家……では無かった。
もう夜遅いからと、咲子さんが先に笹倉を送り届けることにしたのだ。こういう所はさすが大人だと思わされる。
「笹倉、着いたぞ」
肩を叩いて声をかけるも、笹倉の眠りは深いらしい。なかなか起きてくれない。
「……って、何してるんですか!?」
ふと顔を上げると、笹倉のカバンを漁る咲子さんの姿が視界に映る。前言撤回、どこが『さすが大人』だよ。
「あったわ。ほら、これ」
咲子さんはそう言うと、中から取り出した物を俺に手渡す。どうやら鍵のようだ。玄関を開け閉めするためのものだろうか。
「碧斗君、運んであげて」
笹倉のカバンを俺に渡し、グッと親指を立てて「行ってこい」と視線で訴えられた。まあ、起きてくれないんじゃどうしようもないし、力的に笹倉を運べるのも俺くらいだろう。
あまり騒いで双子や早苗を起こすのも悪い。そう考えた俺は、「わかりました、行けばいいんでしょ」と言い残して、車の扉を押し開けた。
「……笹倉、ここに住んでるのか?」
笹倉は相変わらず俺の背中で寝ているから、自然と独り言になるわけだが、俺はこの感情を言葉にせずにはいられなかった。
「で、でかいな……」
車を降りて少し歩いた先にあったその家は、関ヶ谷家や小森家とは比べ物にならないほど大きかった。
辺りがもう暗いため、全貌は見ることが出来ないが、シルエットだけでも十分その大きさが伺える。雲母先輩や静香の御屋敷のように巨大ではないものの、一般的な家とも違う異質な雰囲気の家だ。
家違いかと表札を確認したが、どうやらここが笹倉家で間違いないらしい。
「お、お邪魔します……」
小声で呟きながら、門を押し開ける。キィ……という音が鳴って、少し驚いてしまった。こんな音、名探偵コ〇ンの放送中のCM前後でしか聞くことがないからな。
そっと閉めて、玄関までの道を歩く。数メートルという長さだが、門の奥にこういう道があるだけで、その家にどんな人が住んでいるのかが分かるものだ。
確か、笹倉の両親はベトナムにいるんだよな。向こうで一体何をしているのだろう。新事業でも始めたのだろうか。
「お邪魔するぞ……」
いざ入るとなると緊張する。だが、いつまでも扉の前に立っているわけにもいかないと、俺は握っていた鍵を鍵穴へと差し込んだ。そして、それをゆっくりと回す。
ガチャッ。
無機質な音が指先から伝わってきた。開いたのだ、鍵が。
「よし、失礼するからな」
寝ているとはいえ、一応断りを入れてから家の中へと入る。今更ながら、これが初めての笹倉の家なのだ。だからか、異様に心臓が興奮していた。
「おお、玄関も広いな」
人が窮屈な思い無しに、3人くらい横になれそうな玄関。そこの縁に笹倉を座らせ、体を支えながら靴を脱がせる。
途中で何故か、悪いことをしているような気分になった。靴とはいえ、女子に対して脱がせるという行為をしたからだろうか……。
そんな罪悪感のようなものを感じつつ、笹倉の靴を脱がせ終われば、俺も脱いだ自分の靴を揃えて端に寄せ、また彼女を背中に乗せた。
この家、玄関が家の真ん中にあって、廊下の真ん中に立つと右と左には廊下が、正面には階段……という造りになっている。
笹倉を横にするだけならリビングなどでも構わないが、やっぱり彼女の部屋のベッドに寝かせたいのだ。
いや、決して下心とかそういうのじゃないぞ?布団をかけないと風邪をひいちゃうかもしれないだろ?気遣いだから下心では断じてない。
すぅ……すぅ……と、可愛らしい寝息を耳元で聴きながら、とりあえず1階を回って笹倉の部屋を探すことにする。
電気のスイッチがどこにあるのかわからなかったから、スマホの明かりだけが頼りだった。
「ここでもない……ここも違うな……」
ライトをあっちへこっちへ、忙しなく壁を這わせていると、途中で廊下に置かれていた電話台の角に小指をぶつけてしまった。
声を出すと笹倉を起こしてしまうので、何とか歯を食いしばって、飛び出そうになる声の塊を喉の奥へと引っ込める。
やっぱり1箇所しか照らせないライトでは、暗い中を探索するのは危険だな。ホラーゲームの主人公がどれだけ心細い中で奮闘しているのか、それがよくわかった気がする。
そんな苦労をしたものの、見つかったのは和室とか応接室とか、そういう感じのある意味形式的な部屋ばかりで、生活感のある個人的な部屋は見当たらなかった。
家自体が広いと言えど、個人部屋は2階にある感じなのだろう。そう考えた俺は階段前まで戻ると、カーペットの敷かれた綺麗な階段に足をかける。
いくら軽い方に分類される笹倉とは言え、やはり人1人を背負いながら登るのは、膝と腰への負担がすごいな……。
そう、あくまで心の中で呟きながら登り切ると、その先で見つけた壁のボタンを押して電気をつける。これなら2階は安全に探索出来そうだ。
1階同様、右と左に別れた廊下。俺はクラ〇カを信じて右から探すことにした。
アニメを見ていないから浅はかな知識で申し訳ないが、右しか選べないとなると人生色々と苦労しそうだよな。
だって、マークシートで3しか選ばない縛りをしているのと似たようなものだし。時には違った道を選ぶべき、そんな格言を教えてくれるいいアニメということなのだろうか。
ひとりでそんな熱弁をしつつ、目に映った扉を片っ端から開けていく。所々鍵がかかっている部屋がある辺り、本当にホラーゲームみたいだ。
振り返ったらブルーベリー色の怪物が居たりしないだろうか。さすがに笹倉を背負って逃げ切る自信はないな……。
「お?ここは……」
通路の1番奥の扉。木製の他の扉と違って、その扉だけ頑丈そうな別の素材でできているのがわかった。
ノックした感触からすると、体育倉庫の扉と同じような素材だ。磁石がくっつく系の金属だな。鉄、なのだろうか。
「鍵は……空いてる」
人様の家でこんなことをしてはダメだ。そうわかっていながら、他とは違うという特別感のある扉は俺の好奇心をこれでもかとくすぐってきた。
でも、それだけじゃない。扉の奥から俺は確かに感じたのだ。この先に、俺自身が知りたい何かがあると。
「少しだけだ……すぐに出れば問題は無いよな」
自分に言い聞かせるように小声で呟き、先程の確認で既に少し開いている扉を更に大きく開く。その瞬間、外とは全く違う空気が中から漂ってきた。
「……物置か?」
薄暗い部屋の中をライトで照らすと、そこには綺麗に並んだ棚に、丁寧にダンボールが並べられていた。まるでドラマでよく見る、警察の証拠品を保管している部屋みたいだ。
ただ、物の並べ方が丁寧なのに対し、部屋自体はやけに埃っぽかった。あまり掃除されていないらしい。
そりゃ、これだけ大きな家なら掃除も大変だろうけど、他の部屋はここまで酷くなかった。やっぱりこの部屋にはなにかがある……。
俺の直感がそう言っていた。普段はあてにならない直感だが、今ばかりはそれに従って動くべきだと思える。
部屋に踏み込んだ俺は、埃を叩き落とした椅子に笹倉を座らせ、上や下も照らしながらダンボールを1つずつ確認していった。
すると、1番奥の棚の左下のダンボール。その一つだけが、何故かガムテープで閉じられていなかった。
近づいて確認してみると、閉じられていいのではなく、閉じられていたが一度開けられたということが、剥がされたような跡からわかった。
俺は意識と無意識の狭間にいるような感覚でそのダンボールを棚から下ろし、迷いもなくその中身を見るべく、申し訳程度に被せられたふたを開いた。
「こ、これって……」
そして見つけてしまった。彼女の秘密を……。
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