第260話 俺は幼馴染ちゃんのお母さんと語りたい

「あ、兄貴……?」

 じーっと見つめられるだけの時間が少し続き、ようやく茜の方が行動してくれた。

 だが、まだ自分から言い出しづらいのか、『気付いて』と言わんばかりにチラチラと上目遣いな視線を向けてくる。

 茜は普段はちょっぴりツンツンしているが、本質はすごく甘えたさんだからな。俗に言うツンデレってやつだろうか。

 そういう所が可愛くて意地悪したくもなるが、こんなところで拗ねられてしまっては困るので、お望み通り俺から切り出してやることにする。

「茜のも美味しそうだな。お兄ちゃんに一口くれないか?」

 その言葉を聞いた茜は、一瞬満面の笑みを見せた後、わざと真顔を作って、それでも笑顔を堪えきれず、結局ニヤニヤした表情のまま「仕方ないな!」とスプーンを差し出してくれた。

 いやぁ、我が従妹ながら最高に可愛いな……。世界一可愛い従妹なのでは、とも思う。

「お、美味しい……?」

「ああ、最高だ!」

「……えへへ♪」

 改めて思う。やっぱり茜は笑顔が最高に可愛い。いや、いつでも最高に可愛いけど。

 前から思っていたのだが、従妹もシスコンの枠に入るのだろうか。さすがに入らない……よな?

「私のもあげるわ。あーん♪」

「結構です」

 咲子さんの申し出だけは丁重にお断りして……。

 別に咲子さんだから食べないとかじゃないぞ?もちろん少しはそれが要因でもあるが、やっぱりコーヒーだけは遠慮させていただきたい。

 メニューによると、なかなか苦いらしいし。



「ふぅ〜、今度こそお腹いっぱい!」

 早苗がまた幸せそうに、少し膨らんだお腹を摩った。あの中にマンゴープリン×3とパフェが入っているのか。にわかには信じられないな。

「少し食べすぎたかもしれないわ。体重計に乗るのが怖いわね」

「うっ、今はそんなこと言わないでよぉ……」

 笹倉の言葉に、早苗があからさまに項垂れる。いかにも女の子らしいトークだ。笹倉のあの完璧な体型は、不断の努力によって成り立っているってことだな。

「じゃあ、帰りましょうか」

 咲子さんが先におあいそを済ませてくれたので、俺達は荷物を持って席から立ち上がった。

 ちなみに、決済は最先端のpay払いだった。利用するほどポイントが溜まっていって、別の会計でポイントを使用して割り引いたり、最終的には豪華景品との交換もできるらしい。

 俺はああいうのがよく分からないから、本屋のポイントカードも作らない派だ。作った方がお得になるのはわかるが、登録とかややこしそうだし。



 数分後、車に揺られながらウトウトする一行。途中で咲子さんまでウトウトし始め、慌てて叩き起したりもした。

 だが、そんなプチ騒ぎの中でも眠気の方が上回ってしまうのだろう。俺の両サイドに座る早苗と笹倉は、俺の肩に頭を乗せて寝息を立てていた。

 最後列の座席では、茜と葵が手を繋ぎながら時々寝言を呟いている。みんな、お疲れモードなのだ。

 その中で起きたままの俺に、眠気覚ましのためか咲子さんは適当な話を振ってきた。

「碧斗君、明日から冬休みね」

「そうですね、やっと羽を伸ばせます」

「鼻の下も伸ばしていいのよ?早苗ならいつでもOKだから」

「……」

「……zZZ」

「寝るな寝るな!殺す気か!」

 ハンドルに頭をつけて寝落ちしかける彼女を、慌てて再度叩き起す。今、おでこでクラクション鳴らしたぞ、この人。自分でもちょっとびっくりしてたし……。

「ともかく、伸ばすのは羽だけですから。あまり早苗に変なこと吹き込まないでくださいね?」

 変なことを言われたから無視したのだが、どうやら話していないと本当に眠ってしまうらしい。この車の命運は俺の話術にかかっているってことか。

 少し面倒臭いが、到着するまでは他にやることもないし、自分のためにも構ってやるとするか。


 そんな使命感を背負ったはいいものの、いきなりこの空間に沈黙が流れ始めた。これではまた咲子さんが寝てしまう……!

 そんな俺の懸念とは裏腹に、咲子さんはミラーで俺の事をチラッと見つつ、真剣な声色で聞いてきた。

「碧斗君、早苗のことをずっと気にかけてくれてるわよね」

 俺は少しの安堵感と、突然の話題転換への戸惑いを感じながらも、彼女の言葉に首を縦に振る。

「そりゃ、大事な幼馴染ですからね。出来るだけ幸せに暮らして欲しいと思うのが普通ですよ」

「その幸せを一番与えてあげられるのが自分だって、碧斗君は気付いてるのかしら?」

「……」

 咲子さんの言葉に、俺は考えないようにしていた問題を思い出させられた。ずっと先延ばしにしたままの問題だ。

「……zZZ」

「もうわざとですよね!?」

「ば、バレたか……」

 悔しそうに眉をひそめる咲子さん。やっぱり寝たフリじゃねぇか。いや、普通に、本気マジで危ないからやめて欲しい。

「碧斗君が誠実な人間だってことは、私がよく知ってるわ。だからこそ、早苗と彩葉ちゃんの間で悩んでいるんでしょうけど……」

「うっ、見透かされてたんですか……」

 そう、問題というのは咲子さんが口にした通りのものだ。俺はずっと、式だけを書いてイコールの先を空白にしたままの問いを抱えたまま、いや、ポケットにしまって忘れたフリをして暮らしてきた。

 その間も色々なことがあったが、ずっとそばにいてくれているということは、二人の気持ちはあの日から変わっていないということだ。


 早苗を異性だと意識する前にも『このまま彼女ふたりの気持ちが変わらなければ、俺の気持ちも変わる』かもしれないと思った記憶がある。

 今思えば、あの時から俺は既に少しずつ変わり始めていたのかもしれない。車はすぐには止まれない。自転車だって、人だって同じだ。きっと、気づかないところで少しずつアクセルを踏み込んでいっていたのだろう。

「私には、碧斗君にどちらを選ぶかを強制は出来ないわ。だから、もし二人以外にいい人が現れれば、碧斗君はその人を選んだって構わない」

 目の端に映る街灯の流れが、車内の時間の流れと釣り合っていないように感じた。どこか急かしてくるような、置いていかれてしまうような。

 咲子さんは「けど」と言葉を続ける。

「私は早苗の母親として、あなたをずっと見てきた母親代わりの隣のおばさんとして、早苗と碧斗君が一緒になれば、幸せになれないはずは無いと思っているわ」

 咲子さんは最後に、「私みたいに失敗は絶対にしないから……」と付け足した。


 確かに彼女の言う通りだ、と俺は思える。

 ずっとそばに居てくれて、ずっと好きでいてくれる。そんな幼馴染が彼女になって、お嫁さんになって……そんな未来が幸せじゃないわけが無いのだ。

 もちろん、早苗には振り回されて疲れることだって多いし、馬鹿で不器用だし、空気は読めないし、正直面倒臭いところだってたくさんある。

 でも、真っ直ぐで細いくせに折れなくて、不器用だからこそ色んなことにチャレンジして、空気が読めないからこそ俺が疲れている時にも元気に突っ込んでくる。

 俺が早苗を助けているつもりでも、もしかすると助けられた回数の方が多いかもしれない。それほどまでに早苗は、俺の日常の中で当たり前に俺を支えてくれている。

 それはもう、感謝してもしきれないくらいに。



 でも、だからと言って一緒になるかどうかは、やっぱり今すぐには決められない。前と違って、この感情が幼馴染としてでなく、異性としての好きであることは理解出来た。でも――――――――――。


 ……俺、彼女持ちだからさ。


 あの日も口にした断り文句で、あの日とは違う意味を含ませて、俺はまた結論から逃げてしまう。そんな俺を見兼ねて、咲子さんが口を開いた。

「……きっと2人はずっと待ってくれるわ。でもね、それに甘えちゃダメよ。焦ってもダメだけど、待たせれば待たせるほど、実らなかった方の傷は深くなるから」

 咲子さんのその言葉が、俺の胸に深く突き刺さった気がした。


 きっと、この痛みは序の口だ……。

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