第259話 俺はデザートが食べたい

「……結構こう落ち着いたわけか」

 俺は向かい側に座る笹倉、早苗を交互に見ながら、小さくため息をこぼした。1番外側が早苗、真ん中が笹倉、レーン横が葵だ。

 そうなると、自然に俺の隣に来るのは咲子さんになるわけで……。

 どうしてこの座り方になったのかは、すごく単純な話だ。


 一つしかない椅子に二人が座りたいといえば、それはもはや椅子取りゲームになる。勝てば座れ、負ければ屈する。そんな単純な勝負だ。

 もちろん、話し合いやじゃんけんで決めていたなら問題はなかった。いつものように片方……大方早苗が負けて、笹倉が優越感に浸る。それである程度丸く収まるのならなんてこと無かった。

 だが、2人はあろうことか、箸と皿を使って皿回し対決をし始めたのだ。どちらがたくさんの皿を同時に回せるかってやつだな。

 いくら勝負とは言え、内容に限度というものがある。サーカスで見る皿回しは安全だが、一般人のやる皿回しの皿は、一瞬で凶器に変わるのだから。


 だが、意外にも二人ともやたら皿回しが上手かった。だから、店長もしばらく奥から眺めてから注意しに来たのだろう。

 笹倉が手はもちろん、足や鼻も使って5枚の皿を回していたのに対し、早苗は1本の箸に乗せた1枚に、4枚の皿を重ねた5枚回しを見せていた。

 そう言えば中学生の時、早苗が皿回しの練習をするのを手伝わされた気がする。結局1枚の皿も回せず、10枚の皿を割って怒られることになったのだが……あの後、一人で練習していたのだろうか。

 まあ、先程も言った通り、奥から見ていた店長に止められ、「次やったら出禁ね」とイエローカード(かんぴょう)を渡されてしまったのだ。

 またどちらが座ると揉めるのも行けないからと、咲子さんが俺の隣を埋めることになったのだが……。



「碧斗君、おばさんがあーんしてあげるわね」

「俺を何歳だと思ってるんですか」

 この人、まるで2人に見せつけるかのように、やたらと俺の世話を焼いてくる。

 この行動が親切から来るのか、性格の悪さから来るのか、普段の咲子さんを見ていればそれは明らかだった。

「ほら、山盛りわさび巻よ?あーん♪」

「あー……ってできるか!」

「あら、ノリツッコミもできるようになったのね。息子の成長は早いわぁ〜」

 変なところで成長を感じるなよ……と心の中で呟きながら、俺が拒否したわさび巻きを口の中に放り込む咲子さん。

 どうしてこんな平気な顔で食べられるんだ?この人、頭の中だけじゃなく、口の中も非常識なのだろうか。

「これ、美味しいわね。茜ちゃんも食べる?」

「おい、殺す気か?」

 小学生に山盛りわさびは、猫にチョコレートをあげるようなものだ。毒ではないが、人によってはトラウマにすらなりうる。

 わさびは使い方を変えれば、調味料にも凶器にもなるということを忘れないでいただきたい。

「あたし、それ食べたい!」

 目をキラキラと輝かせる茜を、俺は必死でなだめる。だが、生まれた好奇心は簡単には消えてくれない。

 俺は彼女の未来と今夜の平穏な食事を守るため、最終手段に出ることにした。

「貰いますね」

 俺は咲子さんから山盛りわさび巻を奪い取ると、机から身を乗り出して、向かい側の早苗の口へと放り込む。

 ボケェーっとしていた早苗は何をされたのか分からず、放り込まれた食べ物を噛み締めた。直後、彼女の目の端に涙溜りが出来るのがはっきりと見える。

「か、からひぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

 早苗はあまりの衝撃に意味もなく立ち上がり、たどたどしい手で水の入ったコップを口元に運ぶも、それだけでは絡みが収まらず、何を血迷ったのか、タッチパネルで甘いマンゴープリンを注文した。しかも3つも。

 いや、今頼んでも届くのは数分後だぞ……。

「な?危険だろ?」

 でも、早苗のおかげで山盛りわさびの危険さはしっかりと伝えられたと思う。

「お、恐ろしいな……」

 茜が魂が抜けたようにぐったりとする早苗を見つめながら、小さく震えているから効果抜群だ。

 これでもうこんな危険な代物に興味を抱くことは無いだろう。早苗には悪いが、なかなかいい反面教師になってくれたぜ。

 お礼に今度山盛りわさび巻を奢ってやるか。グーで殴られそうだけど。



「ふぅ、おなかいっぱいですぅ……」

「これ以上は入らないな……」

 双子がお腹を擦りながら、満足そうに席に背中を預ける。笹倉と早苗も同じように、満足感に満ちた表情で箸を置いた。

「よし、じゃあごちそうさ―――――――――」

「デザートにしましょうか」

『おあいそ』のボタンを押そうとする俺に割り込むように、咲子さんの指がデザートのボタンを押した。

 表示されるのは、なかなかに美味しそうなパフェやケーキ。だが、俺は首を横に振った。

「みんな満腹だって言ってますし、食べるなら咲子さんだけに―――――――――」

 だが、ここで意外にも別の角度から割り込みが入った。

「私、チョコパフェ!」

 早苗だ。こいつ、マンゴープリンを3つも食べたのに、まだ甘いものを欲しているというのか?

「私はいちごパフェでお願いします」

「笹倉まで……」

 そんな二人に続いて、双子たちもデザートを欲し始めた。

「わたしはチーズケーキがいいです!」

「じゃあ、あたしはバナナパフェだ!」

 4人の注文を打ち込み、咲子さんも「私はコーヒーアイスにしようかしら」とパネルを操作する。

「みんな、満腹じゃないのか?パフェとかケーキなんて、食べれるのか?」

 食べたいから頼む、それで残すというのは非常に失礼な事だ。それを懸念しての言葉だったのだが、俺以外の5人は皆揃って首を縦に降って見せた。

「甘いものは別腹なのよ」

「パフェならあと5杯はいけるもん!」

「女の子の原動力はスイーツなんですよ?」

「兄貴は女心が分かってねぇなぁ」

「若い子には負けてられないわ」

 1人だけ世代の差みたいなものが出ているが、そこはスルーしておこう。とりあえず、寿司は無理でもデザートなら食べられるってことか。

 別腹ってのは本当にあるみたいだな……。

「碧斗くんはどうするの?いらないの?」

 笹倉にそう聞かれ、俺はすぐに「りんごパフェを!」と咲子さんにお願いした。1人だけデザートなしというのも、なんだか寂しいからな。

 俺の腹には別腹の気配がしないが……まあ、頑張って食べるとしよう。



 数分後、合計6つのデザートが机に運ばれてきた。さすがにこれはレーンに流せないもんな。

「なんか、写真より小さい気が……」

「小森さん、そこに触れてはダメ。女の子のsn〇w加工と同じ手口なのよ」

 笹倉に「しー」と言われ、口にチャックをする早苗。だが、その口はまたすぐに開かれた。デザートをたべるために。

「ふふふっ、寿司屋と言っても侮れないわね」

「すごく美味しいよっ!」

 笹倉も早苗も、パフェにご満悦らしい。こんな幸せそうな顔を見ると、こっちまで嬉しくなっちゃうな。

「ほら、あおくんもどーぞ♪」

 早苗にスプーンに乗ったチョコパフェを差し出され、どれほど美味しいのか気になっていた俺は、すぐにそれにかぶりついた。

「美味いな!」

 ソース状のチョコには少し苦味があり、そのバランスを取っているのがクリーム状のチョコ。それらを包み込むように広がるチョコアイスの甘さと冷たさ。

 もはや、寿司屋で出るデザートの域を超えていると言っても過言ではないだろう。

「私のも食べて」

 まだ飲み込まないうちに笹倉からも差し出され、急いで口を空にしてからそちらも頂く。

「おおっ!いちごの酸味とアイスの甘さがちょうどいいな!」

 この店には、パフェの黄金比でもあるのだろうか。いちごとチョコ、どちらをとっても完璧過ぎる!

「あおにい、わたしのもあげます!」

 二人の真似をしたかったのか、葵も頑張って背伸びをしながら、向かい側までスプーンを伸ばしてくれた。

 俺がすぐにかぶりつくと、葵は少し頬を赤らめながら嬉しそうに微笑んだ。

「お味はいかがですか?」

「すごく美味いぞ!どうやったらこの値段でこの味が作れるのか、教えて欲しいくらいだ!」

 むしろ、今すぐ寿司屋をやめてカフェでも開いた方が儲けるんじゃないだろうか。職業選択の自由とはよく言うが、こればかりはミスマッチだな。

 3人からデザートをおすそ分けしてもらい、二つの意味で美味しい思いをした俺は、自分のデザートにも手をつけようと視線を落とす。


 だが、そんな俺をじーっと見つめる者が一人いた。俺のすぐ左隣に座っている、愛すべき従妹様だ。

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