第257話 俺は先生に誘われたい
「2人っきりで話がしたいの。少し時間いいかしら……?」
そう口にした薫先生の目は、俺の瞳をしっかりと捉えていた。背後にいる笹倉と早苗は、その真剣な表情に口を出せないでいる。
「相談……じゃなさそうですね」
いつもの彼女であれば、表向きは教師として俺を呼び出し、本当の姿は他の誰にもバレないように気をつけている。
でも、今はそうじゃない。他の生徒に聞かれたらまずい一言を、校門前のこの場所で堂々と口にしたのだ。
この行動の意味するところを考えれば、自ずと思考はある地点へと着地した。
彼女は何か大事なことを話そうとしている。
そうでないと、目の前の少し恥を含んだ凛々しい表情に説明がつかないのだ。ダメ教師でも、たまには真面目になるってことだろう。
「早苗、笹倉、先に帰っててくれるか?俺は少し薫先生に付き合うことにする」
見方によっては死亡フラグな気もするセリフに、2人は少し顔をしかめたが、やがて首を縦に振ってくれた。
「家で待ってるね?」
「終わったら連絡ちょうだいね」
「ああ、分かった」
頷き返せば、彼女らは微笑んでからこちらに背を向ける。そしてそのまま校門を潜って帰っていった。
その背中を見送って、俺はもう一度薫先生の方に向き直る。
「先生、どこで話しますか?」
「場所は用意してあるの。着いてきてもらえる?」
くるりと身を翻して、コツコツという足音を立てながら校舎に向かう彼女。厳しい先生を演じているだけあって、歩き方に隙がないな。
そんな事を思いながら、俺も校舎に向かって歩き始めた。
「本当に聞かれたくないことなんですね」
薫先生が後ろで鍵を閉めると同時に、俺はため息をこぼすようにそう呟いた。
なにせ、この場所は生徒にはほぼ確実にバレない場所なのだ。
俺が初めて薫先生と話した……というか、一方的に罵られたあのエレベーターに乗らなければ行けない、教員専用エリアである地下の資料室。その一番奥にある資料整理室という部屋に今、俺たちはいるのだ。
今、資料整理室はおろか、資料室や地下エリアにすら他に人はいない。つまり、ここであれば今は何を話しても2人だけの秘密になるわけだ。
こんなことを言うと少しいかがわしいと言うか、聞く人によっては破廉恥だと騒ぎ立てるかもしれないが、そんなやつに俺は言わせてもらいたい。
破廉恥だと言えるということは、お前は破廉恥なことを理解してるってことだよな?つまり―――――――――――と。
まあ、そういう奴はアニメのむっつり風紀委員長か、ラノベのツンデレ幼馴染くらいなので、三次元の住人である俺には無縁な存在だろうけど。
「他の人に聞かれちゃ、私の人生が終わっちゃうんだもん」
薫先生はそう言いながら、机に片手を付きながら、反対側の肩を回して凝りを解している。
先程までとは打って変わって、口調もかなり柔らかいものになっていた。ここまで砕けた口調は何気に久しぶりかもしれない。
最後に聞いたのは、以前に無理矢理一緒に出かけさせられた時だったか。
「関ヶ谷君、前にデートしたのはいつだったかしら」
「奇遇ですね、俺もその事を考えてたところです」
「あら、両思い?」
「変な言い方しないでください」
俺の返しにクスクスと笑う先生。その笑顔の普段とのギャップが大きすぎて、正直少しだけ頭が置いていかれている。
やっぱり、人の女装姿を舐めまわすように見たり、教え子との交流をデートと呼んだりする変な人ではあるが、普通にしていれば美人に分類される人なのだ。改めてそう実感した。
「あの時のデート、楽しかったね」
「デートだと認識した記憶はないんですけどね」
「私の中ではデートなの。それも、人生で初めての……ね?」
『ね?』と言う声と同時に、思わず心臓が強く脈打った。いわゆる『ドキッ!?』てやつだな。
そりゃ、男と女が出かけることがデートと呼ぶのなら、あれもそこに含まれるのは間違いないが、相手が教師でおまけに自分の担任という所が危ないのだ。
だから、なんとかそう意識しないようにとは思っていたのに。
「初めてとか、そういうこと言われたら否定できないだろ……」
「ふふっ、関ヶ谷君は相変わらず優しいね」
微笑みながら歩み寄ってきた薫先生は、そっと掲げた右手を優しく俺の頭の上に乗せ、優しく髪を撫でてくる。
不覚にも少しだけ安心してしまったことに気付いた俺は、恥ずかしさを隠すためにわざと彼女から顔を逸らした。
「は、早く要件を言ってください……!」
「ふふふ、それじゃあ言うね?」
薫先生は一瞬大人らしい笑みを見せると、髪を右耳にかけながら口を俺の耳に寄せる。そして――――――――――――。
「明日、私の家に来てくれない?」
優しい声でそう囁いた。
「……ど、どういう?」
俺は思わず聞き返す。先程までの話の流れ的に、またデートして欲しいと言われるのかと思っていたが、まさか家に誘われるとは思ってもみなかった。
「詳しいことはまだ言えないけど来て欲しいの」
耳にかかる吐息が、やけに湿気を含んでいて、その声はやけに艶めかしく聞こえる。一般的な男子高校生である俺の鼓動は、普段の何倍も速く鳴っていた。
それを察したのか、薫先生は耳から顔を離すと、今度は目をじっと見つめてくる。同時に耳にかかっていた髪がたらんと垂れた。
「来てくれる?」
「い、いや……」
甘い声に流されそうになるところを、何とか踏み留まって先生を見つめ返す。整った顔が息のかかるほど近くにある事実が、どうしようもなく俺の心を
「ふふふっ、じょーだん♪」
「……へ?」
先生はからかうように俺の頬を(物理的に)人差し指で突くと、早打ちした後のガンマンのように、指先にフッと息を吹きかけた。
「関ヶ谷君が戸惑う時の顔、可愛くて好きなの。見たくてからかっちゃった」
大人の余裕と言うやつなのだろうか。彼女は俺の顔を覗き込むようにしながら、意地悪な笑みを向けてくる。
「じゃ、じゃあ、家に来て欲しいって言うのも……」
「そこは冗談じゃないの」
「えぇ……」
ちょっとだけ安堵してたんだけどな。
「実はね、関ヶ谷君に会いたいって言ってる人がいるのよ。明日はその人に会ってもらいたくてね」
なるほど、そういうことか。無駄に期待……いや、緊張させられてしまったな。
「てか、それなら普通に伝えてくれません?わざわざ変な誘い方しなくても良くないです」
「でも、ドキドキはしたでしょ?」
「し、しましたけど……」
「笹倉さんや小森さんには出せない、大人の魅力っていうのが私には出せるのよ♪」
ドヤ顔で胸を張る薫先生。それを自分で言っちゃうあたりが惜しいんだよな。確かにごもっともではあるんだけど。
「それで……明日は来てくれる?」
「ええ、まあ……身の危険はなさそうですし」
「ほんと?ありがとー!」
先生は嬉しそうに笑うと、勢いに任せて俺に抱きついてきた。スーツの下にしまわれた豊満なバストが俺の顔を包み込んで幸せ……いや、待て……息ができない!?
「うぐっ……んーんー!」
「ふふふっ♪これであの子も喜んでくれるわ♪」
抜けようにもがっちりホールドされて抜け出せない巨乳地獄。苦しんでいることにも気づかず、先生はさらに抱きしめる力を強めた。
身の危険……すぐそこにあったんだな……。
言葉にできない後悔を秘めながら、ほのかに香る香水の匂いに身を委ねるように、俺の意識は闇の中へと落ちていった。
あれ、胸で窒息するの、何回目なんだろう……。
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