第256話 俺は冬休み課題を受け取りたい

 終業式というのは、何度経験しても硬苦しいものだ。校長の話がそれほど長くはないのが救いだが、俺としてはどうもあの密集感と、普段は騒いでいる輩も黙ってしまう真面目な雰囲気が苦手だな。

 まあ、騒がれるのもそれはそれで嫌なんだけど。


 そんなことを思いながら約30分間の式を乗り越え、教室に戻る頃には所々から歓喜の声が出ていた。

 もちろんその内容は聞くまでもなく、『冬休みだー!』だとか、『やっと開放されるー!』だとか、そんな感じの内容だ。

 それは薫先生がHRをしに教室に入ってきても収まることなく、いつもなら「猿以下ね」なんて言って鼻で笑うところだが、生徒たちの熱気にさすがの彼女もどう収集をつけたらいいのか、困っているらしかった。

 もちろん俺はこういう時にはしゃぐタイプでは無いため、浮かれるクラスメイトたちを一歩引いた目で眺めている。だが、隣の席のやつは違った。

「冬休みですわ!リベレーションですわ!」

 小さな体でめいっぱいの喜びを表している静香だ。彼女がどうして『解放』を英語にしたのかは謎だが、俺は彼女の一言いってやりたい。お前、まだ転入してきたばっかだろ、と。

 よくもまあ、このタイミングでの長期休みに不安を抱かないな。俺だったら『休み明けに孤立しそうで怖い』くらいは思いそうだが……。

 いや、俺達がいるからむしろ安心してるのか?一応お世話係と愉快な仲間たちだし。

「お兄様、リベレーションですわよ!」

「2度も言わんでいい。てか、学校では名前で呼んでくれ」

 転入生ということもあって、ここしばらくは静香の言動は他の一般生徒よりも注目を集めていた。そんな中で彼女が俺を『お兄様』なんて呼ぶから、噂好きの生徒たちはまるで俺がそう呼ばせているみたいなことを言いやがったのだ。

 おかげで知らない生徒からも通りすがりに『お兄様、ぷぷぷ』なんてからかわれる始末。風評被害も甚だしい……。

 慕ってくれるのは嬉しいが、少しは周りの目も気にして頂きたいな。

「ふふ、いいじゃないですか♪冬休みですよ?リベレーションですよ?」

「全くもって関係ないし、お前はそれしか言葉を知らんのか」

 ちなみに、静香の順位は96位だった。お世話係としてちゃんと確認済みだ。見る人によっては『全然いいじゃん』なんて思うかもしれないが、そもそも学年に124人しか居ないため、半分にも届いていない順位では十分に悪いと言える。

 ただ、保健体育と英語だけは100点満点を取ってるんだよな。アダルトコーナーとギャングの英才教育の賜物って訳か。

 まあ、他がずば抜けて悪かったからこの順位なんだろうけど。俺のヤマ張りがとことん外れたのも原因なので、点数についてはあまり触れないでおいている。

「……ん?」

 ふと何かの視線を感じて振り向くと、早苗がこちらを見て何かを振っていた。ノートの切り離したページらしい。そこに何かが書いてある。


『リベリエーション!』


 いや、お前もか!と出そうになる言葉を飲み込んで、俺はため息をつく。早苗の机の上には単語帳が置いてあるのが見えた。頑張って調べたんだな。

 ……でも、読み方間違ってるぞ。

 声に出してはしゃぐタイプでは無いのは分かっているが、わざわざ回りくどい方法をしてまで間違いを突きつけられると、かえってこちらが悲しくなってしまう。


 俺は後で間違いを指摘しようかどうか迷った末、面倒なので黙っておくことにした。その代わり、後でたくさん喜びの声を聞いてやろう。

 俺の本当のリベレーションはその後だ。……なんだか少し口にしたくなる単語かもしれない、リベレーションって。

「リベレーションですわ!世界征服ですわ!」

「征服されたらリベレーション出来ないな」

 とりあえず、静香の冬休みが壮大なことだけはよく伝わってきた。こりゃ、彼女のリベレーションは当面来ないかもしれない。

 ……もはや言いたいだけだったりする。



 その後、ようやく静かになった頃、一瞬だけ一安心という表情を見せた薫先生が、「冬休みの宿題よ」と言ってプリントの束を配り始めた。

 あちこちから「ええ……」だとか「まじかよ」みたいな声が上がったが、薫先生が「次に文句言った人は量が倍になるわよ」と睨みを利かせると、一瞬でその場に存在する音のほとんどが消え失せた。

 さすがはユニークスキル『職権乱用』の二面相女教師だ。二学期も見事に怖い先生を演じ切った。

 本当に、いつになったら本当の自分になる練習とやらをしてくれるのだろうか。もはや初めて相談された時より難易度が上がってると思うんだけが……。

 果たして、俺がこの高校に通っている間に達成してくれるのだろうか。まあ、俺としてはどっちでもいいんだけど。

「げっ……」

 隣のお嬢様からお嬢様らしからぬ声が聞こえ、何事かと見てみると、彼女は回ってきた宿題プリントの束の1番上、表紙に書いてある文字を見ながら青い顔をしていた。

 なるほど、おそらく『一日3ページやれば始業式の前の日に終わります』という文を見て驚いてるんだな。

 俺も回ってきたプリントの中身を確認すべく、数ページ目を開いてみた。

 ……ページ数は多いが、問題数はそこまで多くないな。難易度もテストに出てくるのと同じ程度だし、一日3ページと言わず、頑張れば3日で終わりそうだ。

 そもそも俺は長期休みの宿題を早めに終わらせるタイプだからな。一日あたりにやる量の多さには耐性がある。

 俺と同じタイプの笹倉なんかは、既に解き始めているくらいだ。ページをめくる速さが異常なのは、彼女の日々の学習の成果だろう。俺ではあの域にはまだ到達できないな……。


 とりあえず今決まっているだけでも、『天造さんのゲームをクリアする』『静香と仁さんの手繋ぎ大作戦』『千鶴と旅行』『みんなで遠出』、それから『クリスマスイベントを見に行く』の5つの予定が入っているし、まだまだ増えるかもしれない。

 そもそも最初の2つはどれくらいかかるかも分からないから、なるべく早めに始めたいと思っている。

 だから、当の本人たちである早苗と静香には鞭を打っておく必要がありそうだな。他のメンバーは問題ないが、早苗には前科があるし、静香だって今の様子を見ても危険度はかなり高い。

 前と違って早苗は補習がないわけだし、宿題をする時間は有り余っているはずだ。最悪の場合、俺が手取り足取り教えてやることも考慮しておくか。もちろんその分の受講料は貰うけど。

「それじゃあ、くれぐれも間違った行動はしないように。分かったわね?」

「「「「「はい!」」」」」

「よろしい。では、解散」

 最後まで凛々しい顔付きだった薫先生の言葉で、俺達の忙しなかった二学期が終わりを告げた。



「関ヶ谷君、ちょっといいかしら」

 笹倉、早苗と一緒に帰ろうとしていたところ、校門前で呼び止められた。振り返ると、HRの時と違って何故かメガネをかけている薫先生が視界に映る。

『2年後、シャ〇ンディ諸島で!』と言いながら、複数の男子生徒が俺達の横を駆けて行った。お前たちが会うのは数週間後だよ、と心の中で突っ込む。

「なんですか?」

 もしかして久しぶりの人生相談だろうか。でも、そうだとしたら少し面倒だな……帰って宿題する気満々だったってのに。

 そんな失礼なことを思いながら、薫先生に歩み寄ると、彼女は少し俯いたまま口をもごもごとさせる。どうやら、今は『本当の薫先生モード』らしいな。

「先生、言いたいことがあるならはっきりと……」

 そう促そうとした瞬間、薫先生は決意の眼差しをもたげて、俺をじっと見つめた。


「関ヶ谷君、2人だけで話がしたいの。少しだけ時間いいかしら……?」


 その声にはやけに熱がこもっているような気がした。

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