第255話 俺はテスト順位を確認したい
本日、テストが返却された。
マーク式テストもそうだが、今回からは生徒のテストへの意識を高めるとかなんとかで、テストの順位が廊下に貼り出されるようになり、今はそれを見に来ている。
学年1位の小森 早苗、学年2位の笹倉 彩葉、そして学年3位の
その意外性と2位―3位間の差の大きさから、今回のテストは多くの生徒が『
「1位からの景色はどうだ、早苗」
スマホで1位の横に書いてある自分の名前を撮影し、満足そうにニヤニヤしている彼女にそう聞いてみると。
「ふふふ……快感……♪」
なんだか気持ち悪い回答をされてしまった。まあ、これを機に彼女の勉強への意欲が上がってくれれば、これ以上言うことなしなんだけど。
「まあ、今回はいつも高位層の人達が揃って順位を落としているもの。新しい形式に動揺したんでしょうね」
笹倉の方は、『あたりまえ』という顔で2位の横にある自分の名前を眺め、それから「うわぁ、俺3桁だよ……」なんて言っている輩に向かって嘲笑の視線を向けたりしている。
ちなみに俺は17位だった。まあ、いつも通りってところだが、親しい存在である2人が揃って1桁だと、少し寂しく感じてしまうな。
「でも、今回の小森さんの成績は褒められるものよ。是非とも、私のライバルとして頑張ってちょうだいね」
「笹倉さん……」
早苗は差し出された手に一瞬戸惑ったようだったが、すぐに嬉しそうな笑顔で手を握り返した。
「私、頑張る!」
なんだか、冬休み前にいいものを見せてもらっちゃったな……。涙腺が緩み切ってしまうのをなんとか抑えながら、俺は2人の美しいライバル関係を心の中で賞賛していた。
……と、ふとその後ろの光景に目が向く。2人の握手のその向こうに、こちらをじっと見つめている女の子がいたのだ。
この階に張り出されているのは2年生の順位だけ。だから、おそらく同学年だと思うのだが、俺はその顔を見たことがない。
だが、その視線が俺ではなく、笹倉と早苗に向けられていると理解して、彼女の正体を察する。
俺は知っている、あの目を。誰かを羨ましく思う気持ちに、ほんの少し悪意を含んだ時のあの目を。
『
学年3位のあの名前は……おそらく彼女のものだろう。
「あおくん、どうかした?」
「ぼーっとして、熱でもあるのかしら」
2人の声に俺の意識は体に戻ってくる。まあ、見ているだけなら害はないし、放っておいても大丈夫だろう。
「いや、なんでもない。教室に戻って帰る準備をするか」
その言葉に頷く2人。王女 二兎里のことがどうも引っかかったが、俺は彼女から意識を外すと、教室までの廊下を歩き出した。
「そう言えば、唯奈は18位だったわよね?」
「そうだよ〜♪」
「あおくんのぴったり下に……羨ましい……」
そんな会話をしている3人を横目に、俺は塩田がこちらに向けて手招きしているのに気がついた。
「何か用か?」
そう聞きながら近付くと、彼は「相談がある」と言って俺を教室から連れ出す。彼からの相談といえば、前にも好きな人のことで相談されたんだっけ。
塩田程の高身長イケメンに告白されたら、大抵の女子は即OKだと思うんだけどな。そんなにガードの強い相手なのだろうか。
「なんでわざわざ連れ出したんだ?」
部活のあるものは部活へ、無いものは家へ。終礼から少し時間が経っているため、この廊下にはほとんど人がいなかった。
残っている人はおそらく、みんな順位の張り出された向こうの廊下にいるのだろう。
「いや、まあ……あの場じゃ話せない話題だからさ」
塩田はそう言うと、少し照れたように後ろ頭をかいた。教室に残っているのは笹倉、早苗、唯奈の3人だけだ。あの3人に聞かれると困る話題ってことか?
「好きな人の相談じゃないのか?」
「そうだよ?だからあの場じゃダメなんだ」
頑なに『あの場』を拒絶する塩田。確かに好きな人の話を多くの人に聞かれるのは恥ずかしいことではあるが、この廊下だって人通りがゼロというわけではない。
先程からも数人が目の前を通って行った。それでも塩田は『好きな人の話じゃないのか?』という俺からの問いに、構わず『そうだよ』と答えたのだ。
これの意味するところを考察すれば、出てくる答えはひとつしか無かった。
「塩田……お前の好きな人ってのは、あの3人の中にいるのか?」
「……」
彼は何も言わなかったが、その瞳の動きだけで図星だったと察せる。
俺に相談してくる辺り、俺も知っている人物なのかもしれないとは思っていたが、まさかあの3人の中にいたとはな。
というか、もはやこれは答えにたどり着いたと言っても過言ではないかもしれない。塩田の今までの言動を思い返してみれば、それは明らかだった。
彼は以前の相談時に、『何度かデートに誘ってOKをもらった』と言っていた。早苗とは一緒に過ごしているから、何度もデートに行っていないことは分かっている。大抵の時間を一緒に過ごしてるわけだし。
笹倉だって、俺の知らないところで他の男とデート……なんてことは無いはずだ。真っ直ぐな彼女の事だし、そこは迷いなく信じられる。
そうなると、残っているのはもう一人しかいないのだ。あの金髪で一見ギャルギャルしいけど、実はいい人なあの唯奈さんだ。
「塩田、お前の好きな人は唯奈だろ?」
「な、なんで分かったんだい?」
「いや、消去法で。そもそも俺の事を好きって言ってる2人について、俺に相談するはずないしな」
自分で言っていて少し恥ずかしいが、事実は事実なので仕方がない。塩田みたいな良い奴が、俺を困らせるような相談をするはずがないのは明確だ。
「そ、そうだよ……。ボクが好きなのは唯奈さんなんだ……」
塩田は観念したようにそう自白した。思い返してみれば、痩せたバージョンの彼に初めてあったあの日、彼は海へ唯奈と一緒に来ていたのだ。
確か、ダイエットを手伝ってくれたお礼だとか何とか言っていたが、もしかするとあれもデートだったのだろうか。
「でも、
御嶽原 真凜。塩田と一緒に海に来ていたもう1人の女性だ。まり姉と呼ぶほど親しい中だと分かっていたから、すっかり勘違いしていた。
「まり姉は僕の姉さんみたいな存在だからね。仲がいいのは確かだし、実はまり姉から告白されたこともあったよ」
でも……と塩田は続ける。
「ダイエットを始めた時、まり姉は言ったんだ。『私は太ってる方が好き』って。その時に告白の返事をしたよ。『僕は好きな人のために痩せたいんだ』って」
いわゆる価値観の違いってやつだろう。もちろん好きな理由は体型だけではないと思う。だが、恋心というのは複雑で、その小さな綻びから全てが崩壊することもありえるのだ。
だから、俺は塩田が彼自身の思う正しい道を進んでくれて、本当に良かったと安堵している。
「もちろん、まり姉とは今も仲良くしてるよ。『彼女がダメなら本当のお姉さんになる』なんて言って養子届けを持ってきたことはあったけど」
「見た目に反して行動的なんだな……」
どこかの誰かさんみたいに、夜這いしたりしないか心配だ。
「2人とも、まだ終わらない?」
教室からでてきた笹倉が、俺たちを見つけてそう聞いてくる。
「いや、ちょうど終わったところだ」
「なら帰りましょう。碧斗くんと2人で明後日から始まる冬休みの計画を立てないと……」
「私もあおくんとの予定立てないとなぁ〜!」
わざとらしく飛び出してきた早苗が、早速笹倉と火花を散らす。冬休みは短いんだし、あまり忙しくならないといいな……。
「あやっち、さなえっち、たまには私も混ぜてね〜♪夫婦水入らずな時間は邪魔しないからさ〜♪」
ヘラヘラと笑いながら、唯奈は女子2人にじゃれつく。
「誰が夫婦じゃ」
「え、一夫二妻制だよね〜♪」
「国を追い出されてないか?」
少なくとも、この国ではアウトだな。ある意味、結婚さえしなければ何人妻的存在がいなくてもOKという意味にはなるが……倫理的にも世間体的にもストライクゾーンの外側なのでなしよりのなしだ。
「一夫三妻制でもいいけど〜?」
「誰が追加されたのかは、あえて聞かないでおこうか」
いや、そのからかう気満々の表情から察せるし。察した上でこのシチュエーションじゃ、聞くのが怖いんだよ。すぐ横に塩田がいるから。
「関ヶ谷、僕もたまには誘ってくれよ?」
「ああ、機会があれば誘うよ」
この冬休みは俺の希望に反して、予定詰めになるかもしれないな……。
ふと唯奈の顔を見ると、塩田と目を合わせて微笑んでいるような気がした。気のせいかもしれないが、俺が思っているよりも塩田の恋路は遠くないのかもしれない。
ただ、友人として上手くいくことは強く願っているとここに記しておこう。
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