第253話 (男)友達は俺の好みを知りたい

「たっだいまぁ!」

「失礼するわ」

 ドアが開き、笹倉と早苗の2人が部屋に入ってくる。……が、彼女らはすぐに動きを止めた。

「お、おかえり……」

「お、お邪魔してます……」

 ベッドの上で重なっている、俺と千鶴の姿を目にして――――――――――――――。



 10分ほど前。

「おい、そろそろ早苗が帰ってくるぞ。いい加減離れたらどうだ?」

 長期休み中、2人で出かけられることになってテンションの挙がった千鶴は、幸せそうな笑顔のまま俺の腕に絡みついて離れなかった。

『相手は男、相手は男……』と言い聞かせてはいるが、男の割に色白の肌だったり、細い手足だったり、微かに香る甘い匂いだったり。その全てが俺の内なる何かを刺激してくる。

「別にいいじゃん?男同士なんだし♪」

「本当に都合良く変わるな……」

 男同士ならOKというのも、頷き難いことではあるんだけど。まあ、そこは今更なのでスルーしておく。

「碧斗はさ、どんな女の子が好きなの?」

 千鶴は思い出したようにそんな質問をしてくる。お前、その格好でよくその質問ができたな。なんだか、千鶴の特徴を言わないといけない感が出ちゃうだろ……。

 まあ、自分に嘘はつけないし、本当のことを言うけど。

「そりゃ、笹倉だろ」

 笹倉曰く、俺達はもう偽の恋人ではなく、本物になっているらしいし、俺もそれを理解して付き合っているのだから、恋人のことが好きなのは当たり前だろう。

 だが、そんな俺の答えに千鶴は満足いかなかったようで、「そういう事じゃなくて……」と俺の腕から体を離した。

 そしてベッドから降りると、仁王立ちしてこちらをビシッと指差す。

「どんな女の子に欲情するの?ってことだよ」

「…………は?」

 彼の頭一つ抜けたおかしな言葉に、俺は思わず首を傾げた。どうやら千鶴の中では、好きの概念がねじ曲がっているらしいな。

「ほら、碧斗って笹倉みたいな美人の彼女がいて、おまけに小森とは同棲してるじゃん?」

 うっ……あらためて言葉にされると、この異常さが今更ながらに刺さるな……。

 いや、別に浮気心があるわけじゃないし、笹倉だって認めてるんだから問題は無いはずなんだが。

「参考までに聞くけど、笹倉か小森、どちらかに手を出したことはある?」

「あ、あるわけないだろ!変なこと聞くなよ……」

 千鶴は普段もなかなかだが、女装している時は特にこういう話題にガツガツと踏み込んでくる。気になるのはわからなくもないが、聞き方ってものがあるだろ……。

「まあ、そうだよね。そういうことがあれば、少なからず周りから見ても変化があると思うし。碧斗はかわいい女の子に囲まれていながら、未だ誰にも手を出していない……」

「そりゃ、まだ高校生だからな。その辺はわきまえてるつもりだぞ」

 俺の言葉に、千鶴はチッチッチッと人差し指を振る。ポ〇モンだったら、今頃ランダムな攻撃を受けているところだ。

「高校生だからこそでしょ。衝動に駆られたら大人の階段を上ってしまう、それが思春期高校生」

「俺がそんなやつに見え……」

 そこまで口にして、俺はふと以前のことを思い出した。文化祭の少し前、笹倉と別れなくてはならなくなったショックで落ち込んでいた俺は、衝動に駆られて早苗のことを――――――――――。

「あれれ?何か心当たりがおありで?」

 固まった俺に、千鶴はからかうようにそう言う。「んなわけあるか!」と慌てて否定したが、ニヤニヤしているところを見るに、おそらく信じていないだろう。

「まあ、ともかく……碧斗はかわいい女の子に言い寄られても、こうやって密着しても、欲情しないってことでしょ?」

 千鶴はそう言いながら、俺の膝の上に腰を下ろした。重くはない、むしろ軽いくらいだが、ウィッグが鼻に擦れてこそばゆいな。

「てか、ちゃっかり自分を『かわいい女の子』に含んじゃうんだな」

「もちろん♪だって、碧斗もずっと女の子だって意識してるでしょ?」

 彼は一度膝から降りて体を反転させると、今度は俺と向かい合うようにしてまた乗っかってきた。今度は首に腕を回している分、顔の距離も近い。

「ま、まあ……そりゃ、見た目がそうだし……」

「ふふっ、碧斗にそう言われると嬉しいな♪」

 あまり表情には出さないように気をつけていたつもりだったんだが、さすがにボロが出ていたのか。

「意識はしてくれるけど、欲情はしない。……私、思ったんだよね」

「何をだ?」

 そう聞き返すと、千鶴は少し心配そうな目で俺を見つめた。そして意を決したように、その想いを言葉にする。

「碧斗って、イ〇ポなの?」

「…………は?」

 本日二度目の『は?』が出てしまった。でも、あえてもう一度言わせて欲しい。

「…………は?」

 理解が追いつかない。どうして俺が笹倉たちに手を出さない=男性器の機能障害になるんだよ。

「だって、普通だったらもう襲ってるよ?私がこんなに積極的になってるってのに……」

「普通は襲わねぇよ!お前の知識が片寄ってるだけじゃないのか?」

 だって、俺のはバリバリに機能してるし。俺がそう言って胸を張ると、千鶴は顎に手を当てて悩み始めた。

「そうだとしたら、私に魅力がないってことになるんだよね……」

 彼は旨に手を当てると、「やっぱり胸かな……」と小声で呟く。いや、少なからずはあるかもしれないが、そこはあんまり関係ないと思うぞ。

「……そうだ!」

 千鶴はポンっと手を叩くと、何を思ったのか俺のポケットに手を突っ込んできた。そして中に入っていた物を引き抜くと、ニヤリと笑ってみせる。

「ちょ、俺のスマホを勝手に見ようとするな!」

 そう、彼が俺からとったのはスマホだ。ちゃっかりパスワードも突破しやがって……どこから情報が漏れてたんだ?

「これを見れば、碧斗がいつもどんな女の子を見てるのかがわかるでしょ♪」

「ちょ、それだけはやめろって!」

 返すように言っても、彼は首を横に振って拒否するばかり。その中身を見られるのは、男子高校生として由々しき事態だ。

 こうなったら、強硬手段に出るしかないな。背に腹はかえられん……!

「……へ?」

 俺は千鶴の腰に腕を回すと、そのまま回転してベッドの方へと押し倒す。逃げる余裕も与えず、すぐにその上に股がって、その細い両手首を掴んで押さえつけた。

 この見た目で俺より力が強い千鶴とは言え、上から押さえられたら抵抗できまい。後はその口に咥えているスマホを取り返すだけだ。

「よし、さっさとそれを返してもらおうか」

 両手を使っていては取れないので、左手だけで両手首を掴んで右手をスマホに伸ばす。だが、すぐに千鶴が暴れ出したため、また両手で押さえることになってしまった。

「こうなったら……」

 俺は一度深呼吸を挟むと、意を決して顔を千鶴に近付ける。そして彼同様に、スマホを口で咥えた。

 これなら手を使わなくても出来る。少し……というか、だいぶ変な感じもするが、すぐに取り返してしまえば問題は無い。

 そう思ったのに――――――――――――。


 ガチャッ。


 作戦というのは、こういう時ばかり上手く進まないものなのだ。




「……まったく、勘違いしちゃったじゃない」

「かたじけない……」

 そして今に至るわけだ。事情を説明して、2人が勘違いしていることには納得して貰えたが、疑念は一度産まれると完全には消えてくれない。

 ベッドに腰掛けて足を組む笹倉と、床に正座して彼女を見上げる俺。この配置からも分かると思うが、現在の俺の小森家内ヒエラルキーは笹倉よりも下だ。

 疑わしきは罰せずとはよく言うが、人間関係では疑わしきは完全にアウト。試験の不正と同じで、悪いのはいつだって疑われた方なのだ。

「ところで碧斗くん」

「どうされました?」

 ヒエラルキーが下なので、一応敬語で話しておく。こんなふうに形だけでも敬っておけば、そのうち許してくれるだろう、という浅はかな考えだ。

 笹倉は俺がそんなことを思っているとも知らず、組んでいた足を上下反対にして組み直す。

「その位置から見える私の太もも、彼氏として興奮しないかしら?」

「お前もそういう感じかよ……」

 今日は俺にとって厄日だったのだろうか。いや、ある意味最高の日なのかもしれないけど。

 何せ、笹倉の言う通りこの特等席からの景色は、見えるか見えないかのギリギリの領域までが覗けて、控えめに言ってものすごいからだ。

 思わず鼻息も荒くなるってもんよ。千鶴、これで分かっただろ?俺は紳士として手を出さないだけで、俺の火縄銃の機能は充実してんだ!(ドヤ顔)

「そんなに見られたら、さすがに恥ずかしいわよ……」

 自分から言っておきながら、頬を赤く染めて照れる笹倉。そんな彼女を見ていると、思わず頬が緩んでしまう。

 これが世に言う『萌え』と言うやつなのだろうか。


 いや……男に生まれてよかったって、こういう時に言うんだろうな。俺は今、幸せです。

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