第252話 俺は(男)友達と計画したい

 日曜日を挟んだ6日間でテストは終了。そして明日、それらが一気に返却される。

 二学期はテストが終われば、すぐに長期休みに入ってしまうからだ。

 俺達も明日の短縮授業と明後日の終業式を乗り越えれば、晴れて自由の身になる。まあ、かと言ってやることは山ほどあるんだけど。


「碧斗、テストどうだった?自己採点したんでしょ」

「まあ、いつも通りだ」

「さすが。まあ、俺もいつも通りだけど」

 今はそんな会話をしながら、千鶴と一緒に小森家に向かって帰っている所だ。ちなみに、笹倉と早苗は先生に呼び出されたとかで、学校に残っている。

 予想するに、学年1位と学年最下位ってとこだろうな。早苗も名前呼びを剥奪されてから必死になって勉強していたが、やはり準備が足りなかったんだろう。

 帰ってくるまでに、静香に名前呼びの了承を得ておくとするか。これ以上虐めたら、あいつの冬休みの思い出に傷がつきかねないし。


「それにしても、最近構ってくれないから、寂しかったんだぞ?」

 道端に落ちていた石を蹴りながら歩く千鶴は、少し不満を含んだ声でそう言った。

「構うって……別に俺はお前を拒否したつもりは無いぞ?来たい時に遊びに来ればいいだろ」

 俺は社交辞令でもなんでもなく、本心からそう伝える。だが、千鶴はそれに対して首を横に振った。

「自分からガツガツなんて嫌われるかもしれないだろ?好きな人をただ待つ時間も大事なんだよ」

「そういうもんなのか?俺にはよくわからんな」

 さりげなく『好きな人』だなんて言える辺り、ガツガツしている気もするけど……。

「まあ、結局我慢できずに自分から来たわけなんだけどな」

「そりゃ、どうもすみませんでした。忙しかったんだ、許してくれよ」

「今日こうやって一緒に帰れてるし……許す!」


 そんな他愛のない会話をしているうちに、俺たちは小森家前に到着した。俺は預かっていた鍵を使って中に入り、千鶴を招き入れる。

 今日は咲子さんも出かけていて家にいないのだ。その空気を察したのか、千鶴は脱いだ靴を揃えながらニヤニヤと笑う。

「2人っきり……ふふっ♪」

 やっぱり、彼は外では女の子モードを出さないようにしているんだろうか。さっきまでとは打って変わって、声まで女の子っぽくなっているし。

「変な期待はするなよ?」

 俺はそう言いながら階段を上がる。そしていつも通り早苗の部屋に入ってベッドの縁に腰掛けた。

 幼馴染とは言え、女の子の部屋に男2人……すごくおかしな環境に感じるな。いや、それを言えば俺がここで寝ていること自体がおかしいんだが……今更といえば今更なんだよな。


「ところで、今日はなんの用で一緒に帰ろうなんて言い出したんだ?」

 俺がそう聞くと、千鶴は「それは……」と言いながら、学生鞄とは別に持っていた黒い紙袋の中をゴソゴソと漁り始める。

 そして何かを掴むと、それを引っ張り出してベッドの上に置いた。

「……これは?」

 それは女の子用の服。それも、少し古めのデザインで、青い生地に白い水玉のワンピースだ。付属品のように大きな黄色いリボン付きのカチューシャも傍らに置いてある。

「いやぁ、やっぱり女装しないと気分盛り上がらないなって……」

 千鶴は照れたようにそう言うと、早速制服のボタンを外し始めた。何故か反射的に目を背けてしまい、慌てて首を横に振る。

 千鶴は男だ。男の着替えを見て申し訳なくなる奴がどこにいる!

 頭ではそうわかっていても、下着だけになってワンピースを着始めた彼は、本能的に直視出来なかった。これが潜在意識ってやつなんだろうか。


 千鶴は着替え終わると、その場でくるりと回転してワンピースの裾をヒラヒラとさせ、仕上げにブロンドロングヘアーのウィッグの上からカチューシャを装着。

 少し昭和の女の子という感じもしなくはないが、ブロンドヘアーということもあって、逆にあどけなさと大人っぽさのハイブリッドを感じられた。

「ふふっ♪どうかな、似合う?」

 毛先をクルクルといじりながら、上目遣いでそう聞いてくる千鶴。

「あ、ああ……いいと思うぞ」

 いや、正直すごくいいと思った。

 今まではコスプレだとか今時な格好しか見た事がなかったが、彼のこの格好を見ると、どんな格好も似合うんだなとつい感心してしまう。

「ほら、ここ座って?」

 落ち着かず、立ち上がっていた俺に、千鶴は自分のすぐ横をポンポンと叩きながら言った。俺はそれに従って彼の横に腰掛ける。

「ふふっ、2人きりだね……♪」

 体をピッタリとくっつけられながら、耳元でそう囁かれた途端、俺は思わず背筋がゾクッとした。

 やっぱり視覚的情報というのは大事なようで、男の格好の時は大丈夫でも、今の格好だと脳が完全に異性だと勘違いしてしまっているらしい。

「そういうのはいいから……本題に入ってくれ」

 これ以上はまずいと、俺は慌てて千鶴にそう促す。少し不満そうだったが、彼は本来の用件を話し始めた。

「ほら、もう冬休みに入るでしょ?また夏休みの時みたいに、皆でどこかに出かけたいと思って……」

「ああ、確かにそうだな」

 言われてみれば、あの夏の日……俺が骨折した海に行ってからは、みんなで遠出はしてないんだっけ。

「でも、冬休みも補習があるだろ?早苗、かかってるかもしれないからな……」

 冬休みは短い、でも補習はかかった教科の分だけ長くなる。最大では冬休みなんてあってないようなものになってしまうのだ。

「そうなると、早苗抜きになる。みんなで出かけるのに、それは可哀想だからな……」

 そりゃ、補習にかかるあいつも悪い。そのせいで千鶴の意見がダメになるなんてことは、普通は許されないことだろう。

 でも、補習から帰ってきたら友達も俺も遊びに出かけてしまっていて、それでも自分は明日も補習……なんてのは、あまりに酷すぎやしないか。

 しょぼんと落ち込んで、ベッドに横たわるあいつを想像すると、チクチクと胸が痛んで仕方がない。

「それなら……で……し……よ」

 俺がどうしようかと悩んでいると、千鶴が先に口を開いた。そして、小さな声で何かを呟く。

 さすがに聞こえなかったので、もう一度聞き返す。すると、彼は今度は大きくはっきりと聞こえる声でこう言った。


「それなら、2人で旅行しようよっ!」


「2人で?俺と千鶴だけってことか?」

 俺の問い返しに、千鶴は大きく頷く。

 確かに2人旅ってのも楽しそうだが、その場合はやはり千鶴は女装してくるのだろう。もちろん泊まるのも同じ部屋になるわけで……。

 ああ、海のホテルでの記憶が蘇ってくる……壁ドンされて、抵抗出来なかったあの時の記憶が……。

「安心して、無理に襲ったりはしないから」

 千鶴は俺の心中を読み取ったかのようにそう言うと、「碧斗から襲ってきたら受け入れるけど……」と小声で追加した。聞かなかったことにしよう。

「それならいいが……でも、それだとやっぱり早苗を残すことになるだろ?」

 やはり問題はそこなのだ。例え補習があろうとなかろうと、何日も家にいないというのは気が引けた。

「3泊4日がいいと思ってたんだけど」

「なかなかに長いな……」

「じゃあ、1泊2日でどう?」

「そ、それなら……」

 そこまで答えかけて、俺はふと思った。これってもしかして、『ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック』と言うやつじゃないか?

 あえて予定より大きな情報を持ち出して、断られたら予定通りの小さな情報を見せて「ああ、それならいいかな?」と思わせる心理学を利用したテクニック……。

 だが、1泊2日なら問題ないかもしれないと思ってしまうのが実の所。一緒に住むようになる前は、熱を出した日なんかにはうつさないために会わない日があったりもしたし。

 早苗のためを思うのも大事だが、友達である千鶴の頼みだって大事にしてやらなくてはならないとも思っている。だから俺は……。

「わかった、いいぞ」

「やった!具体的な日付は後で相談しよっか!その前にもう一つお願いがあるんだけど……」

 千鶴はそう言うと、人差し指同士をつんつんとさせながら、またもや上目遣いで俺の様子を伺ってきた。この目に弱いんだよな……。

「なんだ、聞くだけならタダだぞ?」

「ありがと。相談っていうのは、今度俺の家に泊まりに来て欲しいってものなんだけど……」

「今度っていつ辺りだ?」

「出来れば旅行の前日かな」

「…………」


 彼のその言葉に、俺は思った。

『それ、結果的に2泊3日やないかい』と。

 理由を変えて自分の要件を通す……なかなかの高等テクニックだ。だが、俺は騙されないぞ。

「悪いが、そっちは断ら―――――――――」

「ちょうど冬休みの始まって少しした頃に、前から予約してた『世界のりんごジュース7選』が届くんだよ。その試飲会でもしようかと……」

「行かせていただきます!」

 りんごジュースを引き合いに出されたら、負けちゃうに決まってんだろ!さすがは千鶴だ、俺の扱い方がよく分かってるぜ。

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