第250話 俺は極道さんを問い詰めたい
「お帰りなさいませ、おにい……関ヶ谷様♪」
「お、お帰りなさいませ!」
帰宅と同時に女子二人から出迎えられ、思わずその場に固まる俺。
いや、早苗ならまだ分かる。帰れなくなると連絡をするのも忘れていたし、心配で待っていてくれたというのなら、正直すごく嬉しい。だが……。
「なんで獄道さんがいるんだ?」
彼女は今、家にいるはずじゃ?いや、獄道家を出た時の俺は寝ていたから正確には分からないが……。
というか、鼻から右頬にかけて血が乾いて線が出来てるし。一体何があったんだよ。
「わ、私、先に家を出て待っていましたの!」
はぁ……なんのためにかは分からないが、待っていてくれたというのならありがたいな。しかし、挙動がどこか怪しい……。
「でも、仁さんからは獄道さんは俺たちが出た時にはまだ家にいたって聞いたぞ?」
もちろんカマ、ボロを引き出すための嘘だ。だが、そんなハッタリに対して、目の前の彼女はきゅうりを見つけた猫のようにおかしな顔を見せた。
「あ、ああ……そ、そうだったかも知れませんわ!静香勘違ぁ〜い!てへっ♪」
なるほど、カマかけのつもりだったが、図星だったらしい。わかりやすいお嬢様で助かるラスカル。
まあ、このぶりっ子風のキラキラした瞳に免じて、そこは百歩譲って勘違いだったということにしてやるとしよう。だが、そうなるとまた別の問題が浮上してくる。
「獄道さんの家から俺の家まで、電車より車の方が早いぞ?どうやって俺たちを追い越したんだ?」
「そ、それは……今日はダイヤが乱れていて、偶然予定とは違う早い電車が来たのですわ!」
「なるほど……なら、定期を見せてもらえるか?これから駅に行って乗車履歴を確認させてもらう」
「なっ!?そ、それは……」
獄道さんは視線をあちこちに飛ばし、あからさまに動揺を見せた。ほら、やっぱりダウトだ。履歴を見せられないのは、彼女が電車に乗っていないという確固たる証拠だろうしな。
「じ、実は……すごく頑張って走ったら先に着いてしまったんですの!」
「車より早く走ったのか?確かに何度か信号で止まったみたいだが……」
しかし、距離と時間を考えれば、俺たちより後に出発した彼女が全力で走って車を追い越せるのは、時速50km以上で走らなければならないことになる。
おまけに今のように汗ひとつかいていない状態になるためのレストタイムを考えれば、彼女の走りは時速70kmを超えるだろう。
どう考えても、そんなのはもはや人間ではない。参考までに言うと、人間の歩くスピードは平均時速6kmだ。
つまり、歩行の10倍以上のスピードで、小森家にたどり着くまで走り続けたということになる。この非常人さをさらに分かりやすく説明するなら、時速70kmは分速1.16km、秒速19mだ。
このスピードで走るとなると、彼女は50メートルを3秒足らずで走ることになる。ウサイン・ボ〇トもびっくり。アニメみたいに、彼女が走った場所には少し遅れて爆風が吹き荒れるだろう。
もはや、小学生の計算ミスによって音速で歩かされたおばあちゃんくらい意味不明になる。
「本当のところは?」
さすがにこれ以上の言い訳は出来ないと観念したのか、獄道さんはその場に膝をつき、手をつき、そしておでこまでピッタリとつけた。
「お父様には……内緒にしてくださいまし……」
いわゆる土下座だ。同時に彼女が差し出した車の鍵を見て、俺はその心中を察する。
「トランク、か……」
そう言えば、仁さんが急ブレーキを踏んだ時、トランクの方から変な音が聞こえたのだ。獄道さんの鼻血もその時のものだろう。
「もしかするとなんだが、俺と仁さんの会話って……」
そこまで言うと、彼女は小さく首を縦に振る。いや、まさか『秘密にしてくれ』と頼まれた会話が、リアルタイムで聞かれていたとは……。
だが、これはこれで話が早い。手助けをするかもしれない俺にとっては、むしろ好都合かもしれないな。
「それなら、仁さんのお願いを聞いてあげてくれないか?」
お願いというのはもちろん、『手を握る』ことだ。俺の言葉に、獄道さんはしばらく右手をグーやパーにして眺めていたが、やがてその首を縦に振った。
「私もそうしなくてはいけないと思っていましたの。少しはお父様に昔のように甘えなくては……と」
だが、彼女は「ですが」と言葉を続ける。
「私、どのようにすれば良いのでしょう……。高校生にもなって甘えるというのは、少々ハードルが高い気もしますわね」
まあ、獄道さんの言うことももっともだな。俺だって母親に甘えろと言われたら、照れとなんだかよく分からない感情とがミックスされ、その果てにはナイアガラの滝に飛び込みたくなるかもしれない。
そう、中高生の子供が親に甘えるというのは、棒高跳びよりもハードルが高い苦行なのだ。
「ん?普通に甘えればいいんじゃないの?」
普段から母親に甘えている……というか、人生に甘えている早苗はそう言うが、そう甘くはないんだよな。
「まあ、仁さんの要望は手繋ぎだ。おねだりとかハグよりかはかなりハードルが低い。一度『手を繋いで』と言えば、自然とクリアできると思う」
だが、ここで困るのが『リアリティ』だ。
例えば、ラノベでよくある『ツンツン幼馴染がある日突然デレて告白してくる』というシーン。
読者として第三者の目線で見れば、感想は間違いなく「羨ましいぜ、まったく」だろう。
しかし、主人公の目線に立ってみれば、『昨日までトゲトゲしてた奴が急にデレた。絶対裏がある』になるのだ。
人は努力で変われる生き物だが、突然変異レベルの変化はむしろ周りを不安にさせるってことだな。
昨日までなんてこと無かった娘が、突然手を繋ぎたいと言い出したとすれば、父親はどう思うだろう。それも、俺に『秘密にしてくれ』と言ったすぐ後だ。
状況的に間違いなく俺が疑われる。そして、獄道さんは俺に言わされているということにされるだろう。
「獄道さんは仁さんの手を握りたいのか?」
「もちろんですわ!」
「仁さんを喜ばせたいか?」
「当たり前ですわ!」
「そのためには努力を惜しまないか?」
「お父様が喜んでくださるというのなら、私は何でもしますわ!」
「よし、『何でも』だな?」
「……あっ」
俺が悪い笑顔を見せると、獄道さんは嵌められた!というような顔をして、それから自分の胸元を手で隠した。
「いや、その気はねぇよ」
てか、その気になる胸がねぇよ。……なんて言ったら、色んな方面から殺されそうなので堪えるとして。
どういう思考をしたら、俺が『何でも』してもらう流れになるんだ?獄道さんの中の俺って、そんなに極悪人なのだろうか……。
ちょっとだけ傷ついた俺であった。
「まあ、作戦は放課後までに練っておく。獄道さんはとりあえず……その鼻血を洗い流そうな」
「わ、忘れていましたわ……」
照れたように顔を隠して、彼女は早苗に洗面所まで連れていってもらう。その後ろ姿を見送って、俺はようやく靴を脱いで家に上がった。
リビングのソファに腰を下ろし、時計に目をやれば時刻は7時半。いつもなら、もう朝ごはんを食べ終えた頃だな。
「作戦を練るとは言ったが……テスト前なんだよな……」
テストは3日後、あの2人もまだまだ勉強しなくてはならない。決行はテスト明けになるか。天造さんのゲーム世界救出の件もあるし、テスト明けは大忙しだな……。
そんなことを思いながら、俺は深いため息をついた。直後、洗面所の方から叫び声が聞こえてくる。
「あぁぁぁっ!?カバンを家の玄関に忘れてきましたわ!」
騒がしい朝だな、まったく。
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