第242話 白衣の少女は水辺の死神を苦しめたい

「ぐっ……苦しいよ……」

「た、助けてぇ……」

 数十秒後、目の前では二匹のカッパがうつ伏せで倒れていた。俺が何かをした訳では無い。

「助けない。過重力グラビテイト

 天造さんは既に二回唱えたスキルをもう一度発動した。途端にカッパ達の体が、更に石の間へと沈み込む。

 彼女のスキルによって身動きを封じられた上に、石が胸やら腹やらにめり込んで、じわじわと痛みを与えられ続ける。

 そんな苦痛にもがくもがけぬ拷問。天造さんは下等生物か産業廃棄物を見るような目で、目下の二匹を見下ろしていた。

 もはや完全勝利。誰もがこの場面を見たらそう思うだろう。だが、そうはならないのが悪性AIに支配されたこの世界の理なのだ。

「まだ……舞える……!」

 ダーリンカッパは最後の力を振り絞ると、取り出した力の欠片を口元へと運ぶ。その行動で、俺は彼が何をしようとしているのかを察した。

「ま、待て……!」

 だが、それをやめさせるよりも早く、パキッという耳障りのいい音が鼓膜を震わせる。

 彼は今すぐに訪れる敗北と引き換えに、抗う力を手に入れようとしたのだ。


 簡単に言えばそれは、彼が普通のモンスターをやめて、魔王の力を使う選択をしてしまったということ。

 これまでの二体の傾向として、魔王の力に支配されると、日本語を話せなくなったり、正気を失ったりすることが分かっている。

 力に踊らされると言ったところだろうか。二世の国王だったり、玉の輿に乗った悪女だったり、偉くなって調子に乗った国会議員だったり。

 似た例を上げ始めると止まらなさそうだから、ここらで自重しておくとしよう。

 とにかく、力の欠片を半分取り込んだ奴は、今までの弱いカッパではない。恐らくエリアボス時代のダッキーにも匹敵するレベルだろう。


「だ、ダーリン……」

 体は膨れ上がるように大きくなり、目からは優しさのようなものが消え、代わりに狂気が差し込んだ。予想通り、日本語も話せなくなったらしい。


 ガルゥゥ……ンガァァァァァ!!!!


 その怪物らしい叫び声に反応するように、俺たちの目の前にウィンドウが現れた。お馴染みのエリアボス紹介だ。



 ―――――エリアボス・リバーインプ―――――


 大昔から伝説の生き物として語り継がれている『河童』が魔王の力の欠片を取り込んだ姿。

 本来の数倍もある体長からは考えられないほど、水中での隠密行動が得意で、泳ぎも早い。浅い川でも自在に隠れるので、その生態は不明なまま。

 本来の姿には無いはずの鋭い爪も生えており、それを使って生き物の喉を掻き切ったりすることでトドメを刺す。


 リバーインプの潜む川では、度々神隠しとも言われる行方不明事件が起こり、数日後に水死体で発見されることも多い。

 アニメなどで見るような河童とは違い、かなり恐ろしいモンスターなので油断は禁物。抜かれるのは尻子玉だけでは済まないかもしれない。


 ただし、弱点は周知のものと変わっていない。


 ―――――――――――――――――――――――


「かなり危険な奴らしいな……」

 説明を読み終えた俺は、ウィンドウを閉じながらそう呟く。喉を掻き切るなんて演出は無いだろうが、それでもあの爪攻撃をまともにくらえば、一撃死も有り得るはずだ。

 またガード系のスキルが重要になるかもしれないな……。俺がそう思って剣を構えた瞬間。


 ンガァァァァァァ!!!!


 リバーインプは大声で叫ぶと、その鋭い爪をハニーカッパに向けて振り上げた。

「お、おいっ!?」

 俺は慌ててカバーに滑り込み、防御壁パリィを展開する。しかし、打撃ではなく突攻撃判定の爪は、バリアをいとも簡単に突き破ってきた。

「っ……ぐはっ!?」

 ギリギリのところで、ハニーカッパの背中を突き飛ばすことは出来た。だが、その代償に俺は左肩に突攻撃を受けた直後、連撃で反対側からの斬撃をもまともにくらってしまう。

 吹き飛ばされはしなかったものの、その威力で10メートルほど後ろにいた天造さんの隣までノックバックされた。

「リバーインプは色んな攻撃タイプを持ってる。とても防御壁だけでは防ぎきれない」

 彼女曰く、防御壁はあくまで壁。だから、ある程度の打撃には耐えられても、釘を打ち込むように、一点に集中的なダメージを与える攻撃には弱いとのこと。

「くそっ……下手に強くなりやがって……」

 恋人であるはずのハニーカッパにすら見境なく攻撃したリバーインプ。その凶暴性と見失った自我、そして殺傷能力の非常に高い爪。

 あれらを見れば、『水辺の死神』の異名も納得がいく。とてもじゃないが、まともに相手して勝てる見込みはなかった。



 だが、発送を逆転させれば、まともに相手をしなければ勝てる見込みはあるということになる。それはつまり―――――――――。

「おお!?寝てる間に大変なことになっとるやないか!」

「ダッキー、いいタイミングで出てきてくれた!お前、これを食え!」

 俺はそう言って、寝起きのダッキーの口に力の欠片(リバーインプの食べ残し)を突っ込んだ。

「……って、なんちゅうもんを食わしてくれたんや」

「お前は一度、自分から食べてんだよ!今更文句言わずに、これ食ってパワーアップしろ!」

 うだうだと文句を垂らす彼の頭(いや、体なのか?)を掴んで無理矢理その奥に欠片を押し込む。


 そう、俺の作戦は単純明快。その名も、『化け物には化け物をぶつければいいんだ作戦』だ!

 一度力の恩恵を受けているダッキーに、再度力を取り込んでもらって、さらに強く……というのが理想なのだが、果たして上手くいくだろうか。



「……あれ?わい、でかくなっとる?」

 俺の予想はドンピシャだった。力の上昇に合わせて体長までも変化したダッキーは、リバーインプに引けを取らない巨体と化していた。

 かなり大きいので下から見上げていると、戦隊モノのロボットと巨大化した怪人の戦い直前のような雰囲気を感じる。

「よし、ダッキー!噛み付く攻撃だ!」

「わいはポ○モンやないわ!」

「いいから早くしろ!」

「ほんま手間がかかる主人やわ……」

 ダッキーは面倒くさそうな顔をしながらも、結局大きな口を開けてリバーインプの頭にかぶりついてくれた。


 ンガ!?ンガァァァ!!!


 スライムの体は防音性能が高いのか、その中から聞こえてくる叫び声は僅かだった。だが、引き剥がそうと暴れている姿から、慌てているのは明白だ。

「よし、ここで魔法をぶつければ―――――――」

「待って!」

 俺がストレージから取り出した杖。それを手にした右手は、声の主によって掴まれる。振り返れば、そこにはハニーカッパが立っていた。

「うち、ダーリンが死んだらいやや!もう攻撃しんといて!」

 化け物じみた見た目に反して綺麗な瞳が俺を見つめる。目の端には、今にもこぼれてしまいそうなほど涙も溜まっていた。

「……悪いな」

 それでも、俺は倒さなくてはいけない。もちろん力の欠片を手に入れるためというのもある。だが、理由はそれだけじゃない。

「好きな人すら見失っちまうほど変わった奴を、放っておく訳には行かねぇんだ」

 俺はハニーカッパの手を強引に振りほどくと、もう一度杖を構えた。これは粛清でも刑罰でもない。

 変わってしまったことで傷つき傷つけられるであろう未来の2人を、どうしても救ってやりたいという俺自身ののわがままだった。

「……」

「止めたいなら止めろ。お前自身が選べばいい」

 単なるわがままで、カップルの行く末を決められるほど俺は大層な人間じゃない。だから、止める手段を……選択の余地を……『勇者の剣』を彼女に手渡したのだ。


「……ダーリン。うちはダーリンのことを……」


 彼女は少し考えた後、手に持った剣を大きく振り上げた。

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