第241話 俺は水辺の死神と戦いたい
「それで、その石で呼び出せるのか?」
「わからない。私も初めての条件だから」
天造さんはそう言いながら、先程無理矢理作った水晶のように丸く、デパートのツルツルの壁のような肌触りの球を掲げる。
すると、俺たちの目の前にウィンドウが現れた。
『その石で間違いありませんね?』
「間違いないかと聞かれたら、間違いしかない気もするけどな」
だって、条件としては『河原で一番綺麗な丸い石を見つけろ』ってことだったのに、天造さんが手を加えてるからもはや人工物だし。
「でも、大丈夫。最悪、製品版にする時に削除するって脅せば大抵のエリアボスは言うことを聞くはずだから」
「だから、やり方がメタいんだよ……」
脅しが効く敵ってなんか嫌じゃないか?世界観とかゲームとか、そういう話以前に。
「とりあえず、間違いないことにする」
「随分と適当だな。もし間違いだったらどうなるんだ?」
俺が天造さんにそう聞いた瞬間だった。
ザッパァァァァン!!!
水しぶきが上がり、川の中から何かが飛び出してくる。その影は一瞬太陽に重なったかと思うと、眩しさに目が慣れた頃には俺の目の前まで落ちてきていた。そして―――――――――――――。
「まちがえんなぁぁぁぁぁ!!!!」
「ぶへぇっ!?」
その影から伸びた腕の先の握りこぶしが、俺の左頬に叩き込まれる。そのありえない程の力で俺の体はジャイロ回転しながら広報に吹き飛び、背中を河原の石にぶつけた。
「い、いてて……な、なんなんだ?」
痛む背中を擦りながらゆっくりと体を起こした俺は、影の正体を確かめるべく目を凝らす。すると、やっとその全貌を視界に捉えることが出来た。
「か、カッパ!?」
そこに立っていたのは、全身がピンク色で頭の上に皿のある、どこからどう見てもあのカッパだった。
もしかして、このカッパが『水辺の死神』なのか?いや、確かにカッパは人を川に引きずり込むとか、尻子玉を抜いちゃうとか、恐ろしい伝説の生き物として語られてはいるが……。
「もっと恐ろしいやつかと思ってたんだが……ここのエリアボスってのはカッパなのか」
前回がドラゴンだったこともあって、恐怖感覚が狂っているのかもしれない。だが、大きさも俺より背が低いくらいだし、これならチャチャッと倒せてしまいそうだ。
そんな俺の考えが透けて見えたのか、目の前の『水辺の死神』は地団駄を踏んで声を荒らげた。
「今、うちの事バカにしたな!弱そうって思たな!」
可愛らしい女の子の声で、目の前のピンクカッパは怒鳴る。こんなシワシワのカモノハシが二足歩行したみたいな生き物にも、ちゃんと性別があるんだな……。
「仕方ないだろ、こちとらドラゴンと戦ってきたんだよ」
「だからって、そんな雑魚を見るような目をしなくてもええやろ!」
お互いに一歩も引かない言い合い。それを止めるべく、間に割って入ってきたのは天造さん…………ではなく、また新たなカッパだった。
「ハニー、あんまり怒るのはよくないと思うよ」
「ダーリン!で、でも、こいつがうちらのことバカにするから……」
ハニー、ダーリンと呼び合う2人。いや、カッパは人じゃないから2匹か?数え方はよくわからんが、とりあえずこいつらがカップルであることはわかった。
「でも、先に手を出したのはハニーの方だろう?それは謝らないといけないんじゃないかな?」
「うっ……そ、そうやね……」
緑色のイケボダーリンカッパに促され、ピンク色のカワボハニーカッパは申し訳なさそうに俺に向けて頭を下げる。
「いきなり殴ったのはうちが悪かったわ、堪忍やで」
「ああ、俺も悪かった」
お互いに謝ると、それはもう円満に事が解決……すると思ったのだが、そう上手くいくはずもなかった。
「でも、条件を間違えたのはあんたらやで」
ピンクカッパはそう言うと、ピシッと天造さんの持つ球に人差し指を向けた。
「この河原には、一番綺麗な石が2つあるんや。デジタルに変換しても全く同じ数列の、事実として『同じ石』がや」
なるほど、現実では絶対にありえない『1位が2つ』がこのゲームの中という世界でなら可能なわけか。そして、エリアボスを出現させる条件が、その両方を見つけることだった……。
「でも、うちはそんなことで怒っとるんやない。間違えさせるための難問やからな」
「じゃあ、何に対して怒ってるんだ?」
俺がそう聞き返すと、ダーリンカッパが苦笑いを浮かべる。そして、天造さんから球を受け取ったハニーカッパは、それを思いっきり地面に叩きつけた。
「球は2つって決まってるやろぉぉぉぉぉぉ!」
叫び声と同時に球が砕けて破片が四散する。俺が額を痛めてまで作ったというのに……。
「……」
「……」
「……あはは、彼女はこう見えて変わり者なんだよ。許してやってくれないかい?」
思わず言葉を失った俺たちに、ダーリンカッパはそう言ってくるが、ひとつだけ言わせてくれ。『こう見えて』って、どこからどう見てもそうだろうが。
「ただのカッパかと思ったらエロガッパだったわけか。そりゃ良かったな」
正直、あまりまともに相手してはいけない気がしている。だから適当に流そうと思っていたのに……。
「誰がエロガッパじゃぁぁぁぁぁ!」
「ぶへぇっ!?」
本日二度目のコークスクリューを受けた俺は、まだもグルグルと回りながら、広報の石に背中をぶつけた。やっぱり何回受けても痛いものは痛いな……。
「うちはタマと棒が好きなだけの普通のカッパやわ!」
「それをエロガッパって言うんだよ!」
こいつが下ネタの連発をしたせいで、天造さんは俯いたまま動かなくなっちゃうし……こんなのがエリアボスだなんて、信じたくないな。
「とりあえず、君が欲しいのはこの石だろ?」
ダーリンカッパはそう言うと、俺の視界の中で紫色の石を揺らして見せた。この色、この形……間違いなく魔王の力の欠片だ。
「あ、ああ。俺はそれを集めてるんだ」
このカッパの場合、石を持ってはいるものの、体の中に取り込んでいるわけではないらしい。つまりは単純な受け渡しが可能なわけで……。
「良かったらそれを渡し―――――――――」
「悪いけど断るよ」
……即答だった。やはり一筋縄では行かないか。
「僕は石が好きなんだ。もし、僕を倒せたらあげてもいいよ」
「なるほど、実力勝負って訳か」
勝つか負けるか、その二択しかないバトルで欠片の所有権をめぐる。それが単純かつ明確であることもあって、俺はすぐさま首を縦に振った。
「わかった、それで決めよう」
「ふふ、2対2の本気の勝負……受けたことを後悔させてあげるよ」
彼はそう言って笑うと、隣のハニーカッパと目配せをして、それから川の中へと飛び込んだ。
「天造さん、気をつけろ」
赤面状態から復活した彼女に念の為声をかけると、すぐに「わかってる」と言う返事が返ってきた。こちらも準備万端らしい。
俺はホッと胸を撫で下ろすと、ストレージから剣を取り出して構えた。そして―――――――――。
「よし、どこからでもかかってこい!」
その一言を合図に、戦いの火蓋は切って落とされる。激しく吹き上がった水しぶきの中から、2つの影がこちらに向かって飛んできていた。
しかし、俺も馬鹿じゃない。先程受けたパンチで痛いほど学んだのだ。この攻撃の避け方を。
俺はすんでのところで拳をかわすと、振り返りざまにダーリンカッパに向けて剣を振り下ろす。
刃は見事奴の背中に傷をつけた。カウンター先制攻撃の成功だ。しかし、ここで気を抜いてはいけない。
こんなでも相手はエリアボス、どんな隠し球を持っているか分からないからな。
「こうなったら……尻子玉攻撃や!」
「その球じゃねぇよ!」
カッパらしいっちゃカッパらしいが、頼むからバトルにコメディ要素を持ち込まないでくれ。せっかく活躍できそうなのに……。
俺は心の中で涙を流しながら、次の攻撃をする体勢へと移った。
そう言えば、尻子玉ってなんのことなんだ?
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