第243話 俺はエリアボスを倒したい③

「……うっ」

 ハニーカッパは短い呻き声を漏らすと、振り上げていた剣を下ろした。切られる覚悟をしていた俺も、内心胸を撫で下ろす。

「うちは……ダーリンが好きや。やから……」

 彼女はそう言うと、潤んだ瞳で俺を見つめた。言わんとしていることは分かる。でも、ちゃんと自分の言葉で言ってもらいたかった。

「……ダーリンを……助けて」

 絞り出すようなその声に、俺は深く頷いて見せる。そして、はっきりと言った。

「どうせあいつは倒すんだ。ついでに助けてやる!」

 普通に助けるといえばいいものを、いちいち遠回しにカッコつけてしまう。男子高校生とはそういうものなのだ。

 ファンタジーな世界観なんだから、少しくらい雰囲気に流されてもいいよな?


 俺はリバーインプの方を振り返る。ダッキーはまだその頭にかぶりついていた。おかげで少しだが、抵抗の仕方に疲労が垣間見える。

 今がこれ以上にないチャンスだろう。俺はそれを逃さなかった。

火炎弾ファボ!続けて火炎弾ファボ!」

 杖の先から放たれる2つの火の玉。それがよろよろと不安定なリバーインプの両膝裏にぶつかって弾ける。


 ンガァァァァァァ!!!!


 不意の攻撃を受けたリバーインプは、膝カックンの要領で崩れるようにその場に膝をついた。そこに追い打ちをかけるように、天造さんがスキルを発動する。

「お友達を呼んであげる。果てし者の断罪コンディミニッション・オブザ・デッド

 黒い仮面をつけた天造さんが腕を前に突き出すと、どこからともなく現れた数体の死神がリバーインプ川の死神を取り囲んだ。

 そして、その体を鎌で切りつけていく。ひとつひとつの傷は大したことないが、何度も何度も、そしていくつもつけられていく様は、正直目を逸らしたくなる光景だった。

 だが、確実にダメージは積み重なっている。ついには力が抜けるようにその場に倒れた。その衝撃で、河原の石がいくつか飛び散った。

 その内の一つが俺に向かって飛んでくる。

「あ、あぶっ―――――――――――」


 ―――――――――――


 どこからか聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、俺の周りに青白いバリアが張られる。飛んできた石はそこにぶつかると、粉々になって風に流されていった。

「今の声、もしかして……」

「先輩、トドメを刺して」

「あ、ああ!」

 チャンスは今しかない。そう思った俺は、ダッキーにリバーインプから離れてもらってから、杖を構える……のではなく、後ろに立っていたハニーカッパの方を振り返った。そして。

「トドメはお前が刺すんだ」

 そう告げた。これは、彼女を傷付けようとしたリバーインプ……いや、ダーリンカッパへの贖罪しょくざい。そのために、彼女に剣を渡したままにしておいたのだから。

 ハニーカッパは一瞬戸惑ったようだったが、それでも俺の意図を理解してくれたのか、頷いてダーリンカッパに少しずつ近づいて行った。

 体を起こす力をも失ってしまったリバーインプは、その足音にピクリとも動かない。そんな彼に、ハニーカッパは語りかける。

「あんた、うちに告白した時、どない言うたか覚えてるか?」

 リバーインプは答えない。それでも言葉は止まらなかった。

「『世間は僕ら河童を忘れていくけど、僕は君を忘れない』。そう言ったんやで?」

 彼女は流れてくる涙とこぼれそうな鼻水を堪えながら、しっかりとした手つきで剣を振り上げる。もう、そこに躊躇う気持ちは見られなかった。

「結局忘れとるやないか!嘘つき!このハゲぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 叫び声とともに、勢いよく振り下ろされる剣。直後、鈍い音が河原に響いた。

 ハニーカッパは剣で切りつけるのではなく、刃ではない平たい部分でその巨体の頭を殴ったのだ。

「支度が遅いって文句言わんといて!」

 ボコッ!

「化粧が濃いって言わんといて!」

 ボコッ!

「くちばしが歪んでるって言わんといて!」

 ボコッ!


 可哀想になるほど、何度も何度も殴られるリバーインプ。ハニーカッパは彼への不満を口にしながら殴っているようだが、いくらなんでも普段から文句言いすぎだろ……。

 そして彼女は最後に「このハゲぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」と再度付け足して剣を振り下ろした。最後の鈍い音が鳴り止むが早いか、リバーインプはよろよろと今にも倒れそうな姿で立ち上がり……。


 ハゲ……じゃ、ない。これ……さ、ら……。


 そう弁解してから、力尽きたのだった。決まり手は、彼女からの鬱憤ばらし……なんて、ファンタジーらしくないが、とてもリアリティと意義のある勝利だったと記しておこう。



「あれ、ここは……?」

 ダーリンカッパが目を覚ました頃には、既にその体の大きさは元に戻っていた。

 倒れた直後に、力の欠片を吐き出したのと、そもそも半分しか欠片を飲み込んでいなかったおかげで、完全には変化していなかったのだろう。

 もちろんダッキーの分は口に手を突っ込んで無理矢理取り出し、リバーインプの吐き出したものと組み合わせておいた。

 なんだかベトベトしていたが……いや、忘れよう。

 少し手こずったが、これで四つ目の欠片をゲットしたことになる。とうとう折り返し地点まで来てしまったわけだ。

「ハニーの言葉、ちゃんと届いたよ。本当にごめん……」

「ええんよ、ダーリン。……おかえりなさい」

 感動の再会に抱き合う2人。それを見た天造さんが「私達もした方がいい……?」と腕を広げて近付いて来たが、丁重にお断りしておいた。

 別に俺達は感動の再会じゃねぇだろ。


「この恩は必ず返すよ!いつでも召喚してくれ!」

「あっ、でもうちらがイチャイチャしてる時はあかんで?」

「んなもんわかるかよ」

 そんな会話をしてカッパ達と別れた俺は、今は街に向かって歩いている。功労賞のダッキー(手のひらサイズに戻った)を頭の上に乗せて。

「碧斗はん、活躍する場面を譲って良かったんか?」

 こいつがそう聞いてくるのも、前回のアークドレイク戦で俺が活躍したいと嘆いたからだろう。だが、今回は俺が出る場面ではなかった。

「ああ、彼氏彼女の関係は、あんまり首を突っ込まない方がいいもんなんだ。俺達は少し手助けをするだけ。本質は自分たちで解決、その方が円満だろ?」

 まあ、不満爆発させてたし、本当に円満なのかどうかは分からないけどな。俺がそう付け足すと、隣を歩く天造さんがクスリと笑った。

「あの二人、従兄妹って設定だけど」

「…………へ?」

 最後の最後で、とんでもないことを聞いてしまった気がする。まあ、法律的にはOKなので問題は無いけど……なんだろう、すごく悩ましい気がした。



「続きはまた今度」

「ああ、テスト明けにでもやるか」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 そう言って俺はログアウトボタンを選択した。ちょうど半分ということで、キリよくここで終わりにしようと言うことになったのだ。

 ゲーム内時間で大体48時間、現実時間で2時間プレイしていたことになるから、感じていないだけで疲れは相当だろう。

 天造さんも、ゲームの中で寝るだけでは疲れはとれないと言っていたし、やっぱり睡眠って大事なんだな。

 そんなことを思いながら、ゲーム機を頭から外す。さすがに少し頭がズキンとした。

「……ん?」

 ふと、ベッド脇に寝ている人物に視線が向いた。

「早苗、そんなところで寝たら風邪引くぞ?」

 早苗は俺の様子でも眺めていたのだろうか。もしかすると、ゲームを終えるのを待っていたのかもしれない。それとも、またログアウトしないんじゃないかと心配して……。

「いや、多分そうじゃないな」

 すぅ……すぅ……と気持ちよさそうに寝息を立てる早苗の横には、彼女のゲーム機が置かれていた。今は電源を切ってあるが、触ってみると少し温かい。

 ちょっと前まで動いていた証拠だ。

「やっぱりあの声は……」

 俺は密かに微笑むと、彼女の頭をそっと撫でる。

「弱虫なくせに、暗躍なんて柄じゃないだろ」


 精一杯のお礼を込めて、そう呟いた。

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