第239話 俺はこの世界の新たなあらすじを聞きたい

 天造さんはしばらく何かをいじると、「翻訳完了」と呟いて、また俺に向き直った。どうやら文字化けしていた部分の解読が終わったらしい。

 俺が聞く姿勢を見せると、彼女は小さく頷いて、また淡々と話し始めた。



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 それからの世界は、一定の周期で魔王と勇者が現れるようになった。魔物たちは、ひとまとめになった世界で人間や動物を襲うようになり、それを冒険者たちが倒す。

 そうやって長い年月、魔物と人間の共存したある程度平穏な日々が続いていた。


 そんなある日のこと。完成した世界を統治していた精霊5人の内、2人の様子がおかしくなってしまう。

 突然、平穏だった世界の歯車を狂わせようとし始めたのだ。

 他の3人も慌てて止めようとするが、すっかり変わってしまった2人に手出しすることも出来ず……。


 やがて、その精霊達によって魔王が復活させられてしまった。世界は黒い雲に覆われ、魔物が人や街を襲い、破滅に追いやられていく……。

 そして、残った精霊3人は悲惨な世界の結末から目を背け、新たな世界作りをすべくどこかへ消えてしまったのだった。


 ―――――――――――――――――――――――


「バッドエンド、だよな……?」

 天造さんが話し終えたのを確認して、俺はそう呟いた。

「このストーリーは、勇者が現れなかった場合の未来の結末。つまり、関ヶ谷先輩が何もしなかった世界のお話」

 彼女の言葉に、俺は息を飲む。この世界の命運はお前にかかっている。そう言われた気がしたからだ。

「でも、勇者は動いた。おかしくなった精霊2人の目を覚まさせるために、魔王を倒そうと」

 天造さんはそう言いながら、俺の事を指さした。

「勇者が動いたことで、世界のお話は変わった」

 彼女は俺の前にストーリーの書かれたウィンドウを出現させると、それを一番下までスライドさせた。

 そこには先程読み上げられたものがそのまま書かれてある。

「この世界は、勇者によって救われようとしている。それを望んでいる」

 天造さんがそう言いながら右上にあった更新ボタンを押すと、書かれていた文章の大半が削除され、代わりに別の物語が刻まれていった。


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 しかし、勇者は生まれた。魔王を倒し、2人の精霊を救うために。

 彼は魔王を永遠に封印するため、その力の欠片を集め始める。


 1つ目はダークキングスライムから。

 2つ目はキングゴブリンから。

 3つ目はアークドレイクから。


 残るはあと5つ。欠片を使って魔王を復活させ、その体の中にある力の塊を破壊する。それがこの世界を救う唯一の方法。


 勇者よ、お前は世界を救えるのか!

 次回『水辺の死神に勇者死す!』をお楽しみに!


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「なんというか……最後の方、アニメの次回予告みたいになってなかったか?」

 てか、物語側から『勇者よ』って話しかけてきたし。それ以前に、勇者死んじゃってるし……。

「きっと気のせい。とりあえず、物語は勇者によっていい方向に進んでる」

「いや、次回勇者死ぬらしいから、いい方向とは言えないと思うんだが……」

 出来ればタイトル詐欺であって欲しいな。俺、まだ死にたくないから。

「蘇生薬は余ってるから安心」

「ストーリーもそうだが、言ってることがメタいな……」

「世界観より、ゲームの存続の方が大事。この子は私の子供だから」

 天造さんは『この子』と言いながら床を指差す。もちろん隠し子の話ではなく、このゲームの世界の話だ。

 お腹を痛めて産んではいなくとも、自分が作り出して愛情を注いできたことに変わりはないだろう。それはもう、自分の子供だと言ってもおかしくないくらいに。

「だから、勇者は私の子供のために働いて。年中無休の無償で」

「超ブラックだな!?」

 何も報酬が欲しくて手伝っている訳では無いが、せめて休みは貰いたいな。じゃないと、水辺の死神に関係なく死すから。

「仕方ない、勇者は慈善活動。報酬を求める勇者は売れない」

「あれ、ゲスい勇者が世界救って、王様に国の統治権寄越せって言っちゃうタイプの売れないラノベの話してる?」

「……何それ知らない」

 俺のツッコミに天造さんが少し引いている。安心してくれ、俺もそんなラノベ知らないから。


「先輩は報酬が欲しい……?」

「まあ、貰えるなら貰いたいな。ほら、ご褒美があれば頑張れる的なやつだ」

 自分でもまるで子供みたいだと思うが、やはり世界を救っても何もないというのは悲しいだろ?世界の半分とまで言わなくても、『頑張ったね』の一言くらいは欲しいよな。

「報酬、ご褒美……っ!?」

 天造さんはしばらくブツブツと一人で呟いた後、何かに気がついたように俺の顔を二度見し、そして自分の胸の前でバツを作った。

「そ、そういうご褒美はやってない……」

「俺は何を望んでると思われてんだ?」

「……後輩の未熟なカラダ?」

 彼女は首をかしげつつ、胸元のガードを固める。

 いや、このゲームの中じゃそういうこと出来ないようになってるって、前に笹倉から教えてもらったぞ。

 その設定を作った本人が警戒しちゃってるってどういうことだよ。

「そういうの望んでないから。俺が欲しいのは感謝の――――――――――――」

「正拳突き?」

「誰がニコニーじゃ、おら」

 俺は小指と人差し指だけを立てた右手で、彼女の額をグリグリと押してやる。ちょっと痛いらしく、やめた後も無表情なまましばらく頭を抑えていた。

「じゃあ、報酬うんまい棒一本でいい?」

「急に安上がりだな、別にそれでいいんだが」

 俺への感謝は適正価格10円らしい。まあ、変態だと思われたり、感謝の正拳突きされ続けるよりかはいくらかマシであるけど。

「じゃあ、これが前回の報酬」

 天造さんはそう言うと、自分のストレージからあの細長いお菓子を取り出して差し出した。まさかのゲーム内のうんまい棒だった……。

「あ、ありがたく頂く」

 それを受け取った俺は、早速パッケージを開いて中身を取り出した。

 この匂い、どうやらコーンポタージュ味らしい。なかなかの再現度だ。これは味の方も……。

「先輩、うんまい棒ゲーム知ってる?」

 うんまい棒を食べようとした瞬間、突然天造さんがそんなことを聞いてきた。ポ〇キーゲームなら分かるが、うんまい棒ゲームとはなんぞやろか。

「知らないな。ポ〇キーゲームとは違うのか?」

「違う、1箱150円だと仮定しても1本あたり4.41円のポ〇キーを使うなんて庶民の遊びに過ぎない。1本10円のうんまい棒ゲームは高貴な遊戯」

 ひと箱何本入りなのかは知らんが、値段的に30数本くらいだろうか。4円も10円も、俺としてはコンビニで買える菓子を使ってる時点で庶民の遊びな気がするんだけどな……。

「まあ、違いは理解した。でも、何をするゲームなんだ?」

 どうせカップルが両端から食べていって、折れたら負けみたいな頭のネジの外れたルールなんだろう……と正直思っている。

 棒状のお菓子の使い道なんて、橋渡しして上にものを乗せて耐久力テストするか、カップルに捕食されるかの二択だもんな。

 まあ、そんな頭のネジの外れたルールに支配されてもいいと思わせるのが、世にいう恋心ってやつなんだろうけど。

 俺もずっと笹倉としたいと思ってたし(小声)。


 しかし、そんな俺の予想を裏切るように、天造さんは予想もしないルールを説明した。

「喉に詰めて、何本まで入るか競うんですよ」

「デスゲームじゃねぇか」

 勝っても負けても死んじまうよ。てか、使うの1本だけじゃないんかい。

「高貴なおじ様たちが、その様子を見てどちらが勝つかを賭ける。そんな遊戯デスゲーム

「あ、高貴ってそっちか……」


 なんて言うか俺、天造さんという人間がわからなくなってきたかもしれない。彼女は一体どんな世界を見てきたのだろうか……。

「私はその遊戯で、このハーフダイブシステムの特許を勝ち取った」

「…………」

 いや、本当に……どんな世界で生きてきたんだよ……。

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