第238話 俺は白衣の少女に叱られたい

 翌朝、宿屋一階の受付前にて。


「……なんで蘇生しなかった、?」

「すっかり忘れていて……申し訳ございません……」

 多目的トイレでの謝罪とは逆に、今度はゲーム内で、俺が天造さんに土下座をしている。

 どうしてこんなことになっているのかを説明すると、ほんの数秒で説明が終わることではあるのだが……。

「中、暗かった……。棺桶にいてもしばらくすると目が覚めるから、暗闇に閉じ込められることになる……」

 率直に言うと、アークドレイク戦で棺桶に入った彼女を、俺が蘇生するのを忘れて一晩放置してしまったことが原因だ。

 天造さん、実は閉所恐怖症な上に暗いところが苦手らしく、蘇生薬を買って助け出した時の彼女は、見たことも無い表情をしていた。

 涙の跡が残っていたため、涙すら枯れ果てたその先の表情だと思うのだが……。

 今は平然としてくれているけど、とてつもなく申し訳ないことをしたという後悔の念が払拭できない。「なんでもするから」と言えば、「魔王を倒して」と言われるし……。


「そろそろ次のエリアボスを倒しに行く」

 天造さんはそう言って椅子から立ち上がると、土下座のままの俺の横を通って扉に向かう。だが、その少し手前で崩れるように座り込んでしまった。

「大丈夫か?」

「……問題ない」

 彼女は小さく頷いて立ち上がろうとするも、何度やっても脚に力が入らないようだった。

 おそらく、まだ閉じ込められた怖さから抜け出せていないのだろう。表情に出ないところが難点だが、膝が震えているので間違いない。

「……ゲームに閉じ込められた先輩達も、みんなあんな気持ちだったの……?」

 ついには一人で頭を抱え、床におでこを擦り付け初めてしまった。NPCとは言え、幼女体型の女の子に土下座させているんじゃ……と、周りの視線がチクチク痛い。

 俺はその場から逃げ出すように、大慌てで彼女を担いで部屋まで戻った。



「私はとんでもないことを……」

「だから、そのことはもういいんだって。天造さんが俺たちを閉じ込めたのは、こっちにも非があったわけだし」

 無表情のまま、メデューサに石にされたかのようにベッドの縁に腰掛けたまま、瞬きひとつせず俯き続ける彼女。

 俺はそんな小さな背中を優しく撫でてやりながら、励ましの言葉を送り続ける。

「結果的に出られたんだ、誰も怒ったりしてないぞ?」

「でも、関ヶ谷先輩以外は来てない。やっぱり怖くて嫌に……」

 しかし、どれだけ言葉をかけようと、憂鬱モードになった彼女は全てを否定してきた。自分が悪い、だからダメなんだ……って感じで。


 でも、前回のアップデート時にログアウトボタンが再配置されて、今はいつでもログアウトできるようになっている。

 恐怖を感じる必要はないと思うんだけどな。どうして2人は来てくれないのだろうか……。

 やっぱり、ピーマンが苦手な子供に『甘くしたから食べてみて』と言っても警戒されるのと同じなのだろうか。

 その物自体に拒絶感を持てば、いくら中身が変わったところで無意識に拒絶してしまう。人生じゃ意外とそういうの多いもんな……。

「2人が来ないのは、今日が無理なだけかもしれないだろ?それに―――――――――――――」

 もちろん、キュドラことアークドレイク(キュピィと鳴くドラゴンだからキュドラ)の時も大苦戦した。下手すれば……というか、ダッキーがいなかったら確実に負けていた。

 だから、こんなことを言うことがおかしいのは分かっている。でも、天造さんの世界を守りたい気持ちのある俺にとって、ここだけは言葉にせざるを得なかった。

「俺だけじゃ不満か?」

「……」

 天造さんは少し答えを躊躇ったようだったが、やがて首を横に振った。

「先輩が諦めないなら、十分……」

「なら、ご期待に添えそうだ」

 その返事の真意を汲み取ってくれたのか、彼女はほんの少しだけ口角を上げる。

「手に入れた欠片は3つ、残るは5つ。ちゃんと休憩と対策を取れば、無理な数じゃない」

 彼女の言葉に俺は同意の意志を込めて頷く。……が、ふとあることを思い出して首を傾げた。


「そう言えば、天造さんが作ったゲームなら、攻略法を知っているものじゃないのか?」

 自分が作ったゲームの攻略法を知らない製作者はそうそう居ないだろう。そう思って聞いたのだが、俺の予想に反して彼女は首を横に振った。

「私が作ったのは、あくまでこの世界の歴史ストーリーだけ。他はAI達に勝手に作らせた」

 だから残念ながら攻略法は知らない、と彼女は心做しか申し訳なさそうに俺を見上げる。そんな表情を変えてやりたいと、俺は彼女にこう質問した。

「この世界の歴史ストーリーって、一体どんなストーリーなんだ?」

「……気になる?」

 お、食いついた。疑問形で返しておきながらも、聞いて欲しいオーラをバンバン出してくる天造さん。意外と自己顕示欲が高いのかもしれない。

「ああ、気になる。それがヒントになるかもしれないしな」

「……なら話す」

 彼女は椅子に座り直すと、視線だけで『お前も座れ』と伝えてくる。それに従って俺も向かい合うように腰掛けると、天造さんはゆっくりと息を吸い込んで、それからこの世界の話を始めた。



 ―――――――――――――――――――――――


 現世に生きる誰もが存在し得なかった程の昔。果てしなく広く、そして何も無い空間に、そのとある瞬間をもって大地が生まれた。

 創造主は5人の精霊たち。別の世界からやってきた彼らは、この世界を使った賭けをしていた。

 その内容は『一番いい世界にした者がこの世界を手に入れる』というものだった。

 彼らは作り出した大地を5等分し、それぞれが長い年月をかけて、動物や植物、知的生物をそこに作り出した。

 ある精霊は人間を生み出し、そこに海や山を作った。とある精霊は獣人を生み出し、そこに川や森を……そしてまた別の精霊は、魔物を生み出した。


 途中まではどの世界も平穏だったが、ある日を境にして、魔物を生み出した世界だけは、精霊の予想していなかった事態が起こり始める。


 ――――――――それが、魔王の誕生だった。


 魔物の繁殖スピードは早く、住民が増えたことで負のエネルギーが溜まり、そしてそれが何らかの作用によって塊となったのだ。

 そこまではまだ良かったのだが、魔王は有り余った力の掃き溜めとして、魔物たちを少しずつ殺し始めた。

 このままではまずいと感じた魔物の精霊は、他の4人に事情を説明し、5人で話し合った結果、賭けをやめて世界をひとまとめにすることにした。

 例え賭けに勝ってこの世界を丸ごと手に入れても、魔王のいる世界ではいずれ手に負えなくなる。でも、世界同士の壁を取り払って、様々な要素が混ざりあってくれれば、世界は均衡作用によって平穏に戻ると考えたのだ。


 精霊たちの考えは見事に的中し、人間の中から勇者と呼ばれるものが現れた。彼が魔王を倒し、世界に平穏をもたらしてくれたのである。


 ―――――――――――――――――――――――


 天造さんはそこまで話すと、一度深いため息をついた。

「ここまでが本来のお話。ここから先は、悪性AIが書き足した部分」

 彼女はそう言うと、コホンと咳払いをしてから続きを語り始めた。


「譁�ュ怜喧縺�」

「文字化け!?」

「あっ。データ復元するの忘れて、そのまま読み上げてた……」


 少しお茶目な部分も見せてくる、白衣の天才少女であった。てか、文字化けしてるのにどうやって読んだんだ?


 ……あれ、そもそも何で俺も聞き取れてたんだろうな。ゲームって不思議なことがいっぱいだ。

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