第237話 俺はボス戦で活躍がしたい

 俺は俯きかけた視線を重力に抗わせた。

 視界の中心には、間も無く炎が吐き出されるであろうアークドレイクの大きな口がある。そんな脅威を前にして、ダッキーは変わらない口調で俺にはなしかけてきた。

「わいはな、こう見えてドレイクと友達やったんや。エリアボス同士の仲ってやつやな。実体化してる時はエリアから移動できひんけど、登場する時以外はデータとしてシステムを自由に行き来できるから、暇な時に会いに行ってたんや」

 いきなり世間話かと思ったが、なんの意味もない話をするはずがないと本能が告げる。

「それが変なAIのせいで『アーク』なんてついてもうて……あの日までのドレイクとは別人や。もうあの頃のあいつとちゃう」

 顔はこちらを向いていないが、声のトーンから泣いていることは分かった。モンスターにも友達とか思い出とか、現実に生きる人間と何ら変わらないものがあるんだな……。

「わいみたいに、倒されれば元に戻るかもしれん。碧斗はん、手伝ってくれへんか?」

 俺はその言葉を聞いて、頷くよりも先に質問を返した。

「何か策があるのか?」

 物理攻撃の効かない敵に有効な与ダメージ方法。それがあるからこその言葉だと思ったのだ。

「もちのろんや!エリアボスには苦手な攻撃ってのがある。わいはそれを本人から聞いたことがあるんや!」

 自分の弱点を晒すことの危険性が分かっていないのか、それとも本当にダッキーを信頼していたからこそなのか……。

 どちらにせよ、本当のドレイクはこんなことを望んではないない。彼はシステムに暴れさせられているだけなのだ。

「手伝うも何も、倒すという目的が一緒だろ。断る理由がどこにある」

「あ、碧斗はん……!」

 少しカッコつけてみると、ダッキーは感極まって飛びついてくる。俺よりも大きくなったその体が頬に触れた瞬間、ピリッと電気が走るような痛みを感じた。

 そう言えば、こいつは毒を吸収して大きくなってるんだっけ。体の9割9分が毒なのだから、触れたらダメージ受けるよな……。

「毒……って、ドレイクの弱点ってまさか……!」

 ダッキーの意図を察した俺がそう声をあげると、彼は無言で頷いて見せる。

「AIにおかしくされても本質が変わっていないんやったら、この攻撃は抜群なはずや!」


 ―――――――――――それは言わば隠し手のようなもの。普通なら見つかるはずのない、裏の攻略法。モンスター側だからこそ、知り得た極秘情報だった。


「ダッキー、いきまぁぁぁぁぁぁす!」

 彼はそう叫ぶと同時に高く飛び上がる。直後、地面に向けて炎が吐かれ、石造りの一帯に炎が広がった。

 俺は急いで天造さんの棺桶に駆け寄り、ギリギリのところでそれを盾にして被ダメージを回避。棺桶システム様様だな。


 グウォォォ!?


 棺桶の影から顔を出して見てみると、ダッキーが開かれたアークドレイクの口にすっぽりとハマっていた。

 まるでリンゴをくわえさせられた豚の丸焼きみたいな感じだ。そしてダッキーが踏ん張るように顔をしかめた途端、その体が縮むと同時にアークドレイクの体内に毒が注ぎ込まれていく。


 グウォォォォォォォォォォォ!?


 アークドレイクは何とかダッキーを振り払おうと首を右へ左へ振るが、スライムなだけあってその粘着性は底知れない。

 息苦しさと毒によるダメージで、アークドレイクは苦しそうにもがいていた。


 ――――――そう、ドレイクの最大の弱点は、自らの毒が効いてしまうことなのだ。


 あの毒は可燃性で、アークドレイク自身もそれを理解しているような攻撃を仕掛けようとしてきた。

 奴に知性があるのかは分からないが、燃えるかどうかの実験なんてしていないだろうから、おそらく本能的な何かで分かっていたのだと思う。

 つまり、奴の体には本能的に理解し得る構造があるのだ。

 それが絶対だとは言いきれなかったが、今まさに目の前でもがき苦しんでいるアークドレイクを見て、その仮説は確信に変わった。


 尾から出す可燃性の毒。

 口から吐く炎。


 この2つが奴の……アークドレイクの弱点を知るヒントだったに違いない。

 まだわからない人にわかりやすく説明するなら、アークドレイクは『自分の毒で死なないフグ』ではなく、『自分の牙で頭を刺されて死ぬバビルサ』だったってことだ。

 要するに、アークドレイクが尾から毒を出すのは、口から吐き出す炎と体内で交わって爆発しないようにするため。

 だから、本来尾にあるはずの毒がそれより上部分の体内に入ってくることを想定した作りにはなっていないのだ。


 グウォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!


 ダッキーが取り込んでいた毒を全て注ぎ終えたと同時に、アークドレイクは雄叫びを上げて倒れた。おそらく、毒耐性のない胃や肺など、体内が自らの猛毒でやられてしまったのだろう。

「よし、これでかいけ――――――――――――」

 小さいサイズに戻ったダッキーが俺の頭の上に落ちてくると同時に、ボッという音の合図でアークドレイクの体が爆発で跡形もなく消え去った。

「ふっ、汚ぇ花火だな……」

 炎の発生源と毒とが体内で巡り会ってしまったのだろう。外は固くても中は柔らかいって、どこの店のクリームコロッケだよ。

「確かに、世界で一番汚ぇドラゴンの倒し方だな」

「……せやな」

 棺桶以外何も無くなった円形のバトルフィールドを眺めながら、俺達は2人で他愛もなく笑っていた。


「あれ、そう言えば俺の活躍シーンは?手伝ってくれって頼んできただろ?」

 ダッキーを倒した時もそうだったが、結局俺は活躍してないんだよな。今回こそはと思っていたのに、手伝うことなく勝手に解決されちまったし……。

「あ……その……。お、応援も大事な手伝いやで?」

 この反応、おそらく俺の活躍シーンを作るのを忘れちゃったタイプだな。

 中学生の時、『俺、一番点数悪いわ〜』と20点の英語のテストを見せていた斎藤というやつが、自分より20点も下なやつを見つけてしまった時と同じ顔してるし。

「はぁ……。俺、一応勇者なんだけどな……」

 思い通りにいかないところも、この世界はリアリティ満載だってことがよくわかった。




 洞窟を出た俺は、比較的モンスターの弱いエリアである森の入口辺りの切り株に腰を下ろす。

 ちなみに蘇生方法がないので、天造さんの入った棺桶は紐をつけて引っ張ってきた。キャスターが付いてて助かったよ。

「よし、じゃあ早速……」

 俺は『魔王の力の欠片③』をストレージから使用してみる。これで俺はあの強いアークドレイクを召喚することが―――――――――――――。


 キュピィィィ♪


「…………」

 うん、知ってた。やっぱり手のひらサイズ。

「おお!ドレイク、わいやで!正気に戻ったんやな!」

 キュピキュピィ♪

 いつの間にか自らの特性を利用して、勝手に召喚されてやがるダッキーが、俺の頭の上からアークドレイクと楽しそうに会話をし始める。

 感動の再会……ってやつなんだろうか。

「せやな!お前も一緒に旅して、元の大きさに戻ろうな!」

 キュピィィィ♪

「って訳で碧斗はん、よろしくやで!」

「勝手に話を進めるなよ……」

 俺はダッキーを右手に、アークドレイクを左手に乗せて交互に見る。紫のちんちくりんと、紫のドラゴン。

 ……癒し担当、かな?と思ってしまうほど、戦い向きの大きさじゃないよな、2人とも。

「アークドレイクを倒したのに、全く大きくなってなくないか?」

 洞窟の表ボスを倒した時もそうだが、ダッキーの大きさに変化が見られない。これ、本当に元の大きさに戻ってくれるのか?

「まあ、そんなこともあるやろ。ドレイクと一緒やったら、また『ポイズンボム』っちゅー技が使えるから問題ないわ」

「ぽいずんぼむ?」

 俺がそう聞き返すと、同時に目の前にウィドウが出現した。


『ダークキングスライムとアークドレイクの合体技『ポイズンボム』を習得した!』


 どうやら先程アークドレイクを倒した時の技のことらしい。確かにあれなら色んな場面で使えそうだ。

「……俺の活躍の場は残しておけよ?」

「わかってるわ!トドメくらいは残しといたる、安心せい!」

 キュピィ♪

「……約束だからな?」


 こうして俺のパーティに、新たな可愛い仲間が加わった。名前はドレイクだから……レイク〇LSAとかでいいか?

 まあ、名前はおいおい考えるとして、4体目のエリアボスを倒すための準備をしないとな。

「ふわぁぁ……。でも、その前に宿屋で寝るか」

 ゲーム内時間では、気が付けば既に0時を回っている。ここまでが現実での1時間だなんて、未だに信じられないくらいだ。


 満天の星空を見上げながら、俺は1人と2匹で談笑しながら帰るのであった。

 何か忘れている気もするが、まあいいだろう。また明日考えるとしよう……おやすみ。

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