第236話 俺はエリアボスを倒したい②

 暗闇の中に踏み込むと、開いた時と違って音もなく扉が閉まった。振り返ると、そこはただの壁。帰り道は無くなったらしい。

「こういう場面じゃ、扉があっても開かないんだ。あるかないかの差なんて大したことないな」

 俺は自分を勇気づけるようにそう呟くと、少し先に歩き始めた天造さんの背中を追いかける。


 直後、部屋の中に明かりが灯った。ただ、訂正しておこう。ここは部屋と呼んでいい広さじゃなかった。

 天井や壁と同様に石で出来ているにも関わらず、整地されたように平らな地面。観客席のないコロッセオのような、明らかにボスがいるぞという雰囲気を醸し出したその場所に、鼻息の主はいた。

 体は寝かせているものの、長い首を持ち上げてその赤い瞳で俺たちを見つめている。

 1本が俺の身長の3分の2程ありそうな歯がいくつも並んだその口からは、ご馳走だと言わんばかりに生臭いヨダレが垂れていた。

「ど、ドラゴン……」

 見た目はアニメでよく見るタイプの普通のドラゴン。先程倒したのと同じ形状をしている。

 だが、大きさが違った。先程のはせいぜい俺の5倍程度の体長だったのに対し、今目の前にいる紫色のドラゴンは、家庭用のメジャーでは測れないほどの大きさだ。



 ――――エリアボス『アークドレイク』――――


 いわゆるドラゴンの一種。

 大昔、雲に覆われた大地のために、その翼で空を切り裂いて世界に陽の光を取り戻したことから、人々から太陽の使いだと崇められたという伝説がある。

 ただ、人々が生贄を捧げなかったことで暴走し、小国ながらもその国をたった一頭で壊滅に追いやったという逸話が残るほど気性が荒い。

 悪性AIの影響でその大きさ、攻撃力、体力、ほぼ全てのステータスが10倍以上に強化されており、そこらの冒険者には手に負えないレベルの強敵。

 通常イメージするドラゴン同様に口から炎を吐いて攻撃してくるが、『アークドレイク』は別に尾から毒を噴射して攻撃する。

 触れると即死も有り得る猛毒で、更に可燃性も高いので、引火すれば一帯が爆発に巻き込まれてしまう。毒を発する尾の破壊か、喉にある炎を吐く為の炎管えんかんを切断するのが得策。


 弱点属性は癒、水。『巫女』が最適正。


 ―――――――――――――――――――――――


 目の前のウィンドウを閉じて、俺は深いため息をつく。やはりダッキーダークキングスライムの時とは空気が違う。

 本来の強さも桁違いな上、予期せぬ強化が加わっているのだから当たり前だろう。

「天造さんはサポートを頼む。俺は部位破壊を優先的に狙うから」

 俺は彼女の方を振り向かずにそう言ったが、天造さんもまた、こちらを振り向かないまま頷いて見せた。

「よし、じゃあ行くぞ!」

 俺の合図と同時に、天造さんは『アルルカン』の白い仮面を取り出して顔に装備する。そして仮面の額部分に人差し指を触れさせた直後、俺の体の周りにバリアのようなものが張られた。

反射ミラルか。しばらく毒を反射してくれるってなら、動きやすい……!」

 俺はニヤリと口元を歪め、ストレージから素早く『勇者』の剣と、ドラゴンを倒した時にドリップした白い玉を取り出した。

 俺は玉を利き手に持つと、思いっきりアークドレイクの右方向に向かって投げる。


 グウォォォォォォ!


 正体のわからない飛来物に警戒したのか、敵の意識が白い玉に移ったのを確認した俺は、すぐさま剣を装備してアークドレイクに向かって走り出す。

斬撃スラッシュ!」

 巨大なだけあって、反応速度は通常より遅いらしい。その意識が俺へ戻るより早く、刃はそのゴツゴツとした皮膚を切り裂かんとしていた。……が。


 カキッ!


 金属同士が擦れ合うような音が響き、俺の振り切ったはずの剣は後方へと弾かれる。隙を突いて斬撃……否、その一振りは打撃にすらなっていなかった。


 ガルル……グウォォォォォォォォォォォ!


「ぐはっ……!」

 その防御力に驚いた矢先、いつの間にかこちらに向けられていた尾の先から、紫色の液体が飛び出してくる。アークドレイクの猛毒だ。

 天造さんの張ってくれたバリアのおかげで毒のダメージは反射したが、それでも噴射の威力は凄まじく、俺の体はいとも簡単に吹き飛ばされて背後の壁にぶつかった。


 反射ミラルが防いでくれるのは、あくまで攻撃判定のあるダメージだけ。つまり、ダメージを与えた相手が無機物である場合、そこに意思は無いため普通にダメージを受けるのだ。

 今の攻撃も、実際にダメージを与えてきたのは壁であるため、反射ミラルはシステムとして反応してくれなかった。

 今の一撃で、俺のHPは半分を切っている。もう一度叩きつけられたら、気が付くよりも先に棺桶の中だ。

 俺は急いで回復魔法を唱え、HPをMAXに戻す。ほぼ同時に天造さんも仮面の裏で何かを呟いた。直後、先程とは違うエフェクトが俺の周りに発生する。

「これは……加速アクセル?」

「防ぎ切れないなら避ければいい」

 彼女の表情は仮面に隠れて見えないが、その真意はしっかり汲み取れた。

「ああ、そうだな」

 そう呟くと同時に、天造さんのいるのとは逆の方向へ移動する。その瞬後、それまで俺の立っていた場所に、アークドレイクの尾が振り下ろされた。

 衝撃で地面が微かに揺れ、砂埃が上がる。

「これじゃ見えないな……突風ウィドウ!」

 視界を開けさせようと、風の魔法を唱えて舞う砂埃を吹き飛ばした。……が、またすぐに目の前が暗くなる。

 アークドレイクの毒だ。触れれば即死のそれが、波のように襲いかかってきていた。

 毒を受ける直前に天造さんが反射ミラルを重ね掛けしてくれたおかげで、なんとかノーダメージで済んだが、それでも俺を守るバリアにはヒビが入っていた。

 よく跳ねるボールでも、人の力の域を超えた強い圧力をかければ、跳ねずに割れてしまう。このバリアも反射可能な範囲を超えた負荷を受けたのだろう。

「天造さん!アークドレイクの弱体化を……あっ」

 振り返れば、俺を守るために2回連続で詠唱したせいで自分にまで手が回らなかったのか、彼女が入っているであろう棺桶がポツンと置かれていた。

 生き返らせたい気持ちは山々だが、生憎俺はまだ蘇生魔法を覚えていない。こうなれば、俺一人で戦うしかないようだ。


「……これ、勝てるのか?」

 そもそも、1人では不可能という話だったじゃないか。そんな言葉が俺の脳内を通り抜けていく。

 剣での攻撃が通用せず、魔法も強力なものはまだ使えない。おまけに敵は即死攻撃とバリアが意味を成さない強力な打撃を持っている。

 加速アクセルの効果が切れた今、もはや避けることも出来ないのだ。こんなことなら蘇生薬を買っておけばよかった、と今更ながらに後悔している。


 グウォォォォォォォォォォォ!


 アークドレイクが口を大きく開き、喉奥から混み上がってくる炎を垣間見せる。おそらく、炎を吐いて一帯にまかれている毒に引火させるつもりだろう。


 そうだ、これはゲーム。コンティニューの効くただのゲームなのだ。パーティが全滅すれば宿屋からやり直せるし、また準備を整えて挑みに来ればいいだけの話。

 俺はそんな敗北の考えに至ると、諦めて両手を広げた。爆発して終わり……ギャグ漫画なんかでよくあるパターンだよな。

 テンプレと言えばテンプレだが、一区切りにはちょうどいいのかもしれない―――――――――。


「諦めたらそこで試合終了やで!」

 久しぶりに聞くその声に意識がアバターに引き戻される。

「わいが助けたる!だからまだ諦めるんやない!」

 声の主……召喚されてもいないのに勝手に出てきたダッキーダークキングスライムは、そう言うと毒まみれの床を転がり始めた。

「お、おい!」

「安心せい、わいには毒は効かん!そもそもスライムっつーのは外のもんを取り込む生きもんやで?毒なんか取り込んだらしまいや!」

 ゴロゴロと転がり、まるでジュースをこぼした床をモップで拭くように、綺麗に毒を絡め取っていくダッキー。

 同時に、彼の体も少しずつ大きくなっていった。

「でも、またやり直せばいいだけだろ?これはゲームなんだからさ!」

 俺がそう口にすると、ダッキーは一度動きを止めて大きくなったその体全体を右へ左へ振る。

「やり直せば解決かもしれん。でもな、ゲームやからって舐めたらあかんで?」

 全ての毒を取り込んだことで何十倍にも膨らんだ体の、相変わらず鼻につく言葉遣いをする彼は、しっかりと俺の目を見ながら言った。

「ゲームでも、生き返った後のお前は死ぬ前のお前とは違うんや。今の自分を必死にやらんでどうすんねん」


 その真っ直ぐな言葉に、俺は少し前までの自分に殴られたような衝撃を受ける。まさか、こんなちんちくりんに大事なことを気付かされるなんてな……。

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