第235話 二面相女教師は反省文を書かせたい

「黒髪ちゃ……じゃなくて、関ヶ谷君のことだから、不純異性交友はないとは思うけど、一応反省文を書いてきてもらえる?」

 薫先生に連れられ、事情を説明すること約10分。彼女は俺の言い分を受け入れてくれたようで、憐れむような目で紙を1枚手渡してきた。

「してないことの反省文って何書けばいいんですか。てか、今素で間違えましたよね?」

 俺を『黒髪ちゃん』だなんて呼んでるところを他の人に見られたら、正体がバレなかったとしても変な噂が立ってしまうだろう。

 薫先生自身のイメージにも関わることだから、十二分に気をつけてもらいたい……。

「弘法も筆の誤りと言うでしょう?そういうことよ」

「どういうことですか、弘法は人の名前を間違えないと思うんですけど……」

「例えよ例え。そう言えば、弘法が筆を誤ったのは『応天門』の額を書いた時らしいわね。心という字の最後の一画を書き忘れたけれど、飾られる直前に筆を投げて書き足したことで事なきを得たそうよ」

「は、はぁ……」

 何だか知識をひけらかされたような気もしなくはないが、知っていて損することはなさそうな雑学だ。まあ、柿〇種のパッケージの裏側に同じことが書いてあるのを見た事あるんだけど……。


「とりあえず、1行でも2行でもいいから書いてきてもらえる?そうじゃないと、高校生活女子校で男子と話すことのなかった私の苛立ちが収まらないから」

「結局薫先生の嫉妬じゃないですか……」

 いや、まあその程度で見逃してくれるなら、喜んで書くけどさ。適当に『事故で2人で入ることになってしまって申し訳ありません』って書いておくか。後ろに『(笑)』って付けたくなるくらい心にも無い言葉だけど。

「私だって年頃の女なのよ。イチャイチャしてるのを見せつけられたら、イライラもするわよ」

「いや、正論みたいに言われても頷きませんからね?教師なんですから、生徒に嫉妬とかやめてくださいよ」

 俺が呆れたようにそう言うと、薫先生は机の引き出しから別の紙を取り出して俺の前にチラつかせる。どうやら報告書のようなものらしい。

「なら、不純異性交友で報告してもいいのかしら」

「だから何もしてないんですって!信じてくださいよ……」

 自分がしたことならまだしも、冤罪で罰を受けることほど馬鹿らしいことは無い。それがこのような男女絡みなら尚更だ。

「なら、関ヶ谷君は男女が多目的トイレから出てきたのを見かけたら、『やる事やってんな』って思わないのね?」

「そ、そりゃ思いますけど……」

「それと同じよ!」

 ビシっ!と彼女の人差し指が俺の脳天に向けられる。いや、そんな逆〇裁判で意義を唱える時みたいな表情されても困るんだが……。

「関ヶ谷君はきっと、多目的トイレに女の子を呼び出して、1万円で密会してたのよ!」

「誰が佐々〇希の旦那じゃ!」

「いてっ」

 あまりの言い様に、俺は思わずデコピンを叩き込んでしまった。教師に重かれ軽かれ暴力を振るったとなれば、無事では済まない……と思ったが、何だかされた本人は嬉しそうだから良しとしよう。

 男嫌いにMっ気アリとか、どこのラノベヒロインだって話だよな。

「と、とりあえず……ちゃんと明日持ってくるのよ?」

 薫先生はだらしなく緩んだ頬をキュッと引き締め、厳しい先生フェイスでそう言った。さすがは毎日演じてるだけあって切り替えも早い。

「わかりました」

 俺も真面目にそう返し、職員室を後にする。扉が閉まる前に薫先生が、「どこかに男の娘落ちてないかしら……」と呟いたのが聞こえたが、興味もないので何も聞こえなかったことにしておいた。

 他人の性癖はブラックボックス。触れないのが一番の得策だよな。



 その後、帰宅した俺は天造さんと時間を合わせ、ハーフダイブゲームへとログインした。目的はもちろんこの世界を本当の意味で救うため。

 勇者としての使命が、天造さんの想定外の形で本格的に動きだしたわけだ。

「少し遅れたな、待ったか?」

「待ってない、今来たところ」

 普通は性別的に逆なんじゃないだろうかと思う会話をしてから、俺たちは宿屋を出る。そういえば、前回のログアウトはゲーム機の取り外しという強引な方法だったから、草原の真ん中にアバターを放置しちゃったんだよな。

 笹倉か早苗が運んでくれたのだろうか。あのまま放置されていたら、モンスターの腹の中だったろうし、2人には感謝しておかないとな。


「あとの二人は……?」

 街の中央広場を抜けたところで、天造さんがそう聞いてくる。

「笹倉と早苗のことだよな。2人にも一応声はかけたんだが、前回のことがあるせいで、あんまり乗り気じゃなかった」

 無理矢理連れていくのも違う気がしたし、気が向いたら来てくれとだけ言っておいた。そう伝えると、天造さんは少し不安そうな表情を見せる。

「魔王を倒すには、魔王の力の欠片を全て集める必要がある。だから、欠片を持ったエリアボスをあと6体倒さないといけない」

 現在、笹倉が倒したエリアボスと3人で倒したダークキングスライムの二体分の欠片は手に入れてある。

 だが、まだ6体も残っている上に、悪質AIのせいでそいつらのレベルも格段に上がっているのだ。序盤のエリアボスであるダークキングスライムですらあの強さだったというのだから、2人だけで攻略するのは不可能に近いかもしれないんだよな……。

「この戦いは4人でも厳しいと思う。2人なら言わずもがな……」

 天造さんは小さくため息をつく。そりゃそうだ、自分の作った世界が壊されるのを、指をくわえて見ていることしか出来ないなんて情けなさすぎるもんな。


 だからこそ、彼女は俺を頼った。自分がどれだけ天才でも、こればかりは一人で解決できないことを理解しているから。

「無事に俺たちがクリア出来る確率はどれくらいあるんだ?」

「無事にクリア出来る確率は……0%。これは絶対に揺るがない数字」

 天造さんはそこまで言うと、「でも」と言葉を付け足した。

「でも、傷だらけのボロボロで、死ぬ気でやれば……2人なら0.01%くらいはある」

 彼女の瞳の内側に流れる大量の演算式を見て、俺は口角を上げる。彼女が自分のアカウントに組み込んだ能力だろう。それならきっと

「なら、死んでも続ける。ゲームだし」

「その場合、私達のクリア率は0.1%に上昇する。ガチャで課金して欲しいキャラを当てるより簡単」

「なら、楽勝だな!」

 俺がそう言ってニッと笑うと、天造さんもほんの少しだけ頬を緩めたのがわかった。ハーフダイブでも、現実と同じ価値のある笑顔だ。

 この世界を救った時、彼女はきっと今と同じかそれ以上の表情を見せてくれるだろう。ちょっとだけ、それが楽しみに思えた。



「ここが3体目のエリアボスがいる場所」

 天造さんが足を止めたのは、入り組んだ洞窟の奥。そこにあった隠し扉を抜けたそのまた奥だった。

 本来の洞窟ボスは、天造さんの補助スキルもあって軽々と倒すことが出来た。しかし、あれを倒したのはあくまで、エリアボスを出現させる条件に過ぎない。

 この先にいるエリアボスは、言わば洞窟の裏ボスのようなものなのだ。他のモンスターとは比べ物にならないほど、能力値の底上げがされているだろう。


 俺と天造さんはアイコンタクトで合図を送り合うと、同時に目の前の扉に手を当てた。


『入室条件を満たしていることを確認しました』


 脳内にそのアナウンスが響いた直後、地響きと共に扉がゆっくりと開かれる。その先に広がるのは、地面が存在しているのかも確認できないほど、闇しかない空間。

 ただ、その奥から巨大な何かの鼻息のようなものだけが聞こえてきていた。

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