天造ゲームズ 編その3
第234話 俺は白衣の少女に謝られたい
「あの節は誠に申し訳ありませんでした……」
気がつくと、目の前で女の子が土下座していた。
もちろん彼女は、初対面の土下座大好きドMっ子などではなく、俺もそこはかとなく知っている人物。
白衣の天才少女と言えば伝わるだろうか。……そう、お察しの通り天造さんだ。
なぜこのような状況になっているのかを説明すると、時刻は遡ること昨晩9時頃になる―――――――――――。
ピコン♪ピコン♪
どこからか2つの通知音が聞こえ、俺はその音を発した物を手に取ってみた。
「ここから聞こえたよな……」
音を発したのはおそらく天造さんの作ったこのハーフダイブのゲーム機だろう。早苗のものもなったようなので、メッセージの一斉送信とかだと思う。
「誰からだ?」
早苗でもないとしたら、残るは笹倉くらいしか考えられないが、彼女なら普通にスマホのRINEを使えばいいだろうし、わざわざゲーム内のRINEを使う理由は無い。
それに、笹倉は以前ゲームに閉じ込められた時から、『二度とこのゲームはプレイしたくないわ』と言っていた。そんな彼女がゲームメッセージを送ってくるはずがないのだ。
俺はそう確信し、ゲーム機を被った。例えゲームに入らなくても、本人認証が出来ればメッセージのやりとりだけは可能になっている。
誰からのメッセージなのか、寝る前に確認しておくべきだろう。俺としても気になるし。
『関ヶ谷 碧斗サマ、おかえりなさいませ』
脳内に響く機械音声がそう言うと同時に、視界に映る女性が丁寧にお辞儀をした。前はこんな人いなかったはずなんだがな……。
『1分前、アップデートが完了しました。一部情報の修正、案内役の追加等、いくつかの変更がされております』
なるほど、この女性は案内役というやつなのか。スマホで言うなら、Heyと呼びかけたら反応してくれる『K2』みたいなものだろう。
ちなみに俺のスマホでは反応してくれたことは無い。ボタンを押さないと出てきてくれないんだよな……。
『ご挨拶が遅れました。私、アップデートで追加された案内役の
役内さんは再びお辞儀をする。名前、案内役って役職から導いたんだろうな……。
「こちらこそよろしく。早速悪いが、さっき届いたメッセージを見せてもらえるか?」
『かしこまりました。……先程届いたメッセージが1件見つかりました』
役内さんの言葉が終わると同時に、目の前に文字が表示される。その内容は以下の通りだ。
『明日の放課後、1階の中央階段横に来てください。伝えたいことがあります。』
文面だけ見ると、告白前の呼び出しのようにも感じるが、差出人を確認すると天造さんだったことで大体察しがついた。
おそらくゲームのことだろう。俺たちが強硬手段で脱出したから、怒っているのかもしれない。それで今度はもっと厳重なゲームの世界に閉じ込めようと……。
その考えに至った瞬間、俺は背筋がゾクッとするのを感じた。このメッセージの通り、明日の放課後、彼女に会いに行っていいのだろうか。
もしかすると、そのままファンタジーの世界に連れていかれるかもしれないな……。
「申し訳ありませんでした……」
そして現在に至るわけである。いや、最悪の事態にならなかったことは嬉しいのだが、女の子に土下座させるのもなかなかに苦痛というか……。
「私、どうかしてた。ゲームに閉じ込めるなんて、開発者として最悪の行動……」
「いや、プレイしなかった俺達も悪いし、土下座させるのは申し訳ないから……」
立ち上がらせようとする俺の手を、彼女は振り払う。
「もうプレイしてもらう資格なんてない。本当にごめんなさい……」
「うん、謝ってくれてありがとう。だから土下座はやめてくれるかな?」
「私なんて顔を上げる資格すら――――――――」
「とりあえず顔上げて!?ここ、トイレだから!」
なかなか土下座をやめない天造さんに、思わず声が大きくなる。実は俺たちがいるのは、学校の一階にある多目的トイレの中なのだ。
俺が連れ込んだわけじゃないぞ?俺が約束の場所に到着するなり、天造さんに無理矢理引きずり込まれたのだ。
気分はホラー映画のワンシーン。扉の向こうに消えていく主人公の親友だった。
「大丈夫、ここなら他の人に声は聞こえない……」
「そういう問題じゃねぇよ!多目的トイレに男女は、すれ違いコントの片割れになっちゃうから!」
俺がそう言うと、彼女は「ああ……」と少し引いた目で俺を見てくる。いや、そんな目で見られても困る。連れ込んだのはお前だろ。
「てか、なんでゲームの話する時はいつもトイレなんだよ」
「落ち着くから……?」
「俺と一緒なのに落ち着くなよ、むしろ緊張してくれ」
まるで俺が男らしくないみたいだろうが。
「……で。謝るためだけに呼び出した訳じゃないんだろ?」
「……」
天造さんは『バレてたか』と言いたげな視線を俺に向けると、控えめに頷いた。
謝るだけなら態々呼び出す必要は無い。メッセージでもいいし、直接がいいなら教室で謝ればいいだけの話だ。
でも、彼女はわざわざ俺をこの場所に呼び出した。それはおそらく、2人だけで話したいことがあるからだろう。俺はそう睨んでいる。
「あのゲームが5つのAIの総合管理下にあることは……」
「ああ、初めの方に聞いたな。全く違うAI5つが共同で管理して、自動的にゲームの世界を作ってるんだったよな」
俺の返しに天造さんは頷く。
「昨日、その内の2つに異常が発生した。そのせいでストーリーに影響が出て、難易度がおかしくなってる」
「異常……バグってことか?」
「違う。例えAIが壊れても、一つでも残っていればバグの処理をしてくれるように作った。でも、この異常はそうじゃない」
彼女は首を横に振りながら立ち上がると、小さくため息をついてからまた口を開く。
「外部から侵入した何者かが、AIを丸ごと取り替えた。2つとも同じAIだから、その効力は2倍……他のAIでは元に戻すのは不可能」
要するに、勝手にゲームを悪い方へ操作されたって訳だ。しかも、敵は相当な技術者らしい。天造さんを凌ぐほどのAIを作ってしまうのだから。
「何とかしてそのAIを取り外せないのか?」
「外側からでは不可能。内側で条件を満たすしかない」
「条件?」
俺は反射的に聞き返していた。閉じ込められ、懲り懲りだと思っていたゲームの話題に、気がつけばのめり込んでしまっていたのだ。
「『ラスボスを倒す』、それが解除の条件」
ラスボス、つまりは魔王ということだろう。しかも悪性のAIに書き換えられた、難易度狂いのバグレベル魔王。
それを倒すことがあの世界を……天造さんの世界を救う唯一の方法になる訳だ。
「ゲーム自体を削除して作り直すことは出来ないのか?」
「出来るわけない。あれは私のAIが作った唯一無二の世界。消されれば、二度と同じ世界も、同じ大地も、同じキャラクターも生み出されない」
天造さんの淡々と……それでも熱のこもった言葉で俺は思い出す。
あっちの世界で獣人の家族と出会ったこと……そして、ラムといつか一緒にモンスターを狩りに行くと約束していたことを。
「だよな。一応聞いてみただけだ」
俺はそう言うと、天造さんの肩に手を置く。
「私、ゲームを作るのは出来る。でも、プレイするのは苦手だから……」
控えめに、それでもしっかりと意志を届けようとするその瞳に、俺は強く頷いてみせる。
「安心しろ、俺が救ってやる」
こうして俺は、魔王を倒す旅を再開する決意をしたのであった。
「……あ、貴方達、何してるのかしら?」
「「あっ」」
とりあえず、何故俺たちが2人で多目的トイレにいるのか、目撃者である薫先生を納得させるのが先みたいだけど。
てか、ちゃんと鍵閉めとけよな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます