第233話 俺は幼馴染ちゃんの過去を語りたい
「小森さんと初めて話した日から、友達がいなさそうだって思ってたわ。だって、意地悪しても怯えてるだけなんだもの」
笹倉の言葉に、俺も思わず頷いた。
「早苗が臆病になったのには、深い理由があるんだよな……」
幼稚園、小学校、中学……この辺りの早苗は今とは比べ物にならないほど内気だった。元々の性格も大きかったが、やはり物心ついてからは小学生の時に受けたいじめが原因だと思う。
いじめの理由は『父親が浮気した』からだった。
早苗に父親が居ないのは、小学生の時に咲子さんが離婚して、彼女を1人で育ててきたからなのだ。
小学生というのは単純で、『親が悪いことをした=その子供も悪者』だと思っている。もちろんこれは小学生に限らず、どんな年齢層にもそのような馬鹿はいるのだが――――――――――――――。
『助けられなくてごめん……』
彼女に謝った日のことは、未だにはっきりと覚えている。早苗は悪くないとわかっていながらも、俺はいじめを止められなかった。
幼いなりの恐怖心に支配されて、何も言えずに隠れていただけの馬鹿なのだ、俺も。
『だいじょうぶ、あおくんがいてくれるもん』
そう言った時の彼女の顔は、きっと死ぬまで忘れられないと思う。あの歪んだ道化師のような笑顔を……。
『なんで早苗をいないモノ扱いすんだよ!』
俺がようやく声を上げられたのは、5年生になってからだった。手を上げられることはなくなったものの、暗黙の了解のように続いていた無視。
それまで影で励ましてやることしか出来なかった俺が、初めて表立って反抗した瞬間だった。
だが、意外にも俺の他に現状をおかしいと思っていた者は多く、クラスのほとんどが無視をやめようと頷いてくれたのだ。だが、それに納得しなかった奴が1人だけいた。
それが、早苗の父親が浮気していたことを言いふらした張本人の男子だった。
彼は力が強く、いつも人のものを盗ったり壊したりする、まさにリアルジャ〇アンみたいなやつで、皆おかしいと思いながらも、いじめに従っていたらしい。
そして次の日から、いじめの対象は俺になった。
もちろん、昨日まで話してた友達に無視されるようになったのは辛かったが、皆嫌々やっていることは分かっていたし、早苗が無視されなくなっただけでも俺は嬉しかった。
でも、早苗は誰かに話しかけられるようになってもずっと俯いたまま、悲しそうな顔をしていたのだ。
そんなある日のこと。
『あ、あおくんを……い、いじめるなっ!』
リアルジャ〇アンが俺の定規をわざと折ったあの日、ついに早苗が彼に手を上げてしまった。自分のためではなく、俺を助けるために。
そしてあの時の彼女は運悪く、相手の顔を引っ掻いてしまったのだ。傷は深く、医者は一生傷になるだろうと診断。
そのせいで、相手の保護者や教師からも色々と言われ、傷の痛々しさゆえに『刃物で切りつけた』などという噂が独り歩きした結果、早苗は学校で本当に孤立することになってしまったのだった。
「中学は私立だったし、俺も早苗もいじめられることはなくなった。でも、早苗は人と接することに恐怖を感じるようになっちゃってな……」
あまり思い出したくないのか、この話の最中早苗はずっと耳を塞いでいた。やっぱりあの頃のトラウマはまだ癒えていないんだな。
「碧斗くんを助けようとして相手を傷つけてしまった。だから小森さんは反抗することに怯えていたのね」
笹倉の言葉に俺は深く頷く。そして「でも……」と言葉を続けた。
「でも、早苗は笹倉と出会ってから変わった。自分の意見を言えるようになったし、俺以外の友達も作るようになった」
俺は笹倉へ体を向けると、感謝を込めて頭を下げる。
「笹倉、ありがとう」
「私は何もしてないわよ。意地悪していたら、勝手に耐性を付けただけの話でしょう?」
「そうかもしれないが、笹倉がいなかったら早苗の高校生活は悪い意味で全く違ってたと思うんだ」
内気な頃の早苗では想像もできないほど大胆な行動を、彼女は今年のうちにいくつも成し遂げている。それはきっと、笹倉がいてくれたおかげだ。
だから、このお礼の言葉は幼馴染の俺としても、絶対に受け取ってもらいたいものなのだ。
そんな俺の誠意が届いてくれたのか、笹倉は「……感謝されて悪い気はしないわね」と呟くと、はにかんだように笑った。
「まあ、私だって碧斗くんや小森さんに出会ってから、色々と変わったところはあるもの」
「変わったところ?」
俺のオウム返しに彼女は、その笑顔をほんの少し意地悪に変えて頷く。
「大好きな人を想う気持ちと、その人を自分のものにしたいと思う気持ち。これを知ったことよ」
じっと俺の目を見つめ、『お前に言っているんだぞ?』と視線で伝えてくる笹倉。その熱い眼差しに俺は思わず目を逸らしてしまった。
「私の方が長くあおくんのこと想ってるけどねっ!」
いつの間にか耳から手を離していた早苗がドヤ顔で割り込んでくる。こいつ、張り合えるところは惜しみなく張り合いに来るよな。
「前にも言った気がするけれど、好きに時間は関係ないのよ?好きは質なんだから」
量より質、高級フレンチ的な発想だな。いや、行ったことないけど。
「質も勝ってるもん!私の好きはこれくらいだもん!」
早苗はそう言いながら、両手を広げて好きの大きさを表す。お前はお母さんに好きを伝える幼稚園児か。いや、嬉しいことだけども。
「そこまで好きの質が高かった割には、碧斗くんに告白できなかったのは何故かしら?」
笹倉は『はい、論破』とでも言いたげな目で早苗を見下ろす。早苗も早苗で何とか言い返そうとするが、噛みすぎた白菜が喉を通ってくれない時のような表情で、ただ笹倉を見つめているだけだった。
「そう言えば早苗、お前中学の時に告白されたことあったよな?」
ふと思い出して聞いてみると、彼女は無言で頷く。何故それを今聞くのか、不思議がっているらしい。
「あの時、なんて言って断ったんだ?」
一度聞いたことがあるのだが、記憶の引き出しがなかなか開いてくれなかった。
「えっと……『私、好きな人がいるの。それに、私と付き合ったらあなたが悪く思われるから……ごめんね』だったかな」
あー、そうだそうだ。あの頃の早苗はいわゆる『病み期』というやつで、ネガティブ早苗にフォルムチェンジしてた時期なんだよな。
「こ、断り方が重いわね……」
「相手のことを考えられるいい子ではあったんだけどな」
まあ、笹倉も俺と偽恋人になる前は告白してくる男子を何人も振っていたらしいが、おそらく早苗のような断り方はしていないだろうな。
彼女なら「……無理」の一言で片付けてしまいそうだし。
「ところで……」
話に区切りがついたあたりで、それまで黙っていた獄道さんが再び口を開く。そう言えば居たんだっけ。小さいから忘れちゃうんだよな。
「秘密を話したので、小森様は2人だけの秘密を無くされた……ということでよろしいんですわね?」
「……」
「……」
「……」
彼女の言葉に、他の3人は互いに見つめ合う。2人だけの秘密というのは、たとえ恋人関係になくても重大な意味を持つ。
つまり、それをなくしたということは……。
「ちなみに、私は持っていますわよ?出来たてほやほやのヒ・ミ・ツ♪」
あえて意味深な言い方をしてみせる獄道さん。彼女がそこに込めた意図にまんまと踊らされた笹倉と早苗は、条件反射で俺の方を振り向いた。
「私は秘密を持っているけれど……やっぱり転校2日目の獄道さんに秘密があるのはずるいわ!碧斗くん、新しい秘密を作りましょう!」
「私はいつでも秘密を作る準備できてるよ?今夜、ベッドで……ね?」
両側から迫ってくる甘いお誘い。こんなのを毎日受けていたら、糖尿病になっちゃうかもしれないな。そう思えるほど、2人の声色も、匂いも、その全てが甘々だ。
一般的な男子の意見としては、とても喜ばしいシチュエーションではある。だが、やはり関ヶ谷 碧斗としてこの場で言えることはたったひとつだった。
「新しい秘密もチャイルドも作らないかんな!」
一瞬、怒った橋本〇奈が脳裏を過ったことは俺だけの秘密だ。俺が実は梅宮〇ンナ派だということも、秘密にしておいてくれよ?
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