第231話 俺は(偽)彼女さんに疑われたい
獄道さんのお胸騒動、ノートの購入、そから神代さんの登場。色々という程ではないが、主に一番目の出来事のせいで俺はすっかり忘れてしまっていた。
「あ・お・と・くぅん?」
この学校案内が、ずっと2人の人物によって尾行されていたことを。
「だーれだぁ……」
耳元で聞こえた殺気を含む猫なで声……もはやライオンなで声と言った方がいいかもしれないが、耳の縁を撫でるように吹きかけられた息に、俺は思わず体をビクッと反応させた。
「さ、笹倉……だろ?」
「せいかーい……ふふふっ」
声は完全に笹倉だ。そして振り返って確認しても、やはり背後に立っていたのは笹倉だった。
……だが、その雰囲気は俺の知っている彼女ではない。声は甘く、その奥に隠された刃を隠す意思が汲み取れるが、瞳から放たれるソレは微塵もオブラートを纏っていなかった。
こりゃ、おくすり〇めたねを使っていない時の風邪薬くらい包まれてないぞ。
「随分と仲良さそうだったわね、転入生と」
「あおくん、私より先に転入生に手を出すなんて……」
笑っているけど笑っていない笹倉がぐいっと詰め寄り、早苗はその場でガクリと肩を落とした。目も少し潤んでいる。
「いや、そんなことは……って手は出してねぇよ!?未遂だ、未遂!」
「未遂ということはチャレンジはしたと……」
「それは言葉のあやだ!チャレンジすらしてない……ってかメモとるな!」
俺は笹倉からメモ帳を奪い取り、首を横に振る。そう、俺はあくまで被害者だ。揉まされそうになったのを、なんとか逃げ切ったのだから。
「じゃあ、転入生から揉んでほしいとお願いされたと言うのね?」
「その通りだ!」
俺は心の中で『冤罪』と書かれたプラカードを掲げながら大きく頷く。だが、笹倉の表情は相変わらずだった。
「碧斗くん、いくらなんでもそれは信じられないわよ。政治家の『消費税ゼロにする宣言』くらい信じられないわ」
「俺の信用薄くない!?」
俺は落選政治家と同レベってことかよ。信用回復不可能じゃねぇか。
「小森さんならまだ許せるわ、碧斗くんの幼馴染だもの……でも……」
笹倉はぐっと拳を握りしめると、かなり近かった距離をさらに詰めるように一歩踏み出す。俺はそのただならない雰囲気に押され、意思に関係なく後ずさりしていた。
「転入生とイチャイチャするのは許せないわ。彼女でも幼馴染でもない、ただの転入生に……!」
彼女の声に、だんだんと熱がこもってくる。彼女がスーパー〇イヤ人だったら、既に髪が金色になっていただろう。
「だ、だから誤解だって……」
こうなった時の笹倉には何を言っても届かない。恐らく数発殴られてからでないと、本当のことを言っても聞き入れて貰えないだろう。
「碧斗くんが他の人に取られるくらいなら、私がケージに入れて飼ってあげる。ふふふ……」
笹倉はそう言うと、ポケット取り出した鍵を人差し指に引っ掛けてクルクルと回す。それ、多分サンドラの猫用ケージの鍵だろ!絶対入らねぇよ……。
「見てください!笹倉さんが過度な嫉妬によって、バイオレンス笹倉にフォルムチェンジしています!」
早苗はと言うと、少し離れたところからリポーター気取りの解説をしていた。せめて落ち込むか助けるかにしてくれよ。
「碧斗くん、碧斗くん……」
まるでゾンビのように右へ左へ体を揺らしながら、後ずさりする俺を追いかけてくる笹倉。ついには俺をフェンス際まで追い詰め、胸をグイグイと押し付けてくる。
「私のを揉んで満足して……」
笹倉が光の無い目で俺を見上げた瞬間だった。
「関ヶ谷様ぁ!」
俺の名前を呼びながらどこからともなく現れた獄道さんが、俺と笹倉との間へ飛び込んできたのだ。
「ど、どうした?」
俺の質問に、獄道さんは少し落ち込んだ様子を見せる。
「揉んでくださる方を探しましたが、見つからなかったんですの……」
「まあ、そりゃそうだよな」
「皆さん、私がお願いした途端『用事を思い出した!』と帰ってしまわれて……」
ああ、これは転入初日から変なやつだと思われたパターンだな。いや、実際変人だから問題ないのだが、揉み相手どころか友達すら作れないかもしれないのは大問題だ。
「私は一体どうすれば…………はっ!」
獄道さんは少し俯き気味になったが、笹倉の存在が視界に入ると、何かを思いついたように背筋を伸ばす。
「笹倉様はなかなかいいものをお持ちですわね!」
獄道さんからすると、笹倉の胸は顔と同じくらいの高さにある。その大きなお山を観察するかのように、彼女は色々な角度から眺め始めた。
「そ、そうかしら……」
その奇怪な行動に、先程まで様子がおかしかった笹倉も正気に戻る。そしてマジマジと見られていることに羞恥を覚えたらしく、頬を赤く染めていた。
「これが大きな胸……信じられませんわね……」
ツンツンと膨らみをつつく獄道さんと、それに合わせて艶かしい吐息を漏らす笹倉。見てはいけないとわかっていても、つい凝視してしまうのが男の性。
女子同士の百合百合しい絡み合いは、目の保養になるから貴重なのだ。
「笹倉様!私の胸も揉んで大きくしてくださいまし!」
「えぇっ!?」
なるほど、そう来たか。獄道さんはおそらく、大きな胸の笹倉であれば、胸の大きくなる
「早くしてくださいまし!」
「わ、わかったわよ……」
笹倉は促されるままに獄道さんの胸に手を伸ばす。その長い指の先がブレザーに触れると同時に、2人が熱い吐息を漏らした。
だが、俺はその後の光景を確認することが出来なかった。
「……あれ、鼻血が…………」
鼻血が出てきたのを確認すると同時に、体から力が抜けてその場で倒れてしまったから。
「あおくん!あおく……あお……」
早苗の心配する声が、最後の意識にしっかりと響いていた。
「……ん、ここは?」
「はい、コーヒー」
「ありがと……ってココアじゃないんかい!……うっ」
どこかで見た気がしなくもないボケをする笹倉に盛大にツッコミを入れた直後、後頭部に鋭い痛みが走った。
まるでガチャガチャ出でるタイプのビリビリグッズを直接当てられたみたいな痛さだ。
「あおくん、ダメだよ!倒れた時に頭打ってるから、安静にしてて!」
笹倉とは反対側にいた早苗が、心配そうに背中を支えてくれる。倒れたというのは覚えているが、その後は彼女達がこの場所、保健室まで運んでくれたらしい。
「碧斗くん、謝らないといけないわね」
笹倉は俺が早苗にそっと寝かせてもらうのを待ってから口を開いた。謝るとだけあって、表情は少し暗めだ。
「獄道さんが揉ませようとしてきたと言ったの、信じなくてごめんなさい。私、自分を見失っちゃって……」
「ああ、その事か。分かってくれたならいいんだ」
そう、俺は誰でも彼でも手を出すような最低男じゃない。それが彼女に伝わってくれれば、それ以上を望んだりはしないのだ。
俺が笑ってみせると、笹倉は安心したように胸を押さえながらため息をついた。……今言うのもなんだが、やっぱりデカイな。
「でも、碧斗くんも男の子だものね。あんな完璧なロリ巨乳がいたら、いつ揉みたくなるか分かったもんじゃないわよ」
「うんうん、あそこまで完璧なムチムチロリが現れるとは思ってなかったよ……」
笹倉も早苗も、なんだかんだ獄道さんを正式にライバルと認めているらしい。俺が倒れている間に何かあったのだろうか。
ただ、獄道さんはただの無知であって、俺への好意とかは持ち合わせていないだろうし、ライバルと言うのはおかしい気もするな。ついでに言うとムチムチじゃなくて、ぺったんこだし。
「……って、あれ?今ロリ巨乳って言ったか?」
聞き返すまでもなくはっきり聞こえていたが、俺はその意外さのあまり、確認せずにはいられなかった。
「ええ、言ったわよ?だって獄道さん、ロリ巨乳じゃない」
笹倉の言葉に、早苗もウンウンと首を縦に振っている。もしかしてこの2人、獄道さんが実は貧乳だということを知らないのか?
尾行して俺たちを監視していた2人だが、もしかすると獄道さんがブレザーを開いた時、角度的にブレザーで出来た死角にぺったんこが隠れてしまっていた可能性もある。
「そうだよな、ロリ巨乳だよな!」
俺は悟った。獄道さん、やっぱり貧乳を打ち明けるのが怖くなってしまったんじゃないか、と。現に、笹倉に揉ませようとした時もブレザーを着用していたし。
「碧斗くんはロリが好きなのかしら?」
「いや、好きって訳じゃ……てか、通報しようとするなよ」
「でも、笹倉さんより私の方がロリ顔だし……つまり、あおくんに好かれやすいのは私ってことだよねっ!」
「なっ!?あ、碧斗くんはロリが嫌いと言ったのよ!そうよね?」
「違うもん!あおくんは私が好きって言ったんだよ!」
「はぁ?!事実を捏造しないでもらえるかしら」
「ねつぞう?いきなり日本の太陽の名前出さないでよ!関係ないもん!」
「…………は?」
早苗、それは捏造じゃなくて『しゅうぞう』だ。笹倉も訳が分からずにポカンとしちゃったじゃないか。
「てか、頭に響くから喧嘩はやめてくれぇ……」
俺のその願いは届くことなく、2人の俺争奪戦は保健室の先生に一部始終を聞かれていたことを笹倉が気付くまで続けられるのだった。
女の子の笑顔の次に魅力的な表情って、やっぱり恥ずかしい時の顔だよな。そう確信した瞬間だ。
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