第230話 俺は金髪ドリルさんを案内したい
ガバッ!と開かれた彼女のブレザー。脳が見てはいけないものだと判断したのか、俺は反射的に目を逸らしていた。
だが、獄道さんはそれを許さない。
「ちゃんと見てくださいまし、私の嘘を」
覚悟を決めたのだと伝わってくるその声が、自然と俺の視線を引き寄せた。
「その胸は……」
分厚い布を取っ払ったその向こうには、それまで見えていたはずの2つのお山は無い。ただただ上から下へストンと落ちるような、何の障害のない平原が広がっていた。
……要するに、胸がないってことだ。
「私、貧乳ですの。殿方に好かれないボディですの……」
いつの間にか、獄道さんの表情からは羞恥が消え、代わりに悲しみが曇をかけていた。
先程まで見えていた胸は一体どこへ?とブレザーに目をやると、胸の触れるであろう部分に膨らみが見て取れた。
どうやら、外側からでは分からないようにパッドのようなものが入っていて、着るだけで胸が大きく見えるという作りらしい。
まさに、全国各地のロリ巨乳好きの夢が崩れ去った瞬間だった。
ただ、目の前の彼女はそんな重大な秘密を俺に教えてくれた。そして同時に、そのせいで涙が滲むほど辛い思いをしている。
男である俺にも、胸の大小で女子に優劣が決まることくらいは理解しているつもりだ。
彼女らは皆平然と笑いながらも、『あいつより大きい、あいつより小さい』と瞳で優劣を測っている。
きっと、お嬢様としてのプライドを持っている獄道さんは、態度に対して胸が小さいことを気にしているのだろう。
そうと分かれば、俺がかける言葉はひとつしかない。
「ついて悔やむ嘘なら、初めからつかない方がいい」
少し突き放すような言葉だった。だが、変に励ますような言葉よりかは断然マシだと思う。
俺はアニメの主人公のように、泣いている女の子を元気にできる才能もスペックも持ち合わせていないから。
「そういう嘘ほど、バレた時のショックは大きいからな。そんな秘密背負って歩いてちゃ、胸がなくても肩凝るだろ」
でも、泣いている女の子を放っておけるほどの冷酷さも持ち合わせていなかった。あるのは必要以上のお節介だけだ。
「胸がなくても、胸は張れる。プライドがあるなら、そのプライドで本当の自分を誇ってやれ」
「せ、関ヶ谷様……」
俺が優しくそう言ってやると、獄道さんは平らな胸を押さえ、少しの間目を閉じる。そして俺にすら聞こえないほど小さな声で何かを呟き、再びその瞳に俺を映した。
「私、決めましたわ!関ヶ谷様の言う通り、本当の自分で胸を張れるようになります!」
そこに居たのは、数秒前とは違って凛々しい顔つきの獄道さん。彼女の中には、自らの胸の大きさを気にする気持ちは消え去っていた。
「ところで、関ヶ谷様は大きいのと小さいの、どちらがお好きなのですか?」
「大きいのだな」
即答した途端、獄道さんの表情が無へと戻る。もちろん小さいのが嫌いな訳では無いが、やはり笹倉や早苗のように豊満な方が男としては嬉しかったりするしな。
「…………」
獄道さんは何を思ったのか、突然俺の手を掴んできた。そしてそれを自らの胸へ触れさせようとする。
それに気付いた俺は、慌てて彼女の手を振り払った。
「胸は揉めば大きくなると聞きましたの!関ヶ谷様、揉んでくださいまし!」
「そんなお願いが通ると思ってんのか!?」
確かに揉むと大きくなるというのは俺も聞いたことがある。だが、その『揉む』という行動を実行するのが俺というのはおかしいだろ。
「私の胸では満足出来ないと……そういうことですの?」
「そんなこと言ってないだろ!常識的に男が女子の胸に触るのはまずいんだよ!」
無知というのは本当に恐ろしい。その無知の塊のような人物が目の前にいる。そりゃ、仁さんも俺を頼れという訳だよな。
俺が誰でも彼でも飛びつくような、獰猛な肉食獣じゃなかったことを感謝してもらいたいくらいだ。
「では、女子であれば問題ないのですわね?」
「ああ。でも、だからといって…………あれ?」
次に獄道さんへ視線を向けた時には、既に彼女はその場から居なくなっていた。もしかすると、胸を揉んでくれる女子を探しに行ったのかもしれない。
「女子だからって、常識的には揉んでもらったりはしないんだよな……」
無知な上に話を最後まで聞かない。そんな厄介な存在を預けられてしまったとなると、これから先の学校生活が思いやられる。
「まあ、プライドに傷がついてこそ成長するところもあるよな」
俺は自分を納得させるように、そんな独り言をポツリとこぼした。
「お兄さんお兄さん♪さっきの女の子は誰だったの〜?」
学校案内の途中で案内される側がいなくなってしまって途方に暮れていた俺は、購買部の近くまで来たついでにノートを買うことにした。
そろそろ数学のノートが無くなりそうなのだ。授業中に切れて、他のノートに書いたのを後で写すというのも面倒だし、早めに買っておいて損は無い。
用意周到な俺って偉い!なんて思いながら、購買部のおばちゃんから代金と引き換えにノートを受け取った俺の耳元で、先程のセリフが囁かれた。
俺の体は反射的に声とは反対の方向へと飛び退く。そして声の主の顔を捉えようと、すぐさま視線を飛ばした。
「……なんだ、神代さんか」
そこに居たのは、時々購買部で働いていて、お気楽そうに見えるギャルギャルしい見た目とは裏腹に、とてつもなく友達思いなすごくいい人という内面を持ち合わせた、神代 悠亜だった。
「なんだとは酷いね〜♪お兄さんのアイドル、ユアちゃんだお?」
「相変わらず痛々しい自己紹介だな」
特に自分でアイドルとか言っちゃうあたりが。
「仕方ないんだお♪ユアちゃんは正真正銘、お兄さんのアイドルなんだもん!」
「そりゃ嬉しいな(棒)」
「き、気持ちがこもっていない!?」
この塩対応には、流石の彼女もたじろいでいる。ハイテンションな割に、冷たくされると傷つくタイプなのだろうか。
「ところで何か用か?」
購買部の前で立ち話もなんだと、俺は神代さんと共に歩き出しながらそう聞いた。わざわざ話しかけてくるということは、何か言いたいことでもあるのではと思ったのだ。
「さっきも聞いたけど、あの女の子は誰なの〜?」
そう言えば、耳元でそんなことを聞かれた気がする。
「ただのクラスメイトだ。今日転入してきた」
「転入生かぁ〜!ユアちゃんのクラスでも話題になってたよ〜♪お兄さんのクラスだったんだ〜」
「転入生なんて珍しいもんな」
どれくらい珍しいかと言うと、今どき『布団が吹っ飛んだ』で大笑いする人が友達に3人いるくらいの珍しさだ。要するにほぼゼロってことだな。
「でも、今日会ったばかりの割には仲良さそうだったよね〜?」
ニヤニヤと笑いながら、俺の肩をツンツンとつついてくる神代さん。どうやら俺はからかわれているらしい。
「別になんでもないぞ。あいつのコミュ力が高いだけだ」
「コミュ力が高いと、胸を触らせようとするのかぁ〜♪」
「ぶっ!?」
彼女の言葉に、俺は思わず吹き出した。
「お、お前……そこまで見てたのか!?」
「もちろんだよ〜♪ユアちゃん、珍しくドキドキしちゃった♪」
軽く胸を叩きながら、意地悪な笑みを浮かべる神代さん。
「触っちゃえばよかったのにね〜♪」
「そ、そんな訳にはいかないだろ!彼女もいるってのに……」
「その彼女さんって……その人のことかなぁ?」
神代さんはすっと手を上げると、俺の背後を指さした。
「ねえ、碧斗くぅ〜ん?」
「…………え?」
身の危険ってのは、気がついた時にはすぐ後ろにいるもんなんだぜ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます