第229話 俺は金髪ドリルさんを案内したい
「ここが音楽室、そこを真っ直ぐ行けば美術室があるぞ」
放課後、俺は約束通り特別教室の場所や階段の場所を教えながら、獄道さんと2人で学校の中を歩いていた。
まあ、2人と言っても決して二人きりではない。こういう所が日本語の難しいところだよな。
あれほど俺を除け者にして2人でゲームをすると言っていた早苗と笹倉だが、余程心配だったのかコソコソと後をつけてきているのだ。
2人は上手くバレていないと思っているっぽいが、つけられている方からすると驚くほどバレバレだぞ。
ストーキングは意外と難しいということが、こちら側になって初めてわかったかもしれない。いや、追う側になる予定は無いけど。
「笹倉さん、このまま2人で保健室に入っていったらどうしよ……」
「止めるに決まってるじゃない。最悪、あのお邪魔虫の目に消毒液でもかければ解決するわ」
次に紹介する予定の保健室が近づくと、そんな小声が聞こえてくる。頼むから危ないことをするのだけはやめてもらいたい。笹倉なら本当にやりかねないし。
それから少し歩いて、保健室の前に到着した。
「ここが保健室。言わなくても分かると思うけど、怪我をしたり体調が悪い時に来る場所だ」
獄道さんは先程から、俺の言葉に頷きながらメモのようなものをとっている。特に書くことなんてないと思うんだが、見かけによらず几帳面なのだろうか。
「私、今までお嬢様学校にいましたので、共学の保健室というのを見た事がありませんわ」
メモ帳をパタンと閉じた彼女は、そう言って瞳をきらきらとさせる。金色のツインドリルも相まって視界が眩しい……。
「アニメで知りましたけれど、共学の保健室では男女の密会が行われているのだとか……」
「知識が偏りすぎだ。そのアニメ、絶対にお嬢様が見るものじゃねぇだろ」
絶対に怪しいサイトに載ってたアニメだ。おそらく、地上波で放送されてないやつだろう。
「言っておくが、アニメと違って現実の保健室は健全な白い空間だ。決して獄道さんが望んでいることなんて――――――――」
無い。そう言う切ろうとして、俺は言葉を止めた。だって、そのスライド式の扉の向こうから、どこか艶かしい声が聞こえてきたから。
「この声は……まさかっ!」
「ま、待て!」
点と点が線になったというような表情を見せた獄道さんは、俺の制止の声も無視して勢いよく扉を開く。
そして案の定一つだけ閉じられているベッド周りのカーテンを掴み、引き剥がしてしまいそうな勢いでそれをも開いた。
「男女の密会とは…………あっ」
頬を高揚させながら、その内容を瞳で捉えようとしていた彼女の動きが固まった。俺も慌てて彼女を引き戻そうとしたが、その奥に見えた光景に思考が停止する。
ベッドの上に横になっていたのは初々しい男女……では無く、高身長で顔もそこそこイケメンな男同士の絡みだった。
「こ、これは……」
獄道さんは、見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりに両目を塞ぐ。男2人は服は着ているものの、互いに胸元がはだけているため、お嬢様には少し刺激が強かったのかもしれない。
「獄道さん、これは……」
健全な白い空間だと言い切った後に何を言うべきか悩んだ末、俺は苦し紛れにこう口にした。
「共学では男女はなくても男同士はよくあることなんだ!」
「そ、そうなのですか……」
獄道さんは半分信じて半分疑っているような表情を見せる。そして無知ならではの質問を俺にぶつけてきた。
「関ヶ谷様もよく殿方と……?」
「ああ、しょっちゅうだ」
「っ!?」
俺がもう投げやりになって即答したからか、彼女はあからさまに驚いた顔をする。だが、少しすると何かを納得したようにウンウンと頷いた。
「なるほど……。庶民の学校は不思議が多いですわね……」
「そ、そうだな……」
……あれ、話終わっちゃったよ。獄道さん、完全に俺の嘘に騙されちゃってるよ。
まさか本当に信じ込むと思っていなかった俺は、内心焦っていた。彼女に変なことを教えたなんて知れたら、俺は消されてしまうかもしれない。
かと言って、今さら嘘を自白するのも怖いし……。
「関ヶ谷様、私にもっとこの学校を教えてくださいまし!」
再びキラキラと瞳を輝かせる彼女を見て、『気付かれるまでこのままにしておこう』と心に決めた俺であった。
「てか、お前らいつまでイチャついてんだよ」
ベッドの上でいつまでも絡み合う男2人に、俺はそう言葉を残してカーテンを閉め直した。不純同姓交遊って存在するんだろうか……。
「ここが食堂と売店だ。アニメでよく見るメロンパン争奪戦みたいなのは起きないから安心してくれ」
「あら、ないのですか?それは残念ですわね……」
そんな会話をしながら食堂前を通り、校舎をぐるりと回るようにして、今度は購買部へと足を向けた。
あそこはノートだとかシャー芯だとか、必要になったものをすぐに買えるから覚えておいて損は無い。
まあ、もっともな話、お嬢様には似合わない場所ではあるけどな。
「み、見失うところだったよぉ……」
「小森さんがこんな時に売店に寄ったせいでしょう?追いついたからいいものを……」
相変わらずあの二人は後をつけてきている。どうやら早苗が売店で唐揚げを買ってきたらしい。くそぉ、美味そうだな……。
「ここが購買部だ。筆記用具だけじゃなく、制服や制定靴の注文もここでするんだ」
ヨダレの出そうな思いをなんとか腹の奥に押し込んで、俺は獄道さんにそう言う。
「私はもう特注のものを注文してあるので大丈夫ですわ」
「特注?」
基本的にサイズはS・M・Lのような決まったものしかないのだが、彼女の体にピッタリのものをオーダーメイドで作ったということだろうか。
まあ、制服って小さいと苦しいし、大きいと着こなせないしで大変だもんな。彼女くらいになると、その辺もしっかりと管理するのかもしれない。
「ええ、その通りですわ。私のコンプレックスを隠すための特注ですの」
コンプレックス。そう聞いて俺は思わず獄道さんの容姿を眺めた。
顔も手足も、私服で道を歩いていたら小学生と見間違ってしまうであろうほど小さいものの、それに反して印象的なトルネードツインテールがエリマキトカゲのエリマキのように彼女を大きく見せている。
また、シルエットの幼さに反してキリッとつり上がった瞳と、高圧的な胸は一部の層からは絶大な支持を集める予感もした。
そんな彼女の容姿プロファイリングをしてみたが、やはりどこにもコンプレックスと呼べそうな部分は見つからない。
強いて言うなら身長が低いことなのかもしれないが、これはこれでむしろアリだと俺は思う。ロリコンとかそういうのではないけど。
「コンプレックスなんてどこにあるんだ?ほぼ完璧だろ」
そう、彼女はお嬢様として完璧な性格と容姿をしている。『過』はあっても『不足』はないはずなのだ。だが、いくら俺がそう思っていようとも、獄道さん自身は首を横に振った。
「わ、私……胸が無いのがコンプレックスですの」
そう言って恥ずかしそうに俯く彼女。胸がないとは、ここまで満足なものがあってそんなこと言っていると、唯奈辺りにぶん殴られそうなものだが……。
「俺が言うのも危ない気がするが、十分じゃないのか?」
あまり凝視するのも申し訳ないと思い、チラチラと分かりやすく彼女の胸へ視線を送ってみせる。
「……いえ、違いますの」
獄道さんは呟くようにそう言うと、その小さな手を滑らせるようにブレザーのボタンへと伸ばす。
「……え?」
パチッ、パチッと外されていくボタンと真っ赤な顔のお嬢様を前にして、俺はその場に立ちつくすことしか出来なかった。
そして全てのボタンが外れ、獄道さんは意を決したようにこう叫んだ。
「私、嘘つきですのっ!」
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