第228話 俺はHRに知らせを聞きたい
「トビウオって100メートルも飛ぶんだって!」
「そりゃすごいな」
「でしょ〜!」
トビウオのことなのに、何故な誇らしげに胸を張る早苗。昨日の件はもうすっかり気にしていないらしい。
今はHR前のいわゆる朝休みと呼ばれる時間帯だ。既に予鈴は鳴っており、もうそろそろ薫先生が教室に入ってくる頃だろうと思われる。
なので早苗は自分の席に戻らせ、1時間目の準備が出来ていることを確認してから、壁掛けの時計を見上げた。
キーンコーンカーンコーン♪
「まだ席に着いていない子は内申点を下げておくから覚悟しなさい」
そう言いながら、やはり時間通りにやってくる薫先生。おそらく扉の外で待機でもしていたのだろう。
厳しいように見えて本当は接し方が分からないだけの彼女は、裏でしっかりと役作りをしていた……なんて、俺じゃなきゃギャップ萌えしちゃうだろうな。
「……はい、貴女達が席に着くまでに8秒かかりました」
腰のあたりでストップウォッチを止めながら、彼女は冷たい声でそう言った。朝礼の時の校長みたいなこと言うんだな。てか、言うほどの時間でもないだろ。
「今日は貴女達にいい知らせと悪い知らせがあるわ。どちらから聞きたいかしら」
「……なんなんですか、その2択は」
言い終えてからハッとした。ここにはクラスメイト達がいる。彼らは皆、俺がこの恐ろしい教師に口答えしたと顔を青ざめさせていた。
「あ、いや……その……」
「関ヶ谷君、後で職員室に来なさい」
ほら、やっぱり言われた。まあ、厳しい先生を演じるための形式上の呼び出しなのは分かっているのだが、いつもこのタイミングで向けられるクラスメイト達の哀れみの目が、俺はどうも苦手らしい。
「……と言いたいところだけれど、今日は勘弁してあげるわ」
「……へ?」
薫先生はクイズ番組さながらの切り返しをすると、それまで無だった表情に少しだけ色を付けた。
「入ってきなさい」
彼女のその一言とほぼ同時に、クラスメイトたちの視線が一気に教室の扉へと向けられる。直後、ゆっくりと開かれた扉から一人の女の子が入ってきた。
彼女は教壇に上がり薫先生の隣へと立つと、堂々とした面持ちで教室を見渡す。
「なかなか窮屈な教室ですわね」
その佇まいと口調から、既にいいとこのお嬢様感が溢れており、クルクルとドリルのように渦巻く金髪のツインテールや、ここらでも有名なお嬢様学校の制服に身を包んでいることも、彼女のひとつ頭抜けした雰囲気を助長しているように思えた。
「これがいい知らせよ。このクラスに転入生が来ることになったわ」
薫先生の言葉に、クラス中が歓声に包まれる。この転入生は先程の一言から性格の方は疑わしいが、少なくとも顔はかなり整っている。
アニメだと転校生にはボーイ・ミーツ・ガールがセットになっているものだ。彼女もきっと、濃ゆ目のキャラとして青春を謳歌することだろう。
「あまり騒がないでもらえるかしら。可愛い転入生に喜ぶなんて猿同然ね」
そんな冷たい言葉を放つ薫先生だが、その表情はどことなく嬉しそうだ。厳しい女教師の
教師にとって転校生を紹介するのはロマンだ!と、テレビで言っているおじちゃんを見た事があるが、彼女も同じタイプの人ということだろう。
まあ、この学校私立だし転入生なんて滅多に来ないもんな……。
「それから、悪い知らせの方なのだけれど……」
薫先生は転入生の方をちらりと見ると、ワントーン声を低くする。
「昨日顔を合わせた感じで、彼女のお父さんはおそらく重度の過保護よ。彼女に怪我なんてさせたら、タダじゃ済まないわね」
腕を組みながら、落ち着かないようにヒールをコツコツと鳴らす。そしてここからが本題とでも言うように、勢いよく黒板を叩いた。
黒板だけにバンッ!という鈍い音が響き、教室中にピリッとした空気が流れる。朝の陽気にウトウトしていた窓際の奴も、背後に置かれたきゅうりを見つけた猫のように体を跳ねさせていた。
「彼女の父親はギャングよ。大事な愛娘に傷でもつけたら、比喩無しで殺されるから気をつけなさい」
ギャング……このワードを、つい最近意識したような気がする。あれ、なんの事だっけ…………って、まさか!?
脳内に保存された記憶のほぼ一番上にあったファイルを開いた俺は、反射的に椅子から立ち上がる。
「転入生!君の苗字ってまさか……」
俺の質問にふんっと鼻を掲げた彼女は、教壇の上で肩幅ほどに足を広げると、右手を自分の胸に当てて宣言するかのようにその名を告げた。
「獄道……私の名前は
まさかの転入生の登場から約4時間後。俺、笹倉、早苗で囲んでいる昼食の輪には、新たな人物が追加されていた。
その人物とはもちろん獄道さんのことだ。
自慢話大会があれば優勝できそうなほど喋り倒した自己紹介が終わると、彼女は薫先生から『空いている席に座りなさい』と言われた。
しかし、わがままな彼女は何故か、どうしても俺の隣の席がいいと言い始めたのだ。
獄道さんがあまりにも引き下がらないため、これ以上後の授業に支障が出ないよう、仕方なく俺の隣の席だったの女の子と席を交換してもらうことに……。
移動先の前の席がイケメン男子だからだろうが、嬉しそうに去っていかれたのは少し傷ついたな。
逆に笹倉や早苗、唯奈までもが恨めしそうな目を向けてきたが、俺の責任では無いので気付かないふりをしておいた。
獄道さんによると、彼女の父親……つまり獄道 仁さんから『関ヶ谷 碧斗を頼れ』と言われたんだとか。確かに仁さんとは面識はあるが、彼とあったのは昨日が初めて。
愛する愛娘の面倒を任されるほど親しくなった覚えは無いのだが……。
まあ、正直な話、仁さんから通っている学校を聞かれた時に何かあるなとは思っていた。だが、まさかそれが娘の転校先だからだとは、誰も想像できなかっただろう。
「私、獄道 静香ですので。決してキ〇タクの元奥さんとは勘違いしないでくださいまし」
「言われてみれば確かに惜しいな……」
一文字抜けば読みは同じ。こんな偶然ってあるもんなんだな。
「私、前は有名なお嬢様学校に通っていましたの。こう見えて頭はいい方ですのよ?」
先程からずっとこんな感じだ。俺は自分語りが好きな人を嫌っている訳では無いのだが……。
「少し関わりづらいわね……」
「あまり得意なタイプじゃないかも……」
獄道さんがずっと俺だけを見て話していることもあって、一緒に食べているはずの笹倉や早苗が一歩引いてしまっているのだ。
普段なら笹倉がガツンと言って解決……なはずなのだが、今回ばかりは相手の次元が違いすぎた。
獄道さんはまるで、この世界に俺と2人きりのように周りに見向きもしない。気がつけば、話題は学校の構造についてへと変わっていた。
「関ヶ谷様、宜しければ放課後に学校を案内して下さらない?」
「べ、別にいいけど……」
俺がぎこちなく返事をすると、彼女は「有難うございます!では、また放課後に」と弁当(お重)を包んで席へと戻って行った。……と言ってもすぐ隣だけど。
ラブコメ系のライトノベルによくある、転校生に学校を案内してあげるイベント。それがまさか自分にもやってくるとは思っていなかった。
何も、嬉しくないわけじゃない。むしろ、少しだけだが楽しみだと言っている自分もいる。しかし……。
「小森さん、今日は2人だけでゲームしましょうか」
「うんっ!あおくん抜きでやろっ!」
わざとらしく俺を除け者にする嫉妬者たちの視線が、チクチクと突き刺さって痛かった。
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