極道な転入生と期末テスト 編

第225話 (偽)彼女さんは俺を怒りたい

「よくもやってくれたわね……」

「さ、笹倉さん……?お、落ち着いて」

 ゲーム監禁事件の翌日、昼食を食べようと思っていたところに、無断欠席していた笹倉がやってきた。そして俺は今、クラスメイト皆の前で首元を鷲掴みされている。

「小森さんは助けておいて、私のことは放置ってどういうことかしら?」

「いや、なんの……って、あっ」

 そう言えば、あの後早苗のことは助けたのだが、笹倉を助けるのを忘れていた。彼女は自宅に戻ってプレイしていたから、すっかり抜けてしまっていたのだ。

「『あっ』じゃないわよ!碧斗くんも小森さんも倒れちゃって、何があったのか分からないままあっちゲームの中で何日もすごしたのよ!?」

 彼女の圧がすごい。でも、そりゃそうだよな。俺が戻ってきてから15時間以上が経過している。つまり、ゲームの中では15日が経過していたわけだ。

 ひとりでそんな長い間閉じ込められたのだから、この怒りはごもっともだよな。

「本当に悪かった!この通りだ!」

 俺は恥も忘れてその場に土下座した。クラスメイト達がざわついているが、今は目の前の彼女だけに誠心誠意謝罪したい。

「こんなことだけじゃ許されないのはわかってる。何をしたら許してくれるか教えてくれ!」

 決して綺麗ではない教室の床に額を擦りつけ、廊下まで響く声で許しを乞う。笹倉はそんな俺の誠意に心うたれたのか、少しだけ頬を緩めてくれた。

「じゃあ、結婚してくれる?」

「そ、それは……」

「何でもするって言ったわよね?」

「……言ってないんですけど」

 一瞬言ったかも?と勘違いさせられそうになったぞ。さすがにお願いが結婚とは飛躍しすぎだ。いくら許してもらうためとは言え、こればかりは即決出来ない。

「ふぅ、まあいいわ。駅前のドーナツ屋さんのドーナツ5個で許してあげる」

「おお、なんとお優しい……って、あそこのドーナツなかなか高いんだよな」

 行ったことないけど、1番安いのでも1個300円らしいし。5個だと軽く1500円を超えるぞ。俺のお小遣いでは、財布が餓死してしまう。

「私の信頼とどちらが安いかしら?」

「ドーナツでございます」

「ふふ、よろしい」

 嬉しそうに微笑む笹倉。彼女のことだから、初めからこうなる計算だったのだろう。俺は手のひらの上で踊らされてたって訳だ。

「じゃあ、早速今日の放課後に行きましょう!楽しみだわ♪」

 まあ、こんな幸せそうな顔が見られるなら、ドーナツ20個でも安いくらいかもしれないな。

「私も私もっ!」

「早苗は自腹な」

「えぇ、けち……」

 そう言いつつ、早苗の分も足りるかどうか確認する俺であった。早苗、2個で足りるかな……。




「そう言えば笹倉はどうやってゲームから出てきたんだ?」

 まさか魔王を倒したとかじゃあるまいし、誰かに助けて貰えたのだろうか。でも、笹倉の両親はベトナムにいるし……兄弟姉妹がいるとも聞いたことないからな。

「天造さんが『やることリスト』の内容を書き換えてくれたのよ。魔王を倒すじゃなくて、エリアボスを倒すに」

 笹倉は、1人でゴブリンの親玉を倒すの大変だったわとため息をついた。なんだか物凄く申し訳ないことをしちゃったんだな。

「じゃあ、笹倉は正式な方法で出てきたわけか」

「ええ、その通り。That's Right!」

「なぜゆえに英語に言い替えたんだよ」


 そんな会話をしている間に、俺たちは駅前のドーナツ屋に到着した。店名は『Missミス Donutsドーナツ』、どこかで聞いたことがあるような名前の気もするが、その辺には触れないでおこう。

 カランコロンと音のなる扉を開け、3人で中へ入る。値段が高いと聞いていたから身構えていたが、内装はごく普通のドーナツ屋と言った感じだ。

 ドーナツの購入方法も、某有名ドーナツ店と同じで、選んだドーナツをトレーに乗せてレジに持っていく形になっている。

「どれがいいかしらね〜♪」

「私はこれとこれとぉ♪」

 さすがは女の子だな。甘いものに目がないというか、既にどれを食べようかと吟味し始めている。


 しばらくして、2人はそれぞれドーナツを選んで戻ってきたきた。

「あれ、碧斗くんは選ばないの?」

「いや、俺は……」

 笹倉と早苗の分を払うことを想定すると、自分の分を買っている余裕はない……なんて言えないよな。

 なんと答えようかと悩んでいると、笹倉はクスリと口元に手を当てて笑った。

「もしかして私の分を払うからかしら?あんなの冗談に決まってるでしょう」

「じょ、冗談……?」

 よく見てみれば、笹倉のトレーには2つしかドーナツが乗っていない。許してもらう条件は5個だったはず……。

「碧斗くんもわざとじゃないんだもの。私はそんなことで怒ったりしないわ」

 笹倉はそう言うと、近くのトレーを俺に手渡してきた。

「奢ってもらうっていうのは、碧斗くんとここに来る口実よ。一緒に食べてくれなきゃ、意味無いでしょ?」

「さ、笹倉ぁ……」

 思わず涙が滲んでくる。ドーナツごときでと言われるかもしれないが、ドーナツごときだからこそだと俺は思う。

 ドーナツで優しくなれないやつは、きっと他のどんなものでも優しくなれない。その点笹倉からは、しっかりとドーナツより甘い優しさを感じられた。

「あおくん、私の分はよろしくね?」

「お前はいい雰囲気を邪魔する天才か」

 早苗は財布を持ってきてなかったから払ったけど。出来れば『私も自分で払う!』と言って欲しかったな。まあ、早苗らしいっちゃ早苗らしいけど。


 ドーナツを購入した俺達は、空いていた丸テーブルを囲うように座った。俺もドーナツを2つ買ったのだが、早苗の分も払ったおかげで財布の中身はあと2つ買える分しか残っていない。

 こりゃ、禁断のお年玉に手を出す日も近いかもしれないな。

 そんなことを思いながら、1つ目のドーナツにかぶりついた。外はモチモチ、中はトロトロ。パン生地とカスタードクリームの絶妙なマッチングだ。

 こりゃ、甘党じゃなくても食べたら頬がとろけるぞ。

「うへへ〜、おいしい♪」

 まさにすぐ目の前で蕩けている早苗を見ると、彼女が食べているのは期間限定のクマドーナツだ。サクサクとしたパイ生地にクリームを入れ、表面にクマの顔を描いたそれは、SNSで話題になっているらしい。

 現に同じものを買った笹倉は、パシャパシャと写真を撮っている真っ最中だ。きっと後で投稿するんだろうな。

「早苗、ほっぺにクリームついてるぞ」

「ふぇ?」

 俺の指摘に彼女は「どこ?ここ?」と手探りでクリームを探す。だが、見当違いな所ばかり触っているせいで、俺は仕方なく彼女の頬に手を伸ばした。

「ほら、ここだ。お前は小学生かよ」

 そう言いながら拭ったクリームをペロリ。……なかなか美味いな。やっぱりこっちにすれば良かったかもしれない。流行には乗ってみるもんだな。

「えへへ、ありがとっ♪」

 ニコッと笑顔を見せ、またすぐにクマの顔にかぶりつく早苗。表面のチョコにヒビが入る様は、見ていて少し痛々しかった。

「ねぇ、碧斗くん」

「ん?どうした……って、お前もか」

 呼ばれて振り返ると、先程の早苗同様に笹倉の頬にもクリームがついていた。しかも、心做しか早苗より量が多い気がする。

「?」

 笹倉は訳が分からないという顔をするが、勘のいい俺にはわかるぞ。彼女みたいなしっかりしたやつが、こんな大胆にクリームをほっぺにつけることはまず無い。

 アニメならともかくここは現実だ。彼女がそんなドジっ子でないことは重々承知している。

 つまり、俺が言いたいのはこういうことだ。


『笹倉は早苗のことを真似て、自分もクリームを取ってもらおうとしている』


 俺の予想が外れていて、万が一彼女のドジだったとしても、ここではクリームを取ってやるべきだろう。

「あら、クリームが……」

 だが、たった今クリームに気付いた(フリをしている)笹倉の次の一言で、その難易度はグンと上昇する。その一言というのが……。


「碧斗くん、取ってくれる?――――唇で」


 出来るわけないやろ。

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