第224話 俺はソイツを召喚したい
「なんだ、これ」
俺は笹倉が指さしたものを確かめるべく、頭の上に手を伸ばす。すると、指先にコツンと硬い何かがぶつかった。
どうやらそれは俺の頭上に浮いていているらしく、手に取ってみると何の変哲もない紫色の結晶だった。
言葉で説明しずらいが、四角錐を上と下に組み合わせたような形をしている。固くて尖っているから、落ちてきていたら相当痛かっただろうな。
「これは……」
そう呟くと、大きめのウィンドウが俺と笹倉に見える形で出現する。どうやらこの結晶の説明文らしい。
―――――――魔王の力の欠片①―――――――
現在は眠りし魔王の力が、結晶となって世界中に散らばったもの。
この結晶はダークキングスライムが取り込んでいたが、討伐されたことで本来の形として出現した。
全ての欠片を集めると魔王を再び呼び覚ますことの出来る危険な代物だが、『サモナー』にとっては強化素材になる。
ストレージから使用することで、欠片を手にしていたモンスターを召喚することができるようになる。
――――――――――――――――――――――
「サモナーの強化素材ってことは……」
その文章の意味を理解した俺は、欠片をストレージに入れ、すぐに使用するを選択した。
直後、俺の目の前に新たなウィンドウが現れる。
『おめでとうだぴょん♪
ダークキングスライムたそが
召喚可能になったぴょん♪』
読むだけで知能指数が70くらい下がりそうな文面に胸焼けしそうになりつつ、俺は思い切って右手を前に出した。
「
その詠唱が夜空に溶けるよりも早く、奴は俺の目の前に現れた。
「……あれ?」
ただし、手のひらサイズまで小さくなって。
「お前、そんな小さかったっけ?」
手のひらの上に可愛らしく乗る紫の物体に、俺は思わずそう問いかけた。
「小さいゆうなや!これでもエリアボスやで!」
「おわっ!?しゃ、喋った!?」
こいつ、日本語話せたのかよ。まあ、理解はしてるようだったし、そもそもゲームの世界だし、有り得なくは無いのか……。
「おいおい、ずっと喋っとったやろ?聞こえてなかったんかいな」
「全く。ずっとグウォって鳴いてるのかと……」
体が大きくなりすぎて、外部に音が伝わりずらくなっていたのだろうか。スライムの構造はよく分からないし、そういうことにしておこう。
「なんや、わいと再会できて嬉しくないんか?」
「いや、まあ……うん。。。」
確かに『サモナー』として強くなったことも、同志であるこいつと再会できたことも嬉しい。でも、何かが違うのだ。
「なんや、しけたやつやのー。もっと喜んでくれる思とったわ〜」
「その話し方が問題なんだろうよ」
「……あ?」
俺の手のひらの上でふんぞり返っているコイツ。体は小さくなっているのに態度は大きく、世界観に合わないバリバリの関西弁。
これからこいつを召喚することになると思うと、少しだけ憂鬱な気もしなくもない。
「そもそもの話、こんな小さくなったお前を召喚してなんの役に立つっていうんだ?」
『敵だと強いのに仲間になると弱くなるよね現象』を採用しているとは聞いていたが、弱くなり方が大きさだと言うのなら、もはや使い道は皆無だ。
俺の『サモナー』としての存在意義も同時に消え失せることになる。
「話し相手くらいには」
「それは絶対に無い」
「そんな断言せんでもええやろ……」
さすがに傷ついたらしく、ダークキングスライムはしょぼんと俯いてしまった。悪い気はするが、事実は事実なわけで……。
みんなも嫌なことは嫌だと言える立派な大人にならないといけないぞ?……って誰に言ってんだろうな。
「とにかく、使い道がないなら永遠に閉じこもっていてもらうしか無いな」
出したところで無意味だし、と俺が口にすると、ダークキングスライムは首……というか体全体を横に振った。
「わいは自分の意思で出てこれるで。そういう特性持ってるからな」
彼はドヤァとでも言いたげな表情でこちらを見る。ああ、多分めんどくさい場面で飛び出してくるんだろうな。ポケ〇ンで見た事あるぞ。
「じゃあ、このままここに置いていくか」
「それだけは勘弁してくれ!」
ダークキングスライムを地面に下ろし、背中を向けて立ち去ろうとする俺に、彼はすがるように泣きついてきた。小さくても俺の足を止めるくらいの力はあるみたいだ。
「わいはこんな小さな体や。このままでは他のモンスターに食べられてしまうんや。戦えばまた大きくなれる、やからそれまで面倒見てくれ!」
なるほど、サイズが元に戻る可能性もあるのか。それならまだ希望はあるかもしれない。
俺は心の中で頷くと、優しくダークキングスライムを手のひらの上に乗せた。
「ピンチ以外は勝手に出てこないこと。それがお前を連れていく条件だ。いいな?」
俺の言葉に、大きく頷く紫のソイツ。
こうして俺達に、新たな仲間が加わったのだった。
「変態スライム……憂鬱だわ……」
一夜明けた早朝。
「魔王の力の欠片が魔王を呼び出すのに必要なら、このストーリーは碧斗くんの『サモナー』としての成長と同時進行になるわけね」
笹倉の言葉に、俺と早苗は宿屋から持ってきていたパンを頬張りながら頷く。
「魔王を倒さないと帰れないんだ。欠片集めは必須ってことになるな」
要するに、この世界のストーリーは俺の成長物語と背中合わせの状態にあるわけだ。なんだか主人公みたいでかっこいいな。
「女装の主人公ってのも、新しいわね」
「うんうんっ!ザンシンでいいと思うっ!」
「お前らバカにしてるだろ」
まあ、2人の言っていることも真っ当なんだけど。女主人公ならまだしも、女装主人公は万人受けしないと思うし。
別に誰かに見られているわけじゃないからいいんだけどな。
「ごほん……とりあえず、一歩魔王に近づいたということで、これからも張り切って行こう!」
食べかけのパンをグラスに見立て、勢いよく掲げてみせると、他2人とイモリンも同じように腕としっぽを掲げた。
「「「おー!!!」」」「ピー!」
そう、まだ俺たちの旅は始まったばかりなのだ。
そんな打ち切り漫画のような余韻に浸っていたその時だった。
「……ん?」
頭や首を引っ張られるような感覚を感じ、反射的に手で押える。だが、もちろん誰かに触れられているわけでもなく、その感覚は徐々に上に移動していき……。
―――――――プツッ。
古いテレビの電源を切った時のように、俺の視界が一瞬で真っ暗になる。意識も段々と薄れていき、俺はその場で倒れ込んでしまった。
「……あ、起きたぞ」
「あおにい、聞こえる?」
目が覚めると、そこは早苗の部屋のベッドの上だった。
「あれ、戻ってこれたのか……?」
頭を触ってみるが、ゲーム機は被っておらず、もしかして夢だったのでは?と勘違いしてしまいそうになる。
だが、隣で寝ている早苗はゲーム機を被っているし、なにより目の前の茜が俺の被っていたはずのものを抱えて立っていた。
「お前、無理やり外したのか!?」
ゲーム内で感じた触れられる感覚は、彼女がゲーム機を取り外そうとして伝わってきたものだったらしい。さすがは外部の感覚を残したハーフダイブだ。
「だ、だって……」
茜は少し俯きながら、葵へと視線を送る。すると、茜が伝えられないその気持ちを代弁するように、葵が口を開いた。
「あおにい、悪気があったわけじゃないんです。天造さんという方が、『あの二人は暫く目覚めない』なんて言うから……」
彼女の言葉を聞いて、俺は思わず頬を緩めた。
「2人とも、心配してくれたんだな」
目の前の小さな頭を無造作にわしゃわしゃと撫でてやると、2人は表情筋をへにゃっと緩め、俺に擦り寄ってくる。
「起きてくれてよかった……」
「よかったですぅ……」
「ああ、助かったよ。本当にありがとうな」
2人を少し強めに抱きしめた。ふと視界に入った時計は、俺達がゲームの世界に入ってから1周半ほど後の時間を示している。
向こうの世界の24時間は、こっちでは1時間なんだもんな。こんな短い時間でも悲しんでくれる妹がいて、俺は幸せものだ。
彼女らの優しさと、その小さな体からしっかりと伝わってくる本物の温かさに、俺は今までで一番幸せな「ただいま」を口にすることが出来たのだった。
「あ、そう言えば早苗はどうしようか」
ベッドの上でまだ動かない早苗を眺めながら、茜と葵にそう聞いてみる。俺が助かったなら、彼女も同じ要領で助け出せるはずだ。だが……。
「起きるとうるさいし、もう少し寝かせとくか」
茜のその言葉に、俺も葵も頷いて部屋を後にした。早苗、悪いがもうしばらく静かな時間をくれ。
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