第219話 俺はアクセサリーを身につけたい
「よくお似合いですよ、お客様!」
真子さんにそう言われ、俺は目の前の姿見を初めてしっかりと見た。
身につけたアクセサリーは3つ。半円同士を組み合わせてリングにした金色の腕輪、穴を開けない磁石タイプのイヤリング、そして――――――――。
「これも似合うと思うよ?」
先輩が選んでくれた髪飾り。イヤリングもそうだが、小さいけれどキラキラとしていて、付けているだけで少し落ち着かなくなる。
「そ、そうですか……?」
俺がファッションに疎いからなのか、似合ってるだとか見栄えが良くなったとか、そういうのはあまり感じない。
何事も経験だと踏み切ったくせに、おめかししている気分で恥ずかしかった。
「は、外しても……」
そう言いながら髪飾りに伸ばした腕を先輩に掴まれる。首を横に降っているから、まだつけておけってことらしい。
「似合ってるし、3割増しで可愛く見えるよ」
「可愛いって言われても嬉しくないです」
小声でそんなやり取りをしてから、観念して椅子に座り直す。俺に逃げ場はないみたいだ。
「店員さん、そのネックレスも見せて貰えますか?」
テーブルの向こう側のショーケースを指差しながら先輩がそう言うと、真子さんは「はい、ただいま」と返事をして、その中にあったネックレスを丁寧に取り出した。
「こちら、『アパタイトとインカローズ』のネックレスでございます」
胸から上までしかないマネキンのようなものに飾られたそれは、他のガラス細工のように見た目が美しい訳では無いが、何か惹かれるものを感じた。
「先輩、これは?」
俺の横からの質問に、彼はネックレスから目を離すことなく答える。
「この建物の下調べをした時に、偶然見つけてね。もし来たら買おうと思ってたんだ」
先輩は真子さんに断ってから、ネックレスを手に取る。そして、それを光に透かすように掲げた。
「苺ミルク色をしている方がインカローズ、恋愛や仕事の疲れを癒してくれる。そして蒼い方がアパタイト、自己表現力を高めてくれる石だよ」
要するにパワーストーンってことらしい。身につけるだけなら他のアクセサリーの方が綺麗だが、先輩がそれを手に取るのにはなにか意味があるんだろう。
「実はアパタイトには、『恋人へ素直に感情を伝えられるようになる』という効果もあるんだ」
「そうなんですか……って、あれ?なにか伝えられてないことでもあるんですか?」
俺の言葉に、先輩は首を横に振る。
「伝えられてないのは彼女の方だよ。最近、なにか隠している気がしてね」
ほう、よく出来た彼女さんだと思っていたが、隠し事があるとは……。でも、そんなネックレスひとつで秘密を吐いてくれるもんなのか?
「まあ、僕も意志の力を完全に信じてるわけじゃないけどさ。願掛けみたいなものだよ」
神社で書く絵馬や初詣みたいな感覚なんだろう。信じてはいないけど、あった方が安心的な。日本ってそういうもの多い気がする。
「でも、もし彼女さんの嘘が酷いものだったら……」
聞くべきじゃないのはわかっていたが、つい口からこぼれてしまった。だが、先輩は変わらず緩い笑みで「その時はどうなるか分からないね」と答える。
どうなるか分からないって、別れる可能性もあるってことだよな……。
「それじゃあ、このアクセサリー貰えますか?」
「かしこまりました。では、あちらで会計を」
……あれ、アパタイトの意味はわかったけど、どうしてインカローズとセットになってるんだ?
俺はふと気になって先輩に聞こうとしたが、彼はカバンの中から財布を探しているところだった。邪魔するのは悪いと思い、代わりにスマホを取り出して検索画面を開く。
「じゃあ、これで。あと、ポイントカードも」
「ありがとうございます、少々お待ちください」
『アパタイトとインカローズ』と検索すると、1番上に『アパタイトとインカローズの組み合わせ』というのが出てきた。
それをタップして記事の内容に目を通す。すると、その最後にこう書かれていた。
"アパタイトとインカローズの組み合わせには、『恋愛成就』と『成就した恋愛を長く続かせる』の両方の効果があり、交際前と交際後の両方に役立ってくれる。
また、『関係修復』の効果もあるため、恋愛に悩んでいる女性におすすめのパワーストーン"
なんだ、『どうなるか分からない』なんて言っておきながら、ちゃんと彼女さんとの恋愛の継続を望んでいるんじゃないか。
俺は心の中で笑いながら、会計をしている先輩の横顔に視線を送る。悪いことを言ってしまったかと思ったが、先輩が『長く続かせる』こと、そして正直に話してくれた彼女さんとの『関係修復』を望んでいるのなら、きっと大丈夫だろう。
「これからも末永くお幸せに」
俺はそう小さく呟いて、少しの間会計が終わるのを待った。
「お待たせ、クロ」
その声で目が覚めた。会計を待っている間に、いつの間にうたた寝していたらしい。時間にして数分だが、こういう無防備な姿を見られるってのは恥ずかしいもんだな。
「あれ、寝てた?もしかして昨日寝れなかったとかかな?」
「ね、寝れましたよ!ぐっすりでしたよ!」
慌てて首を横に振ると、何が面白かったのか先輩は「デートが楽しみすぎて寝れなかったのかと思った」とケラケラ笑った。
本当のところはあんまり寝れなかったんだけどな。いや、楽しみだからじゃなく、憂鬱って意味で。
「ほら、会計も終わったし出ようか」
「分かりました」
そう返事して立ち上がった俺は、耳や頭の上で何かが揺れるのを感じ、動きを止めた。
「あ、先輩。このアクセサリー返さないと……」
ずっと付けっぱなしだったイヤリングを外し、次に髪飾りや腕輪も取ろうとすると、先輩はまたその腕を掴んでくる。
「あの……もう帰るんですよね?」
「うん、帰る。だからそのまま着けて帰ってよ」
何言ってるんだ、この人。商品をつけて帰ったら窃盗の罪に問われるぞ。そう口にしようとして先輩の顔を見上げた瞬間、そのどこかニヤけた瞳から真意を感じ取ってしまった。
「先輩、もしかして……」
「うん、もう買ったよ」
涼しい顔でそう言う先輩。まさか、このイヤリング達まで会計に含まれていたとは……。
「いくらだったんですか!?代金分、返しますから!」
「いらないよ、僕からのプレゼントだし」
「そんな事言われても……」
いくら先輩とは言え、こんなものにお金を払ってもらうわけにはいかない。俺が女子だったら『わぁい♪』と喜んだかもしれないが……。
だが、返そうとする俺の意思を、彼はことごとく塞いできた。
「クロの正体、バラしていいの?」
「そ、それはダメです!」
「なら受け取ってよ」
「……わかりましたよ」
こりゃ、世界で2番目に優しい脅迫だな。俺は思わず笑を零しながら、心の中でそう呟いた。ちなみに1番は昔どこかで聞いた『幸せになれ!じゃなきゃ殺す!』だ。どこで聞いたんだったかな。
「今日、一緒に来てくれたお礼。そういうことにしておいて」
先輩はそう言うと、外していたイヤリングをそっと俺の手から受け取り、つけ直してくれる。指先が耳に触れて少しくすぐったかった。
「よし、これで完璧。帰ろっか」
ニコッと笑って左手を差し出してくる先輩。この人、俺が受け取りを拒否できないように、わざと黙って買ったんだな……。
「―――――――ってなんですか、その手は。握りませんよ?」
何サラッと手繋ごうとしてんだ。もしかして、先輩って手が早いたいぷのひとなんだろうか。色んな女の子に手を出してたりして……。
「安心して、僕が手を出すのは彼女とクロだけだから」
「心読まないでくださいよ。てか、さりげなく俺を入れないで貰えます?」
「後ろ向きに考えておく」
「せめて前は向いてください」
優しい人ではあるけれど、どこか頼りきれない先輩とのデートはこうして幕を下ろした。
その後、帰宅した俺は女装のまま咲子さんに出会い、不法侵入者として追い出されそうになったのだが、その話はまた別の機会にするとしよう。
……いや、しなくてもいいか。
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