第218話 俺は高身長先輩とアクセサリーショップに行きたい

「女の子向けって言ってましたけど、どんなお店があるんですか?」

 ロの字になった通路を歩きながら、俺は先輩にそう聞く。

「雑貨屋とかメイク道具を売ってる店とか。後は玩具おもちゃを置いてる店もあるよ」

 玩具……そう聞いて男子高校生脳が反応する。

「玩具って……先輩、変な気起こさないでくださいね」

 気がつくと、俺は腕で胸の辺りを隠していた。こんな格好をしているからか、心が女の子に近付いている気がする。

「クロ、変な気を起こしてるのは君の方だよ。玩具と言っても玩具じゃないから」

 先輩がそう口にしながら指差したのは、どこからどう見ても普通のおもちゃ屋さん。女の子が好きそうな可愛い人形やぬいぐるみ、シルバニ〇ファミリーなんかも並んでいる。

「子供の、おもちゃ……」

 理解した瞬間、俺はカッと顔が熱くなるのを感じた。ここまで盛大な勘違いは、俺の今までの人生でも上位に入るほどの恥ずかしさを感じさせた。

「その顔、いただき」

 先輩はそう言うと、スマホで俺の顔をパシャリと写真に収めた。

「と、撮らないでください……」

「笹倉さんたちに沢山撮ってって言われてるからね。なかなかいい顔してるよ」

 送られると分かると、余計に恥ずかしさが増す。

「絶対に今の話は内緒ですからね!?」

 釘は刺しておいたが、「わかったよ」と答える先輩のあの微笑みは、どこまで信用しても良いのだろうか……。



「プレゼントはどんなものにするんですか?」

 化粧品だとかアクセサリーだとか、はたまたぬいぐるみだとか。男へのプレゼントは違って、女の子へ渡すものはかなりハードルが高い気がする。

 これは俺が男だからなのだろうか。女の子からすれば、男へのプレゼントの方がハードルが高いのかもしれないな。

「んー、彼女から化粧の話は聞いたことがないからわからないかな。あげるならアクセサリーかぬいぐるみになるかな」

「それなら一生残せますからね」

 お詫びの品などは、それを見る度に悪いことを思い出させてしまわないよう、食べ物など残らないものがいいと聞いた気がする。

 今回は記念日のプレゼントだから、逆に残るものでなくてはならないだろう。その点、先輩の洗濯は正しいと思う。

「彼女さん、ぬいぐるみ好きなんですか?」

「うん、特にイルカとかペンギンが好きでね。この歳でもまだぬいぐるみがないと眠れないって言うんだ」

 高校生にもなって……と一瞬思うが、薬がないと眠れないよりかは遥かに健康的でいいと思うし、ぬいぐるみで解決するなら可愛いもんだ。

 早苗が「あおくんがいないと眠れない」と言ってくるのと同じなんだろうな。……多分。

「でも、最近親に『ぬいぐるみが多すぎる』って叱られたらしくて……。必要なの以外は処分したらしいんだよ」

「……それならぬいぐるみをプレゼントするわけにはいきませんね。また怒られちゃいますし」

 俺の声に先輩は苦笑いしながら頷く。

「じゃあ、プレゼントはアクセサリーで決まりですね」

「うん、そういうことになるかな」

 アクセサリーのお店はここよりひとつ上の階だ。俺たちはそこへ向かうため、エスカレーターへと歩き出した。



「いらっしゃいませ」

 店に入ると、ピシッとしたスーツの女性が丁寧にお辞儀で迎えてくれる。アクセサリーショップと言うより、宝石店に来た気分だ。行ったことないけど。

「何名様でございますか」

 女性は鷹飛先輩に向けてそう聞いた。……あれ、こういう系の店で人数って聞かれたっけ?

「えっと、2人ですけど……」

 先輩も同じことを思ったらしく、少し戸惑っている。そんな様子を見てはっとしたスーツの女性は、慌てたように再度頭を下げた。

「も、申し訳ございません!私、飲食店と兼業しているもので……」

 ああ、なるほど。混同して言い間違えちゃいましたってことか。それなら仕方ないな。

「きちんとしているようで、意外と抜けてるみたいだね」

 先輩が小声でそんなことを囁いてきた。

「きっと形から入るタイプの人なんですよ」

 先輩は「そうかもね」と微笑んで、視線を女性へと戻す。

「プレゼントするアクセサリーを探しているんですけど、なにかおすすめはありますか?」

 先輩の問いかけに女性……いや、ネームプレートで名前はわかるから、名前で呼ぶか。新目あらため 真子まこさんは「そういうことでしたらこちらに!」と俺たちを奥へと案内してくれる。


 店の中には壁一面にアクセサリーが飾られていたり、オーダーメイド用のパーツ別で陳列されていたりと、どこを見てもキラキラしていた。

「俺、ここあんまり得意じゃないです……」

 目が疲れるし、なんだか自然と背筋が伸びてしまう。案内された先で椅子に腰を下ろしても、足や肩から力が抜けなかった。

 そんな俺にチラッと視線を向けた真子さんは、少し口元を綻ばせる。

「彼女さん、緊張なさっているみたいですね」

「ふぇっ!?」

 思わず声が出た。慌てて弁解しようとするも、体に入っていた力のせいで声帯が空回りして、上手く声が出てくれない。

「そうなんです、こういう雰囲気に弱いみたいで」

「せ、先輩……」

 この人何言ってんだ!?そりゃ一応デートだし、客観的に見たら彼氏彼女に見えるかもしれないけど……なにも先輩まで嘘つく必要ないだろ!

「あら、先輩……ってことは彼女さんは後輩さんですか?そういう恋愛、憧れますね〜♪」

 真子さんもなんだか頬を火照らせてるし、恋バナ的なのが好物なのだろうか。女性だし、そういうのはめっぽう構わないんだが……。

「先輩、何嘘ついてるんですか!彼女さんに悪いですよ!」

 脇腹を小突きながら小声でそう怒ると、先輩は「ごめんごめん」と微笑んでみせた。

「でも、彼女じゃない子と来てるって方がおかしいと思うんだ。ここはひとつ、僕のために演技してくれないかい?」

「え、演技……」

 元々女の子のフリはするつもりだったし、大差ないと言えば大差ないが、彼女だなんてそんな……あれ、なんで俺恥ずかしがってるんだ?

「ということは、プレゼントというのは彼女さんに?」

「はい、そうなんです。彼女に似合いそうなものってありますか?」

「ええ、もちろんです!」

 真子さんは大きく頷くと、立ち上がって店内を物色し始める。少ししてから戻ってくると、彼女の手にはいくつかのアクセサリーが握られていた。

「彼女さん、美人ですからね。どんなものでも似合うとは思うのですが、特にお似合いだと思うものを選んできました」

 真子さんによって、テーブルの上に並べられていくアクセサリー達。単体で見るとやっぱり綺麗だな。

「当店は『学生のオシャレに』をモットーとしているため、高価な宝石の類は一切使用しておりません。安い宝石とガラス装飾で本物の美しさに近づけているんです」

 彼女に説明され、自然と値札に視線が動く。鑑定士でもない未熟な俺からすれば、ダイヤもガラスも見分けがつかない。ただ、その美しさは単なるガラスには見えないほどで、値段とも釣り合っていないように思えた。

「すごいですね、これがガラスだなんて」

「ダイヤのネックレスは、女の子なら憧れますよね。でも、高価なものなので大人になっても中々手が出せません」

 確かに、小さなダイヤでも純度の高いものは目が飛び出るほどの値段で取引される。俺なんかには縁のない話だ。

「この『見せかけのアクセサリー』は気分だけでも味わってもらおうと、店長直々に選び出した最高のガラス職人さんに作ってもらっているんです」

「はぁ、なるほど……」

 その価値に目が向かない『学生』という時期であれば、このガラス細工でも十分にオシャレができる。オシャレがしたい女学生達とアクセサリーを広めたいアクセサリー店との需要と供給がしっかりと成り立っているんだな。

 ただ、このクオリティだと大人でもお金をかけないオシャレとしては、十分に利用できるんじゃないだろうか。きっと本物のダイヤとは何かが決定的に違うんだろうけど。

「よろしければ、身につけてみます?」

 真子さんの提案に、俺は一度先輩の顔を見た。彼は「してきたら?」と口パクで伝えてくる。どうしようかと迷ったが、せっかくこんな格好しているんだ。

「じゃあ、お願いします!」

 何事も経験……だろ?

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