第217話 俺は高身長先輩とデートがしたい

「いやだいやだいやだ!俺は絶対に行かないからな!」

「ダメだよっ!先輩を待たせたら悪いよ?」

「そ、そうだけど……」

「早く行ってきて!ほら、駅前で待ち合わせでしょ?今行けば数分の遅刻で済むから!」

「く、くそぉ……なんで俺がこんな目に……」



 そんなやり取りをしたのが20分程前のこと。今は先輩と待ち合わせをしている駅に到着し、後は改札を出るだけだ。

 もちろん今の格好は『黒髪ちゃん』。黒髪ロングのウイッグを被り、上は早苗から借りた半袖Tシャツに肌寒いだろうと羽織らされた長袖水色生地のカッターシャツ。小さいポーチのようなものも斜め掛けしている。


 下は少しフリルのついた膝ほどまでの白いスカートと、膝下までの黒いハイソックス。靴は俺が持っていた男女兼用のスニーカーだ。

 今日は日曜日ということで、知り合いがいたら困る。念の為帽子を被ってはいるが、やはり心配だ。

 別に俺はズボンでいいと言ったのだが、早苗のコーディネートによってこんな女の子っぽい服装に……あいつ、帰ったら覚えとけよ……。

「えっと、先輩は……」

 時間としてはもう5分遅刻している。ここまで来て帰る訳にも行かないし、既に到着しているはずの先輩を探さないといけないのだが……。

「関ヶ谷君、こっちだよ」

 キョロキョロと辺りを見回していると、後ろから声をかけられた。声の主はもちろん鷹飛先輩だ。

「すみません、お待たせして……」

 そう言いながら駆け寄ると、「ううん、全然待ってないよ」お返してくれる。なるほど、女の子がこの答えを待つ理由も分からなくは無いかもしれない。

「……」

「……どうかしました?」

 先輩はニコニコ笑顔のまま、俺の姿を足先から頭のてっぺんまで順に見て行った。どこか変なところでもあっただろうか。

「いや、可愛いなって思っただけだよ」

 そのセリフに思わず胸が跳ねる。いや、別に嬉しいわけじゃない。ただ、褒められると照れるというか……。

「そ、そんなことないですよ!慣れない服装ですし、太ももはスースーしますし……」

「それがいいんじゃないか」

 先輩はウンウンと頷きながら、「やっぱり可愛い」と呟いた。なんだか、随分と言い慣れてるような気がするな……。

「先輩、よくそんな可愛いってストレートに言えますね。もしかして、他の女の子にも言ってます?」

 からかうようにそう言ってみるが、彼はすぐに首を横に振った。

「ううん、『黒髪ちゃん』のブロマイドに向かって練習してきたからかな?」

「うっ……」

 からかうつもりが、逆に俺がダメージを受けてしまった。先輩がブロマイドに向かって「可愛い」って……想像するだけで恥ずかしいんですけど!?

「そ、そんなことより先輩!」

 俺は恥ずかしさから逃げるため、強引に会話の内容を変えることにした。

「どうしたの?関ヶ谷君」

「それです、それ!名前呼ぶのやめてください!誰かに聞かれたら、俺だってバレちゃいます……」

「ああ、そうだよね……」

 先輩は顎に手を当ててしばらく考えると、思いついたとばかりにこう言った。

「それなら、『クロちゃん』は?『黒髪ちゃん』だと少し長いからね」

「うーん、なんだかあの人の顔が浮かんでくるんですけど……」

 テレビでまあまあ見かけるあのスキンヘッドさん……あの人には悪いが、この呼ばれ方は少し嫌だな。

 俺の拒絶オーラを感じ取ってくれたのか、先輩は「じゃあ『クロ』にしようか。これなら誰にもバレないよ」と呼び方を変えてくれた。

 まあ、確かにそれなら大丈夫だな。犬の名前感も少しあるが、俺バレするよりかは遥かにいい。

「ほら、クロ……お手!」

「ちょ、調子に乗らないでください!」


 このデート、まだまだ色々起こりそうだ。



「デートと言っても、どこに行くか決まってるんですか?」

 駅前の広場を出て、歩道を歩きながら俺は先輩にそう聞いた。

「決まってるよ。エスコートは男の僕に任せて」

「俺も生物学上で男なんですけど……まあ、それならお言葉に甘えさせてもらいますね」

 女の子と2人で出かける訳でもないし、気を張る必要も無い。むしろこんな機会だからこそ、早苗や笹倉が普段どんな気持ちで俺の隣を歩いていたのかを知るチャンスかもな。

 歩道は2人並ぶのが限界ほどの広さなので、反対側から来る通行人とぶつからないよう、俺は途中から先輩の後ろを歩くことにした。

 ……それにしても背中でかいな。笹倉はともかく、早苗から見れば俺もこんな感じなのだろうか。どこか安心感があるというか、ずっとここに身を潜めていたくなる。

「クロ、大丈夫?ガードレールに擦れてスカート汚れてない?」

 道が広くなったところで、先輩はわざわざ立ち止まってそう聞いてくれる。見たところ大丈夫そうなので、「はい、大丈夫です」と頷いておいた。


「そう言えば先輩、彼女いないんですか?」

 ふと気になったことがポロリと零れた。こんなにいい人なら彼女の1人や2人……いや、倫理的に一人が限界だが、いてもおかしくないくらいの人だとは思う。

「いるよ?」

「いるのにデートしちゃうんですか?」

「まあ、クロは男の子だからね。彼女も話したら『楽しんできて!』って言ってくれたし」

 随分と寛容な彼女さんだな。ここで重要なのは『誰かとデート』より、『男とデート』という部分だと思うのだが……。

「彼女は僕の趣味を理解してくれてるんだ」

「女装男子のブロマイドを集める趣味ですか?」

「そう言われるとなんだかなぁ……。僕は女の子だと思ってたわけだし。でも、男の子だとわかってもまだファンだよ。性別はおまけみたいなものかな」

 この人はきっと善良なファンなんだろうな。そう思える言葉だった。だって、隠されていた秘密を知っても、変わらずにいてくれるのだから。

「まあ、俺にとっては性別が一番大事なところなんですけどね」

「僕にとってはクロはクロだよ。男、女、クロ……って感じかな?」

「なんですか、それ。その分け方だと、俺はどのトイレに入ればいいんですか」

 クロ専用トイレなんて、世界のどこを探しても見当たらないぞ。……てか、本当に俺はどのトイレに入ればいいんだ?

 そんなことを話しているうちに、どうやら目的地に着いたらしい。

「到着したし、試しに男子トイレに入ってみる?」

「この格好だと何か起こりそうなのでやめておきます……」

 女装男子が堂々と男子トイレに……って、そんなの明日のRINEニュースのトップを飾っちまうぞ。



「ここ、どういうところなんですか?」

 建物に足を踏み入れながら、俺は先輩にそう聞いた。

「そうだなぁ、小さなデパートって感じかな?女の子向けの店が沢山入ってるんだ」

「女の子向け?男同士でそんなところに来て、どういうつもりです?」

 俺の返しに先輩は苦笑いしながら、「クロは完璧に女の子だけどね」と言う。もしかして、俺は男1人で来れない店に来るためのカモフラージュなのだろうか。

「実は、もうすぐ僕と彼女の付き合って一年記念でね。プレゼントを買おうと思ってるんだ」

 ああ、それならカモフラージュという訳ではなさそうだな。男一人で来ていても、自然とプレゼントだろうなと言う思考になるだろうし。

「先輩ってそういうのを大事にするタイプの人なんですね」

「そうだね、大事にした方がいいと思うよ。大事な相手なら特にね」

 その声からは、この場にいない相手に向けての気持ちがしっかりと伝わってきた。こんなに愛されて、彼女さんはきっと幸せだろう。

「そんな大事なプレゼントを買うのに、俺を連れてきてよかったんですか?」

 なんだか邪魔になるような気がしてしまう。こういうのは大事な人のことだけを考えながら、じっくりと悩むに限るだろうし。

「彼女へのプレゼントを買いながら、憧れのクロとデートする。そんな贅沢を味わってみたかったんだよ」

 彼の答えに俺は思わずため息を漏らす。

「優しい彼女さんと、俺が男であった事実に感謝してくださいね……」

 俺が女だったら、先輩は普通に最低な男へと成り下がってしまうのだから。浮気、ダメ絶対。

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