第216話 俺は高身長先輩と真剣勝負がしたい
笹倉をコート外まで運び、俺はチアリーダーの服のままコートの真ん中で先輩に向き合う。
本当は保健室に連れて行くべきなのだろうが、笹倉がどうしても最後まで見届けたいと言うため、早苗に支えてもらいながらなんとか体を起こせている状態だ。
彼女のためにも、早く決着をつけてやらないと。
……だが、その前に俺は先輩の表情に目を向けた。
先程から笹倉の方を気にしているようで、動いてもいないのに汗をかいている。まさに心ここに在らずと言った感じだ。
本来の先輩の性格から考えても、先程のファールはわざとじゃない。笹倉の身体能力の高さが、先輩の判断を少し遅らせた結果だ。
何よりの証拠は、ファールが起きた瞬間の先輩の顔。今と同じく、明らかに動揺していた。わかりやすく例えるなら、うっかり猫を撥ねてしまった運転手のような顔だ。……逆に分かりづらいか。
そして直後のロングシュートだが、あれも動揺が招いた行動だろう。
副キャプテン曰く、鷹飛先輩は『フェアプレーの鷹飛』と言われるほどのフェアプレイヤー。大きなファールは一度も起こしたことがないんだとか。
言わばゴールド免許の運転手が、ある日突然事故を起こしてしまったのと同じ状況だ。つまり、パニックにならないはずがない。
おまけに相手の笹倉は動かなかった。焦りに加えて恐怖までのしかかってくれば、ファール直後に目の前に転がってきたボールをゴールへ投げるという奇行に走っても、何ら不思議ではないだろう。
もちろんこの推理には俺の主観がたっぷり入っている。ただ、あながち間違いではないと思えた。
あのロングシュートがネットを揺らした瞬間、先輩は目を見開いていた。俺の記憶にある確かなその事実が、ゴールを実力で決めたのではないことを示してくれているのだ。
要するに、偶然入っちゃった……ということ。傍から見ればファール行為をしてまで勝ちに縋りついた悪い奴ではあるが、先輩にとっても不幸が重なっただけなのだ。
事実はどうか分からないが、俺の中では今のところそれが事実。だから、先輩に向かって怒鳴ったりするような気持ちにはなれなかった。
俺はただ、笹倉が積み重ねたこの『4点』を無駄にしたくない一心で、この勝負を引き継いだのだ。
俺はファールが起きた地点で審判からボールを受け取ると、試合再開と同時に先輩に向かってボールを投げつける。
ぼーっとしていた彼だが、さすがの反射神経でしっかりとボールを受け止めた。
もちろん復讐だとかそういうものじゃない。一度受け止めないと、先輩はもう一度前に進めないのだ。
「悪いと思ってるなら真剣にやれよ!」
この際、敬語なんてどうでもいい。ただ、思ってることを全て吐き出してやりたかった。
「怪我させてごめん、ずるいことしてごめん。その気持ちはプレーで示せ!」
俺の言葉に、先輩はボールを抱えたまま右、左と後ずさる。
「笹倉が本気で向き合って奪った4点を……罪悪感なんかで無駄にするなっ!」
バン!とコートに右足を叩きつけると、先輩は俯きながらもう一歩下がった。バスケのルール上、もう下がれない。受け止めたボールを、その事実とともに動かさなければ……。
「そうだね、僕が間違ってたよ……」
先輩はそう言って顔を上げた。もうそこにトラベリングする気配はない。1%の罪悪感と、99%の前向きなポテンシャルで瞳を輝かせていた。
「僕はこの試合を全力でやり遂げる!」
「はい!俺も全力で抗いますから!」
そうだ、勝負事はこうでなくちゃいけない。コートでは年齢も性別も、好きも嫌いも関係ない。ただひたむきに相手と全力でぶつかり合う、それがスポーツなのだから。
「じゃあ、関ヶ谷君……いくよっ!」
「ばっちこい!…………って、名前呼ばないでください!」
「本当に申し訳なかった!」
「別にわざとじゃないならいいんです、もう気にしないでください」
試合終了後、先輩はしっかりと笹倉に謝り、運良く打撲程度で済んだ彼女も、ちゃんと先輩を許してあげた。
「まあ、もちろん傷が残るようでしたら、相応の代償は払ってもらいますけどね」
こうは言っているが、顔は笑ってるから大丈夫だろう。
……ん?試合の結果?わかり切ったことを聞くんだな。ラノベやアニメだと、こういう雰囲気になった時の主人公ってすごい力を発揮するだろ?火事場の馬鹿力的な。
まあ、ここは現実なのでそんなことが起きるはずもなく、なんとか善戦はしたものの、最後はあっさりとシュートを決められて敗北した。
つまり、勝利報酬である『黒髪ちゃん』もとい俺とのデート権は鷹飛先輩のものになったわけだ。
この格好でバスケをするのも(主にジャンプする度にスカートがめくれるから)恥ずかしかったのに、公道を女装して歩くなんて……。
いや、むりむりむりむり!恥ずか死ぬよ!顔から火が出るどころか、自分から体に火をつけたくなっちゃうよ!
そんな話を易々と受け入れる訳には行かない。こうなったらこっそりと更衣室に逃げよう。そう思って足音を立てないようにゆっくりと歩き出したのだが……。
「あら〜?鷹飛先輩の一日彼女さんが逃げようとしてるわね〜?」
まさに『ギクッ!?』だ。襟首を掴まれ、強引に話の輪に引き戻されてしまった。
「さ、笹倉は嫌じゃないのか?俺が先輩とデートすること……」
「まあ、男同士なら大丈夫だと思うもの。最悪、碧斗くんの貞操観念が変わってしまうかもしれないけど……」
いや、それ全然大丈夫じゃねぇだろ!そう突っ込もうとするが、それは先輩の言葉でかき消された。
「でも、あんな勝ち方で本当に報酬を貰って良かったのかい?」
俺は心の中で『そーだそーだ!』と声を上げる。先輩が辞退してくれれば、俺は救われるのだ。頼む、諦めてくれ!
「先輩、もうその件は許したじゃないですか。過去のことをずっと引きずるなんて、男らしくないですよ?」
さ、笹倉ぁぁぁぁぁ!なんてこと言うんだ、お前は!そんなこと言ったら先輩がその気に―――――――――――。
「そう言ってくれると助かるよ、ありがとう!」
―――――――なっちゃったよ。
「まあ、どうせ私は明日は安静にしないといけないですし。その代わり、女装した碧斗くんの写真、たくさんお願いしますね♪」
「取引か、それなら大分気が楽になるよ。たくさん撮ってくるから、楽しみにしていてくれ!」
笹倉も先輩も、どうして俺の意思を尊重してくれないんだ……。俺はこんなにも女装デートを嫌がっていると言うのに。俺を困らせてそんなに楽しいかっ!
まあ、俺が直々に敗北した以上、何を言っても無駄だとは思うけど……。
「笹倉さん!先輩!ダメですよ!」
そんな俺の心情を察してか、今まで黙っていた早苗が立ち上がってくれた。やっぱり持つべきものは幼馴染だよな!早苗、ビシッと言ってやれ!
「私にもちゃんと写真くださいよ?2人だけなんてダメです!」
「そっちかい!」
地団駄を踏むってのは、まさに今の俺の事なんだろうな。『先輩とデートする』というのは確定事項らしい。どう足掻いてももはや無駄だ。
「やっぱり関ヶ谷君を誘って正解だったよ!明日はどこに行こうか♪」
今からウキウキな先輩を横目に、俺は深いため息をついた。こうなったら千鶴に助けてもらおう。こういう時にどうするのが一番いいのか、彼なら何か知っているはずだ。
『そういう時は、女の子になりきるんだよ』
……何の解決にもならなかった。
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