第207話 俺は金髪ギャルさんに特別を伝えたい

「唯奈さん、ちょっといいですか?」

 そう言って俺は、放課後に唯奈を呼び出した。他の人に話の内容が聞かれないように、念の為空き教室まで移動し、部屋の中央で話を始める。

 話題はもちろん、先日の彼女からの質問についてだ。

「俺、あれから千鶴に相談して考えたんです」

 俺がそう言うと、彼女も内容を察したらしく、「なるほどなるほど……」と頷いた。

「なんだ、告白でもされるのかと思ったよ〜♪」

「んなわけないでしょ」

「その言い方は少し傷つくけど……まあ、親友の彼氏を奪う趣味はないからいっかな〜♪」

 ケラケラと笑う彼女。そこからこの前のような真剣さは伝わってこないが……。

「実はね、あれから私も考えたんだよね〜♪」

「何かわかったんですか?」

 俺がそう聞き返すと、彼女は小さく頷いて見せる。

「聞かせてもらえますか?」

「りょーかい!その後であおっちのも聞かせてね〜♪」

 唯奈はそこまで言うと、一度切り替えるようにコホンと咳払いをした。そして、ひとつ深呼吸をしてから、落ち着いた口調で話し始める。

「私、特別じゃなきゃ好きじゃないのかって聞いたよね」

 彼女の言葉に俺は「その通り」という意味を込めて頷く。

「でもさ、思っちゃったんだよね。もしかしたら特別って、私が思ってるより低いところにあるのかな……って」

「低いところ……?」

 俺の問い返しに彼女は小さく頷く。

「ほら、私中学の時に死にたいって思ってたって話はしたでしょ?あの時あおっちに助けられて……。要するに、私にとってあおっちは特別な存在なわけだ」

「まあ、俺の知らないところで助かってたんですけどね」

「それでも助けられたんだから、私にとってあおっちは命の恩人だよ」

 唯奈はそう言うと、真剣気味だった表情に少しだけ微笑みを加えた。助けられた側がそう言ってくれるなら、俺も悪い気はしないけど。

「そんな特別な存在と、普通に会話している私。ほら、特別って意外と身近じゃない?」

「言われてみればそうですね……」

 俺にとっても笹倉や早苗はすごく身近な存在だしな。特別って結構近くにあるものなのかもしれない。

「だからさ、特別特別って言っても、そんなに深く考えることじゃないのか……なんて思っちゃったんだよね♪」

 よく分からないが、「ぶいっ!」とピースサインを送ってくる唯奈。意外なことに、彼女の中だけで悩みが解決してしまっていた……。

「これ、俺が話す必要あります?もうスッキリしたんじゃ……」

 そう言ってみるも、唯奈は首を横に振る。話せということらしい。まあ、せっかく俺も悩んできたんだし、発表くらいはしておくか。

「えっと……唯奈さんの話の中で、俺が他人から命の恩人になったように、特別な感情というのは成長するものなんですよ」

「うんうん♪」

 俺の言葉一つ一つに彼女はあいずちを打ってくれる。その朗らかな笑顔が、なぜか鼻についた。

「要するに、友達から恋人になる可能性も十分にあるわけで……」

「うんうん♪」

「今は好きじゃなくても……」

「うんうん♪」

「いつかは特別に……」

「うんうん♪」

「なるんじゃ……」

「うんう――――――――」

「『うんうん』ばっかりうるさいですよ!!!」

 ずっと我慢していたが、ついに限界が来てしまった。この人、絶対に真面目に聞いてないだろ。

 現に怒られた側である唯奈は、「あちゃー!あおっち危機一髪〜♪」なんて言ってヘラヘラしているし。

「はぁ……。とにかく、人の気持ちは変化するものなので、心配する必要はないってことですよ」

 投げやりにそう伝えると、唯奈はまたケラケラと笑い始めた。悩みすぎておかしくなったのだろうか。

 俺が変な人を見るような目で見ていることに気がついた彼女は、なんとか笑いを堪えて言葉を発する。

「こほんこほん……いやぁ、しっけいしっけい。前にあやっち聞いた時も似たようなこと言ってたなとおもってね〜♪」

 ……これはバカにされてるのか?それとも褒められてるのか?まあ、笹倉と似てると言われて嫌な気はしない……というか、むしろ嬉しいまであるけど。

「まあ、確かにあおっちの言う通り、デートした彼も初めましての時よりかは仲良くなったかもしれないね〜♪」

 唯奈は「確かに確かに♪」と頷くと、その場で思いっきり伸びをした。

「ん〜悩みが解決してスッキリした〜♪肩の荷が下りるってこういう感じだったんだね〜♪」

「肩に荷が乗ってたのは俺の方ですけどね」

「そういうことは気にしない気にしないっ♪」

 唯奈は扉を開けてこちらを振り返ると。

「あおっちも早く戻らないと、2人で何してたんだって疑われちゃうぞ〜♪」

 弾んだ声でそう言って、空き教室を出ていった。が、すぐに戻ってくると、俺の耳元に口を寄せ……。

「悩んでくれてありがとうね♪お礼に、私の黒髪時代の写真、あげよっか♪」

 小声でそう囁いた。耳のくすぐったさと、ほんの少しの興味心に頷きそうになるが、そこをなんとか堪えて、俺は首を横に振る。

「それより笹倉の水着姿の写真の方が、俺は欲しいですね」

 自分に出来る精一杯の爽やかスマイルと共に、親指をグッと立てて見せた。


 こうして唯奈の悩みは解決した。その日の夜、唯奈から高一の時の笹倉の水着写真が大量に送信されてきたことは、本人にすら秘密だ。

 まあ、これでようやく一難去ったというわけだな。あえてこんな意味深な言い方をしているのは、もちろんそう簡単に何事もない平穏パートに戻れるわけがなかったからで……。


「……え、結婚!?」


 一難去ってまた一難。俺の元へ、また災難が振りかかろうとしていた。




 一方その頃、オカルト研究会部室では。

「魅音、今月の新聞はもう出来上がった?」

「はい!こちらです!」

 黒い魔女帽子を被った魅音と、黒い烏帽子を被った結城が今月のオカルト新聞について話をしていた。

 結城は偉そうに椅子に座りがら、編集長気分で魅音の差し出した新聞(下書き)に目を通す。そして満足そうに頷くと、それを机の引き出しへと仕舞った。

「完璧だ、今月はこれで行こう」

「ありがとうございます!」

 ……と、お遊びはここまでにして。魅音は部室にやってきた時から気になっていたことを、今になってようやく聞いてみることにした。

「結城先輩、どうして烏帽子なんですか?」

 ここは新聞部ではなく、一応オカルト研究会だ。だから、雰囲気を大事にして部室では魔女帽子を被る。そうつい3日前に決めた張本人であるはずなのに……。

 そんな魅音の質問に結城は、スポッと烏帽子を脱ぐとそれを机の上に置いた。そして……。

「魔女帽子、風に飛ばされて無くしちゃった♪」

 そう言って照れたように笑う。

 全く、この先輩はいつもおっちょこちょいで放っておけない……。

 魅音は心の中で苦笑いしながらも、自分の魔女帽子を脱いで、結城の頭に乗せた。

「先輩はやっぱりこっちですね」

「み、魅音……いつの間にかいい子に育って……」

「もう、泣かないでくださいよ〜!」

 2人だけのオカルト研究会の部室は、今日も仲睦まじい温かな空気で満ちている。

「じゃあ、魅音は代わりに烏帽子ね」

「え、遠慮しときます……」

 だが、ついに『2人だけ』を破る存在が現れようとしていることに、まだ誰も気がついていなかった。


 ガラッ!


「しっつれ〜い♪結城 りんご部長はいらっしゃいますか〜?入部届を持ってきましたぁ〜!」

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