第208話 俺はB級映画が観たい
これは唯奈の悩みが解決した翌日の夜のこと。
寝る前に録画していたホラー映画を見ようと、俺はウトウトしている葵と一緒にソファーに腰掛けた。
リモコンを操作して録画一覧を開き、お目当ての番組を再生。時間にして1時間程度だし、終わる頃にはいい眠気に包まれている頃じゃないだろうか。
内容もホラー全開ではなく、少しのコメディとストーリー重視のB級映画だと聞いているしな。
少しでも雰囲気を出そうと暗くした部屋の中で、画面に映る『西宝』の文字が明るく輝いた。映画が始まるみたいだ。
俺はポップコーン代わりに皿に盛ったぶどうグミを口に運びながら、暗転した画面を眺める。
次に映ったのは、薄気味悪い学校の廊下だった。
『もうやめようよ……僕、嫌な予感してきた……』
主人公の声だろうか。一人称視点のせいで、誰が話してるのかよく分からない。ただ、主人公が弱気なことだけはわかった。
『何言ってるの、今更帰るは無しよ。男ならシャキッとしなさい』
あー、ホラー系だと強気な女子ってのも欠かせないよな。こういうキャラが怯えるところ、地味に好きだったりする。ギャップ萌え?いいえ、ざまあ萌え。
『ワタシ、ニホンのホラー、スゴクちゅきデース!』
うわ、急に外国人入ってきたよ。語尾に3割くらいのペガ〇ス入ってるのがイラッとくるな。
『チナミに遊〇王もちゅきデース!BravoBravo!』
あ、意識してたのか。それならまあいいや。てか、ブラボーの発音めっちゃいいな。さすがは本場だ。
場面は廊下からトイレ前に移り、3人がなにやら会話をしている。
『ポールはコッチのトイレを探索しマース。ふたりはソッチをオネガイしマース!』
外国人はそう言うと、左側のトイレへと入ろうとする。……が、その襟首を女子が掴んで引き止めた。
「あんた……何平然と女子トイレに入ろうとしてるのよ!」
「oh......アイナ、ソウイウつもりジャないデース……。近いトコロを選ンダだけデース!」
「嘘つくな!この金髪エロガッパ!」
女子はそう言うと、外国人の足を掴んでブンブンと振り回す。ジャイアントスイングってやつだろうか。
そのまま投げ飛ばされた外国人は、天井を突き破ってどこかへ飛んでいってしまった。これが『少しのコメディ』なのだろうか。そうだとしたら、まだホラー要素が見当たらないのだが……。
てかこいつらの名前、ポールとあいななんだな。紹介されてないから今知ったぞ。もっと分かりやすくしとけ。
『ポール、行っちゃったわね……』
『何哀愁漂わせてるの?愛菜ちゃんがやったんだよ?』
主人公、その通りだ。お前はまともみたいで良かった。全員おかしな奴だったら、驚かせる側のお化けも泣くだろうからな。
『それじゃ、僕はこっちを――――――――』
『そっちは女子トイレだけど?』
『…………やめておきます』
やっぱり主人公も馬鹿だった。目の前でポールが消されたと言うのに、もう一度女子トイレに入ろうと試みる、その勇気だけは立派だとは思うけどな。
ただ、お前までポールの二の舞になったら、登場人物が1人だけになるからやめて欲しい。
結局、普通にトイレを探索し、お化けに会うことも無く廊下へと戻ってきた2人。少しして、場面は音楽室へと移った。
扉を開けて中に入ると、カバーをかけられた黒いピアノが視界に映る。……あれ、この風景どこかで見たことがあるような……。
主人公たちはピアノに近付き、品定めするようにじっくりと眺める。
『私、ピアノを習ってたのよ。だから、こういうピアノも弾けるのよ?』
『へぇ……』
突然の愛菜の自慢に、主人公は素っ気ない返事をした。それにイラッとしたのか、彼女は不満そうな顔をすると、椅子に座ってピアノを弾いてみせようとする。……が、その瞬間。
『触らないで!』
どこからともなく、少女の怒鳴り声が聞こえてきた。驚いた愛菜は転げ落ちるように椅子から離れる。
『だ、誰!?』
主人公がそう聞くと、少女の声は答えた。
『わ、私……昔この辺りで事故に……』
『そんなこと知らないわよ。ピアノにまとわりついてる暇があるなら、さっさと成仏しなさい』
『え、えぇ……』
少女の声を遮るように割り込んできた愛菜の毒舌に、少女が押されてしまっている。
『待って、そんなシナリオ聞いてないんだけど……』
……シナリオ?お化けが絶対に言っちゃダメなやつだろ。
そんなことを思っていると、ピアノのカバーの下から見覚えのある人物が顔を出した。
『って、あおっちじゃないじゃん!2人とも、誰?』
唯奈だ……。あいつ、いつの間に映画デビューしてたんだ?
『何カメラ回してるの〜?もうすぐ七不思議探しに来るから、帰った帰った〜!』
唯奈はそう言って2人を追い返す。今、『七不思議探し』って言ったよな?もしかして……というか、もはや確信に近いんだが、この撮影場所って俺の学校か?
いやいや、それよりもっと重要なのは唯奈がいることだよな。まさかだがこの撮影日って、俺達がオカルト研究会のために七不思議を探そうと学校に忍び込んだあの日なのか……?
『ん?あなた達、この学校の生徒じゃないわね?生徒指導室にきなさい』
『あ、ちょ、これはちがくて……』
間違いない、生徒指導室に連れていく薫先生まで出てきたんだから。この頃はまだ怖い先生だと思ってたんだよな。懐かしい話だ……。
あれ、でも生徒指導室には俺達以外に人はいなかったよな。なら、こいつらはいつの間に帰ったんだ?
そんな疑問を抱いたのとほぼ同時に、画面から『ぎゃぁぁぁぁぁ!』という叫び声が聞こえてきた。
『な、なに!?』
薫先生が慌てて辺りを見回すも、声の主が見つからない。……当然だ。
だって、声の主は上から降ってきていたのだから。
ドーン!という凄まじい音と共に天井を突き破って落ちてきたのは外国人……いや、ポールだ!
彼の落下地点には薫先生が立っており、彼女はポールを避けるために捕まえていた2人の手を離してしまった。
落下の衝撃で瀕死になったポールを気遣いつつ、力を合わせて担ぎ、その場から逃げ出す主人公と愛菜。
『ま、待ちなさい!逃がすわけ…………って、あなたこの学校の生徒ね!生徒指導室に来なさい!』
『ま、待って!あおっち達のために働かないといけないのに……ああ〜!』
主人公が振り返った瞬間の視界には、薫先生に連行される唯奈の姿がはっきりと映っていた。
『結局、生きた人間がいちばん怖かったね』
『ええ、そうね』
2人のしんみりとしたセリフと共に、画面には『TheEND』と言う文字が流れてくる。暗転した画面に次に光が戻った時には、ダイエットグッズのCMが始まっていた。
「…………え、終わり?」
思わずそう呟いてしまう。なんだかスッキリしない終わり方だ。
唯奈や薫先生が出ているのも予想外だったが、一番意外だったのは一度もお化けが出てこなかったことだな。
少しのコメディどころか、コメディでしか無かったぞ。むしろ、ストーリーもホラーも微塵もなかったし。
「B級映画ってこんなもんなのか?」
この一言で済ませられる自分も恐ろしいとは思うけど。
でも、ポールが開けた天井の穴は誰が治したんだろうな。音楽室の前でそんな穴は見なかったぞ。ポールの存在だけが、どこが2次元地味てるんだよなぁ……。
「まあ、いいか!」
俺はそう自分を納得させながら最後のぶどうグミを口に放り込み、皿を流しへと運ぶ。それから歯磨きをして、「すぅ……すぅ……」と寝息を立てている葵を寝室へと運んでから、早苗の部屋へと上がった。
時刻は12時を少し過ぎた頃。画面を見続けて溜まった目の疲労が、いい感じに眠気を誘ってくれる。
「おやすみ」
既に眠っている早苗にそう囁いてから、俺は心地良さに身を委ねるように目を閉じた。
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