第206話 俺は(男)友達からアドバイスされたい
「特別じゃなきゃ、好きじゃない……」
翌日になっても、唯奈の言葉が俺の頭から離れようとしなかった。夢にまで出てくるほど悩んだと言うのに、まだ答えは出ていない。
俺にとっては確かに『好き』という恋愛感情は特別な人に向けるものだ。でも、唯奈の言っていたように『誰かを好きになったことがない人』にとってはそれが分からないわけで……。
「さっきから何ブツブツ言ってるんだ?」
俺の隣に座る千鶴がつまらなさそうに俺の脇腹をつついてきた。
「ゲーム中はゲームにだけ集中しろよ〜」
「悪い悪い、考え事してたんだよ」
そうだ、今は千鶴の家でゲームをしているところだった。そしてこれは負けられない一戦。負けた方が女装するというルールなのだ。まあ、勝手に千鶴が決めただけなんだけど。
「てか、このルールだとお前は勝っても負けても損しないよな」
俺が「不公平だ!」とばかりにそう呟くと、彼はニヤッと笑う。
「このルールで了承したのはお前だろ?今更文句はなしだ」
「ぐっ……」
考え事で頭がいっぱいだった間に、なぜか了承したことになってたんだよな。やっぱり人の話は適当に頷くもんじゃないってことか……。
「なら勝てばいいだけの話だ」
俺はコントローラーを握り直すと、まっすぐ画面を見つめる。
「お?やっとやる気出したな。なら、俺もここから本気モードで行くぞ」
千鶴はそう言ってポーズ画面にしていたゲームを再開する。同時にリスタートのカウントダウンが始まり―――――――――――――。
「まあ、俺の勝ちなんだけどな」
残り1秒だった試合は、千鶴の優勢からひっくり返ることなく終わりを迎えた。
「……へ?」
「くっそぉ……なんで俺がこんな……」
あれからもちろん抗議はした。あの会話の流れは、これから後半戦だ!という時にするものであって、試合時間残り1秒でやるものでは無いだろうと。
だが、千鶴は「集中していなかったお前が悪い」の一点張りで、結局は強制的に着替えさせられてしまった。
こいつ、細身のくせになんで俺より力強いんだよ……。
「うんうん、すごく似合ってるぞ〜♪」
千鶴は満足そうに、先程から女子生徒用制服姿の俺の写真をパシャパシャと撮り続けている。これ、撮られる度に慣れるかと思いきや、逆に恥ずかしさが増すパターンのやつだ……。
「って、おい!さ、さすがにその角度はダメだろ!」
ふと気がつくと、千鶴がやたら下からカメラを向けていた。俺は慌ててスカートの裾を押さえる。
「あ、その格好もいいな!」
パシャッ。また撮影音が部屋に響いた。何しても喜ばれるって、こんなにも疲れるのか……。
俺はため息をつくと同時に、背後にあったベッドへと倒れ込む。
「ちょっと休ませてくれ……」
溜まっていた疲れが、体や心からベッドへと吸い取られるように抜けていく。ただ、やっぱり唯奈のことだけは消えてくれない、消えてはいけないわけで。
「なぁ、千鶴」
「ん?どうした?」
カメラのレンズを丁寧に拭いている彼に、俺は聞いてみることにした。
「特別じゃないってのは、好きじゃないとイコールなのか?」
「急にどうした?」
やっぱりこういう反応になるか。
「いや、ちょっと気になってな」
「それがさっきから言ってる『考え事』か?」
千鶴の問い返しに俺は頷いて見せた。すると、彼は顎に手を当てて考え始める。真剣に悩んでくれるらしい。
「碧斗の言う特別や好きが何に向けてなのかは分からないが……」
千鶴はそこまで言うと、先程までプレイしていたゲームのカセットを手に取って見せてくる。
「このゲーム、面白いだろ?」
「あ、ああ……」
急な質問に俺はぎこちなく返事をした。
「でもな、1人でプレイすると全然面白くないんだよな。CPが弱すぎて相手にならない。つまり、お前とプレイするから面白くなるんだ」
千鶴は満面の笑みでこちらを指差してくる。
「確かにそうだが……それと特別とになんの関係があるんだ?」
俺がそう聞き返すと、彼は得意そうに胸を張った。
「その面白さが、特別ってことなんじゃないのか?」
千鶴の言葉に俺は思わず首を傾げる。ちょっとやそっとでは呑み込めそうにないな……。
そんな俺の心情を察してくれたのか、彼はもう一度言い直してくれた。
「だから……2人じゃないと作れないものなんだよ、特別ってのは」
「ああ、なるほど!」
俺の反応に「やっとか……」と苦笑いを浮かべる千鶴。察しが悪くて悪かったな!
「そして都合のいいことに、俺にとってお前は特別な存在だ」
彼はそう言うと、寝転ぶ俺の隣へ腰掛けた。
「初めは単なるクラスメイト。少し前は特別な友達。そして今は、好きな人だ」
照れくさいのか顔はこちらを向けず、反対側の壁を見つめながら呟くようにそう言う千鶴。
「特別ってのは、時間をかけて成長するもんなんだ。今は特別と好きが『≠』かもしれないが、いつか『=』になる日が来るんじゃないか?」
「千鶴……」
そうだよな、感情ってのは変化するもんだ。今はそうじゃなくても、明日には好きになっているかもしれない。
どうなるか分からないからこそ、2人で過ごす時間という過程が特別な思い出になるんだ。
「千鶴、ありがとうな!ようやく答えがわかった!」
「それなら良かった……というわけで〜♪」
「……え?」
千鶴はニヤリと笑うと、体を反転させて俺の腰へと乗っかってきた。そして両腕を掴むとグッと体重をかけて押さえつけてくる。
「碧斗も俺と特別な思い出、作ろうな♪」
耳元でそう囁かれ、背筋がゾクッとする。これは絶対にヤバい状況だ……。
「千鶴、お前は本当に――――――――」
最後までイケメンでいてくれないな。その言葉は、俺のため息に交じってどこかへ消えた。
「……それで?他になにか言い残したことは?」
千鶴に襲われてから30分後のこと。俺はカーテンも閉め切った真っ暗な早苗の部屋で、唯一の明かりであるライトに正面から顔を照らされながら、笹倉刑事と早苗刑事から尋問されていた。
「だ、だから!誤解なんだって!俺はこんな格好をしたくてしてた訳じゃ……」
そう、俺はまだ女子生徒用制服を着たままなのだ。千鶴の目が本気なことを察した俺は、必死の抵抗で彼の押さえつけから逃れることに成功。服を着替える余裕もなく、そのまま部屋を飛び出してきたというわけだ。
もちろんこんな格好で帰れば、色々と言われることは予想出来ていた。でも、早苗だけなら何とかなると思ったのだ。ちゃんと説明すれば納得してくれると……。
「そんな格好したくない人は、そんな格好で外になんて出られないわよっ!」
まさか偶然にも笹倉が来ていたなんて思いもしなかった。バンッ!と机を叩く音に、俺の背筋がピキっと凍る。
笹倉はそんな俺の首元のリボンを掴むとグイッと引き寄せ、額同士をくっつけた。ぶつかった衝撃でヒリヒリと痛むが、ここで引いたら俺は女装したがっていたと認めることになる。何としても誤解をとかなければ……。
「だ、だから……千鶴に無理矢理着せられたんだって!それで襲われそうになって……お、俺は悪くないっ!」
そう伝えた瞬間、2人の目の色が変わった。
「……千鶴くんに?」
「そ、そうだ!勝負に負けたからって強制的に……」
バンッ!ともう一度机を叩く音が部屋に響く。
「彼はついに一線を超えたわね。まだ可愛いものだと見逃していてあげたというのに……」
「あおくんを女装させていいのは、私たちだけなんだから!」
あれ、怒りの標的が変わった?てか、俺としてはお前たちにも女装はさせられたくないんだが……。
「小森さん、乗り込むわよ!」
「らじゃー!」
2人は目を合わせて頷き合うと、俺を放置して部屋を飛び出していった。俺、大変なことを口にしちゃったんじゃ……。
その後、ボコボコにされたペンギンのスタンプが千鶴から送られてくるまで、そう時間はかからなかった。
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