第205話 金髪ギャルさんは散歩したい
早苗が泣き止んでから、俺たちは帰路に着いた。犬カフェに着いた時間が早かったこともあって、時刻は3時過ぎ。まだ空も青い。
「こんな天気のいい日には、外で遊びたくなるよな」
「ええ……私は家の中でゴロゴロしたいな……」
そう言って眩しそうに空を見上げる早苗。正直、俺も家の中の方が好きだ。明るい話題をと思って言ってみたのだが、明るいの趣向が違ったらしい。
というか、ダイエットの話はどうしたんだ。さてはこいつ、する気無いな?
「ゴロゴロするくらいなら、茜たちと遊んでやれよ」
「わかったよぉ……。また失敗する度にあおくんのいい所を言っていく神経衰弱でもしよっかな」
……なにそれ、恥ずかしい。悪い所言われるのも傷つくけど、いい所言われるのもそれはそれで痛むものがあるな。
てか、『また』って前回はいつだよ。そのイベント知らねぇぞ?
「なら、俺も参加して早苗のいい所を言うルールに変えるか」
「悪い所ならいいよ?」
「ドMか」
なんにせよ、早苗がいつも通りに戻ってくれてよかった。俺は胸をなでおろしつつ歩を進め、少しして小森家の前まで帰ってくる。
「……ん?」
玄関の扉を開けた時に俺はふと、いつもは置かれていない靴があることに気がつく。お客さんだろうか。リビングの方からも話し声が聞こえてきていた。
早苗と共に家に上がり、リビングのドアを開いて中を覗き込む。するとそこには……。
「唯奈さん!?どうしてここに?」
唯奈がソファーに座りながら、茜たちと戯れているという光景が拡がっていた。彼女は俺たちに気がつくと、明るい笑顔で手を振ってくる。
「散歩がてら、ちょっと寄ってみたんだよ〜♪」
「散歩って、あの子犬のですか?」
近付きながらそう聞くと、彼女は「あの子犬じゃなくて、ましゅまろ!」と少し顔をしかめた。彼女はそういう所を気にするタイプらしい。気をつけておこう。
「あ、でもね〜♪実はもう一匹飼うことにしたんだよね〜♪」
「もう一匹?」
俺が聞き返すと彼女は大きく頷いて、ソファーの裏に隠れていた子犬を抱き上げて見せた。
「さなえっち、この子に見覚えない?」
「え?見覚えなんて―――――――っ!?」
その瞬間、明らかに早苗の瞳の黒い部分が広がった。だって、その柴犬のつけている首輪に、はっきりと『サナエ』と書かれていたから。
柴犬は初めは怯えていたものの、目の前の人物が誰なのかを理解した途端、唯奈の手を振りほどいて早苗へと飛びついた。
「サナエ……なの……?」
柴犬は早苗の鼻をぺろぺろと舐め、『ボクだよ!』と必死に自分の存在を彼女へと示す。その行動も名前も、なにより先端の少し欠けた右耳が、その柴犬が何者なのかを教えてくれた。
「サナエ……会いたかったよぉ……!」
2人の感動の再会に、俺は思わず目からいろ○すが降り落ちた。な、涙じゃねぇし……。
「それにしても、よく早苗が名付けたって分かりましたね」
俺はイスに座りながら、向かい側に腰掛けた唯奈へと話しかける。
「店員さんに言われたんだよね、『可愛らしい茶髪の女の子が自分の名前をプレゼントした』って。この辺りで可愛らしい茶髪のサナエちゃんなんて、さなえっちしかいないっしょ♪」
「た、確かに……」
言われてみればすごく単純な推理だったんだな。店員さんが言っていた『黒い子犬』というのはましゅまろの事だったわけだし。
「初めはましゅまろを遊ばせてあげようと思って連れていったんだけど、サナエがやたらましゅまろに懐いちゃって……」
そういえばそんなことも言っていたな。サナエの方が一目惚れしたとか何とか……。
「ましゅまろの名前、『あおと』に変えようか悩んだくらいだよ〜♪」
「なんでこっちに寄せようとしてるんですか……」
俺の名前をプレゼントなんて、ましゅまろが可哀想すぎるだろ。
「ましゅまろ、サナエが近付くとそっぽ向くくせに、しばらくすると自分から寄っていくんだよね〜♪それがすごく可愛くてね〜♪」
「……」
なんだか、4月頃の俺の話を聞いてるみたいだ。笹倉にお近付きになりたいからと、甘えてくる早苗を突き放していた記憶が……。
「どうかした?」
「い、いや、なんでもないです……」
ダメだ、この話題だと俺が流れ弾をくらってしまう。なにか別の話題を持ってこないと……。
そう頭を回転させていると、意外にも唯奈から話を切りかえてくれた。
「私、ましゅまろとサナエを見てて、思ったことがあるんだよね」
いつものような軽いトーンではなく、真剣だと伝わってくるような話し方。こういう時の唯奈の話は、確実に重要事項だ。
「何を思ったんですか?」
俺がそう聞き返すと、彼女はソファーのうえで戯れている早苗たちを眺めながらため息をついた。
「誰かを好きになるって、人間の特権じゃないんだな……って」
「どうしたんですか、いきなり」
ポエムを聞かされているのかと思うくらい、普段の唯奈とはかけ離れた詩的なセリフ。彼女に何かあったということくらい、俺にでもわかるぞ。
「私ね、昨日デートに誘われたんだよね。それで行ってきた」
「デート?相手は彼氏さんですか?」
「彼氏なんていないよ。単に誘われて行っただけ」
この言い方、男側の片思いなのだろうか。唯奈からはそういう感情を一切感じないしな。
「デートすれば何か動くかなって思ってたんだけど、やっぱり普通の友達って感じだった……」
「相手、そんなに悪いやつだったんですか?」
俺の質問に彼女は首を横に振る。
「ううん、むしろいい人すぎて私にはもったいないくらいだったよ」
「ならどうして……」
俺の問い返しに彼女は、少しだけ視線を下げた。そして、それ以上は話したくないとばかりに話題を変える。
「……あおっちはさ、好きな人と過ごす時間は特別なの?」
「ええ、もちろん特別ですよ?」
そりゃ、好きな人となら他の人と違ってずっと一緒にいたいと思うしな。会えない時間もそれはそれで大事だとは思うけど。
「じゃあさ、特別に感じないってことは、好きじゃないってことなのかな?」
「……」
確かに俺の言葉を逆転させれば、その原理はあっていることになる。でも、自分の中で『そうじゃない』という不確かな反抗心が揺れていて、その場で首を縦に振ることも、横に振ることも出来なかった。
「……少し考えさせてください。俺なりの答えを伝えますから」
これは軽い気持ちやその場の思いつきで答えていいものじゃない。俺の本能的な何かがそう告げていた。
「ゆっくり考えてくれていいからね」
唯奈はそう言って立ち上がると、打って変わったような笑顔で、ソファーの方へと駆け寄っていく。
「特別じゃなきゃ、好きじゃない……か」
唯奈の言葉を何度も口の中で反復したけれど、その日は結局答えを出せなかった。
「じゃあ、またサナエに会いに遊びに来てね〜♪」
そう言って帰っていく唯奈を見送り、リビングへと戻る。それからソファーの上で満足そうな表情を見せる早苗の隣へと腰掛けた。
「なあ、早苗」
「なぁに?」
「お前にとって俺は、特別なのか?」
突然の質問に、彼女は首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと気になってな」
唯奈があの場で俺だけに話したことを考えれば、あまり広まって欲しくないと思っていることは容易に想像がついた。だから、早苗にも唯奈のことは伝えたくなかったのだ。
彼女はそれを察してくれたのか、それとも思ったままに言葉を発したのかは分からないが……。
「特別だよ!すっごく!」
満面の笑みでそう答えてくれた。
「そうか、ありがとうな」
「えへへ♪」
やっぱり、特別じゃない=好きじゃないの方程式は成り立つのだろうか……。
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