第197話 俺は祝日を勘違いしたい
「あおくん、何してるの?」
朝、リビングで制服に着替えていると、まだパジャマ姿の早苗が目を擦りながらそう聞いてきた。
「何って学校に行く準備だ。お前も早く着替えろよ」
ネクタイを着けながらそう言うと、何故か彼女は口元に手を当てて、「ぷぷぷっ」と笑い始めた。
「あおくん、寝ぼけてるの〜?今日は祝日だよ?」
「何言ってるんだ、お前こそ寝ぼけてるんじゃ―――――――」
そう言いながらカレンダーを見てみると、確かに今日の日付が赤色で書かれていた。
「……まじか」
休みの日に学校の準備をすると、とてつもない損失感を感じるんだな。もっとゆっくり寝られたのに的な……。
「まあまあ、そんな落ち込まなくてもいいんじゃない?誰にでも失敗はあるって!」
そう言って早苗は背中を撫でてくれるが、その顔はニヤニヤと笑っていた。こいつ、絶対バカにしてやがる。
「ん?2人とも、もう起きてたの?」
そんなところに、寝起きの咲子さんがやってきた。そして制服姿の俺を見ると、口元に手を当てて「ぷぷぷっ」と笑う。
「碧斗君、祝日なのに寝ぼけて着替えちゃったのね〜♪」
「さすが親子ですね。どうしても俺を寝ぼけていたことにしたい辺りが」
ただただ祝日だってことを忘れてただけなのにな。
「とりあえず着替えてきたら?」
早苗のその言葉に頷いて、俺は部屋へと戻った。
私服に着替え終わり、目を覚ました茜の寝癖を治してからリビングで朝食を食べる。ちなみに寝室を覗いたところ、葵はまだぐっすり眠っていた。
「人参のお化けを食べたら指が人参に……むにゃむにゃ」なんて寝言を言っていたが、一体どんな夢を見ているのだろうか。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
食べ終えた俺と早苗が手を合わせながらそう言い、2人分の食器を俺がまとめて流しまで持っていく。茜はまだもぐもぐとしていた。
そんな彼女の隣に座り、満たされた腹を擦りながらほっと一息つこうとすると、早苗が某有名うんちく犬のように「ねえ、知ってる?」と聞いてきた。
「昨日、偶然ネットで見たんだけどね、祝日に間違えて学校に行こうとすると、それをお化けが止めに来るんだって」
ネットか、いかにも嘘っぽい情報だな。
「祝日限定のお化けなんて聞いたことないぞ。そりゃ、ゴースト○スターズも困りもんだな」
「本当なんだって!祝日に学校があるって友達に騙されて学校に行った黒髪の女の子が、帰り道に車に跳ねられちゃったらしいの。自分と同じ目にあう子がいないように、家を出る前に止めに来るんだって!」
「そりゃ、なんとも親切な幽霊様だこと。もしかしたら俺のとこにも来るかもな」
早苗、作り物のお化けは怖がるくせに、本物の幽霊の話は普通に話しやがる。『お化けより人間の方が怖いもん!』って、今までに何回聞いただろうか。
そんな彼女がこの作り話を普通に話せるってことは、これを作り話じゃないと信じ込んでるってことなんだろうが……。
茜も顔には出さないが、怖がっているのが丸わかりなほど手が震えているし、この辺で終わりにしてやりたい。
「確か、家に来たらお化けに向かって……」
「そういう情報はいい。どうせ来ないに決まって―――――――――」
ピンポーン♪
「……」
「……」
「……」
インターホンの音だ。今はまだ7時半過ぎ、客の来るような時間では無いはず……。
「もしかして本当に来たのかな?」
早苗はそう呟きながら椅子から立ち上がる。どうやら玄関の方を確認しに行くらしい。
「そんなはずないだろ。宅急便が時間を間違えたんじゃないか?」
俺も彼女の後を追って玄関の方へと向かう。茜は驚きすぎて椅子から降りれないようだ。そのままにしておこう。
俺と早苗はリビングとドアを開き、顔だけを廊下に出して玄関を覗く。ちょうど咲子さんが扉を開けるところだ。
「はーい、どちら様で……あら?」
咲子さんの動きが止まり、扉は中途半端に開いた状態で静止されてしまう。これでは訪問者の姿が見れない。だが、風に揺れる長くて黒い髪だけは、チラリと見えた。
「く、黒髪の女の人……」
早苗がそう口にして一歩後ずさる。彼女が言っていた話の内容に当てはまるからだろう。
「そ、そんなわけないだろ。ただの人間のはずだ……」
そもそまこんな朝からお化けが出るはずないのだ。雰囲気ってのが出ないだろうし。お化けとしてそこは譲れないはずだろう。
「碧斗君、お客さんよ〜!」
咲子さんが玄関からそう声を上げた。どうやら訪問者は俺に用事があるらしい。
「あ、あおくん……あのお化けにあったら言わなくちゃいけないの。『今日は祝日です。お帰りください』って」
なんだかコックリさんに帰ってもらう時みたいなセリフだな。派生系の怖い話なのだろうか。
「言うだけでいいのか?」
そう聞くと、早苗は首を横に振る。
「ううん、お化けとは目を合わせちゃダメなの。目を合わせると魂を食べられるって言われてる」
「目を合わせちゃダメ……か」
い、いや、別にお化けを信じているわけじゃないぞ?怖がってる訳でもないし……。ただ、万が一のことを考えて聞いてるだけだ。
「碧斗君、待ってるわよ?」
咲子さんが急かしに来てしまった。
「い、今行きます……」
俺は重い足を持ち上げて、廊下へと踏みだす。目を合わせてはいけないから、視界は一面床だ。
いつもより長く感じる廊下を歩き切ると、視界の上の方に女の人の脚が見えた。幽霊の割にすごく綺麗な脚だな。頬ずりしたくなるくらい……って、何考えてるんだ。
「あお……」
女の人が何かを言おうとした瞬間、危険を察知した俺は反射的に声を出していた。
「今日は祝日です!お帰りください!」
何故か分からないが、体は勝手に土下座をしていた。より誠意が伝わればとでも思ったのだろうか。
でも、これで幽霊は帰ってくれる。魂を吸われなくて済むはずだ。
「……」
あれ?お化けまだいるんだけど。脚見えてるんですけど……?
「今日は祝日です!お帰りください!」
もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。そう思った俺は、土下座したままもう一度お願いした。それでもお化けは帰らない。
それどころか、一歩こちらに近づいてきた。
「……碧斗くん」
幽霊は俺の名前を呼ぶ。……って、この声聞き覚えがあるぞ。というかほぼ毎日聞いてる声だ。
「……笹倉?」
恐る恐る顔を上げると、眉間にシワを寄せた彼女が、冷たい目で俺を見下ろしていた。
「祝日だったら、彼女は遊びに来ちゃいけないのね。そんなルール初めて知ったわ」
淡々とした声でそう言った笹倉は、体をくるりと反転させると、玄関を開けて帰ろうとする。俺は慌てて彼女を引き止めた。
「ご、誤解なんだ!幽霊が来たのかと思って……」
「こんな朝から幽霊がいるわけないでしょう?寝ぼけすぎよ」
「だから寝ぼけてないって!」
考え直せば、やっぱりお化けなんているはずないんだよな。さっきまでの俺はどうしてあんなにも怖がっていたのだろうか……。
何度も頭を下げて、ようやく許して貰えた俺は、また笹倉の機嫌を損ねないようにゴマをスリながらリビングまで連れていく。
特に彼女は怒らせてはいけない人間だからな。俺なんて片手でボコボコにされる自信があるし。
とりあえずリビングの椅子に座ってもらって、キッチンでコップにお茶を注いで運んだ。そしてようやく食べ終わった茜の皿を流しへと運ぶ。
その途中、カレンダーが倒れていることに気付いて直した俺は、ふと違和感を感じた。先程見た時と何かが違うのだ。
首を捻って思い出そうとするも、何が違うのかまでは分からない。手に取って持ち上げて確認してみると、ようやくそれに気がついた。
「祝日に丸がつけてある……」
先程までは確かに丸なんてなかったはずだ。
何気なくカレンダーを裏返してみると、そこには答えとも言える一文が書いてあった。
『シュクジツニキヲツケテネ』
もしかすると幽霊って、朝でも出るのかもしれないな……。
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