第198話 俺は(偽)彼女さんに〇〇してもらいたい
「で、笹倉はどうしてこんな朝早くから来たんだ?」
早苗の部屋でくつろぎながら、俺はふと笹倉に聞いた。
「一日中碧斗くんといられる日に、時間を無駄になんてできないもの。今日のために昨日は早めに寝たんだから」
まるで遠足前日の小学生だな。でも、こんな風に言われて悪い気はしない。むしろ嬉しいくらいだ。
「そういう訳だから、私の努力に免じて小森さんは退室してもらえるかしら」
「いや、ここ私の部屋なんだけど……」
早苗の言い分はごもっともだな。客人が部屋主を追い出すのは少し無理がある。ここは笹倉に折れてもらって、3人で何かするしか……。
「今日は私が碧斗くんを独占するから、次の土曜日は小森さんが独占。それでどう?」
どうやら笹倉はどうしても2人きりになりたいらしい。だが、ここは小森家だ。ここにいる以上は誰であろうと、小森家のルールに従うしかない。つまり、早苗がNOと言えば―――――――――。
「YES!約束だからね!」
早苗はあっさりと部屋から出ていってしまった。どれくらいあっさりかと言うと、塩味のない塩ラーメンくらいのあっさりさだ。塩対応ならぬ水対応ってか。
「……というわけで」
しばらくドアを見つめていた笹倉は、俺の方へと視線を戻すと、ようやくといったふうにため息をついた。
「2人で何しましょうか」
「決めてなかったのに2人きりになったのかよ」
それなら3人でも良かった気がするんだが……。まあ好きな人と2人というのは、何もしていなくても楽しいもんだからな。
その状況にすることに成功した笹倉は、いつもより少し上機嫌らしかった。
「碧斗くん、なにかしたいことある?」
「俺は特にないけど……」
そこまで言って、俺は言葉を止めた。そう言えば、したいことならあった。というか、これはしてもらいたいことになるのか。
「ん?したいこと見つかった?」
俺の顔を覗き込むようにして見つめてくる笹倉。少し口にするのは恥ずかしいが、2人きりだし……彼女なら受け入れてくれるよな……。
「笹倉、俺――――――――――――」
「どう?気持ちいい?」
視線の先で微笑みながらそう聞いてくる笹倉。そんな彼女に、俺は自然と緩まる頬をそのままで「すごく」と答えた。
して欲しいと頼む時は恥ずかしかったが、快くOKしてくれてよかった。どうやら笹倉側もずっとしてみたかったらしい。
「でも、碧斗くんがこういうことしたいなんて、ちょっと意外だったわね」
「そうか?男なら誰でもしたいと思うぞ?」
「ふふっ、そういうものなのかしらね」
ちなみに、勘違いされないように言っておくが、俺たちがしている『すごく気持ちよくて、男なら誰でもしたいこと』というのはいかがわしいことではないぞ?
「膝枕って、最高だなぁ……」
「ふふふ、喜んでもらえたなら嬉しいわ」
そう、膝枕だ。他のイケナイコトを想像した人は、心が汚れているだろうから、一度滝行でもして心を清めた方がいいぞ。
わざわざこんなことを言っている俺も、かなり心が汚れていると思うけど。
「眠くなったら、そのまま寝ちゃってもいいわよ?」
「ああ、言われてみれば眠いような……」
これは笹倉の太ももだからなのだろうか。頭を乗せた瞬間から後頭部が幸せすぎて、脳が考えることをやめてしまっていた。
それに優しく髪を撫でてくれる手と、かすかに聞こえてくる彼女の鼓動がいい子守唄になって……。
「でも、寝たら笹倉に悪いし……んん……」
「気にしなくていいわよ。碧斗くんの枕になれるなら、彼女として光栄だわ」
そういう風に言われると、心が緩みすぎて眠気が止まらなくなる……。だめだ、幸せすぎて抗えない。
「おやすみなさい」
その声を最後に、俺の意識は眠りへと落ちた。
一方その頃、小森家1階では。
「あおにいの彼女さんが来てるんですか!?」
「ああ、そうらしいぞ。約束がどうとかで、今は早苗の部屋に2人きりだ」
起きてきた葵と、早苗から情報を聞き出した茜がキャッキャ騒いでいた。そんなふたりの声を聞いた咲子さんは、首を捻って唸る。
「うーん、娘の恋を応援するなら邪魔するべきよね。でも、早苗からは約束だから邪魔しないでと言われていて……」
思春期の娘を持つ母親は、なかなかに悩みが多いものらしい。だが、当の本人である早苗は、鼻歌を歌いながらゲームをしていた。
「土曜日、あおくんとどこにお出かけしよっかなぁ♪」
「……偽彼氏、ね」
碧斗くんの寝顔を見つめながら、私は無意識に呟いていた。それが懐かしいワードだったからなのか、
それともこの心のモヤモヤを吐き出したい衝動に駆られたからなのかは自分でも分からない。
けど、一つだけハッキリと分かることはある。
「……イヤだなぁ」
偽物でも碧斗くんが他の人の彼氏になるのが、たまらなく嫌だった。本当は打ち明けられた時、すぐに嫌だと言いたかった。
けれど、唯奈に嘘を吹き込まれていた事実と、彼のあまりの真剣さに、そんなこと出来ないと思ってしまったの。
「大丈夫よ、きっとすぐに解決するわ」
何度も自分にそう言い聞かせて、十二分に理解したはずなのに結局今日こうして様子を見に来てしまっている。
きっと私、自分で思ってるよりも碧斗くんを好きなのね。それはもう、彼なしでは生きていけないほどに。
「きっと、大丈夫」
彼だって私のことを見てくれている。真正面から告白されたことはないけれど、彼は態度で示してくれているから。
どれだけ小森さんに揺らされようとも、私を見捨てることなんてない。そう信じてる。
「…………」
でも、やっぱり怖い。自分が偽恋人から本物へと昇格することを望むようになったみたいに、碧斗くんだって他の女の子とそうなるかもしれない。
その可能性が僅かにでもあることが、私はとても悔しかった。自分がもっと完璧だったら、よそ見なんて出来ないはずなのに……。
でも、今物理的に一番近くにいるのは私。こうして好きな人の頭を撫でてあげられることは、すごく誇らしく思えた。
「初めはこんなつもりじゃなかったのに。恋心って、本当に不思議よね」
そう、私は元々碧斗くんのことを―――――――――――。
「……んん」
「っ!?あ、碧斗くん、起こしちゃった?」
ゆっくりと体を起こした彼に、私は慌ててそう聞く。今までの独り言、聞かれてないわよね?
「……いや、なんか『さあや』の夢見てた気がする」
「『さあや』ちゃんの夢……?」
どうやら独り言は聞かれていなかったみたいだけれど、どうして『さあや』ちゃんの夢を……。
「ああ、『さあや』の……夢……。あいつが木から……落ちてきて……」
「碧斗くん、寝ぼけてるの?」
なんだか体がふらふらしている。目の焦点も合っていないみたいだし、寝起きで体調が優れないのね。
「ほら、危ないからすっきりするまで寝てて」
私はそう言うと、もう一度膝枕するために碧斗くんの体を倒そうとする。でも、彼は首を横に振った。
「『さあや』のこと受け止めたけど、あいつ怪我して……助けないと……」
「それは夢の中の話でしょう?しっかりして」
寝ぼけている碧斗くんも愛おしいけど、こんなフラフラじゃ歩くのも危ない。せめてしっかり歩けるようになるまで、大人しくしていてもらわないと。
そう思った直後、私は彼に腕を掴まれた。
「……『さあや』、今助けてやるから」
「ひゃっ!?わ、私は『さあや』ちゃんじゃないわよ?」
否定する私の声は彼に届かず、あっという間に私は彼に抱き抱えられていた。
「え、待って……どこに行くつもり?」
「決まってるだろ、病院だ」
「ちょ、私は怪我なんてしてないわよ!?」
危なっかしい足取りで部屋から連れ出され、引き止めようとするも声が届かない。
碧斗くんって、こんなに寝起きが悪いの!?いや、寝起きとかの問題じゃない気もするけれど……。
でもこうなったら、彼に目を覚ましてもらう手段はひとつしかない。私は息を吸い込むと、大きな声で1階に向かって叫んだ。
「助けてぇぇぇぇ!誘拐されるぅぅぅぅぅ!」
結局、彼が目を覚ましたのはそれから3時間ほどが経ってからだった。茜ちゃんが「いい加減目を覚ませよ!」と投げたカレンダーの当たりどころが悪かったらしく、また眠りに落ちてしまったの。
そのせいで碧斗くんを独占できる時間は減ってしまったけれど、抱えられたまま病院に連れていかれることにならなくて済んだから、良かったと思うことにしましょう。
最悪、本気を出せば彼を止めることは出来たけれど、そんなことをして私のせいで怪我をさせてしまったら、きっと立ち直れなくなってしまうもの。仕方なかったわよね。
決して、碧斗くんの抱っこがちょっとばかし嬉しくて躊躇ったとか、そういうのじゃないということは、理解してもらいたいところだわ。
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