二学期 後半 編

第188話 俺は双子ちゃんとトランプがしたい

 イベントも終わり、忙しさから開放された俺はいつも通りの生活に戻った。

 何かに向けて必死になる。そういう日々も良かったが、やっぱり帰宅部精神の染み付いた俺には、こうやって家でダラダラとしている方が合っているらしい。

 まあ、言うなれば短期間体験入部的なものだったな。毎日部活している人の大変さがわかった気がする。


 昨日の土曜日は、早苗と笹倉との3人で久しぶりにハーフダイブゲームをした。そこで気づいたのだが、驚いたことに俺達がログインしなくても、向こうの世界では少しずつ時間が経過しているらしい。

 道端で犬耳獣人のミューさんと、買い物の手伝いをしているラムにばったりと出会ったのだが、『お久しぶりですね』と言われたのだ。

 ラムからは『約束、忘れてないから……』と催促されてしまった訳だが、約束というのは一緒にモンスターを倒しに行くと言うやつだろう。どうやら武器や防具は用意し終えたらしく、後は俺待ちとのこと。

 申し訳なかったが、笹倉達との約束もあったため、また今度ということにさせてもらった。次会う時までに、お詫びの品でも手に入れておこう。



 そんなこんなで一日中ゲームをし、かなりレベルアップした訳だが、日曜日の今日は一転して、リビングで茜たちと遊んでいる。

 たまには可愛い従妹達と遊んでやらないと、お兄ちゃん力が失われちゃうからな。

 先程までは『負けたら往復ビンタ(俺だけ)のあっち向いてホイ』というなかなかに刺激的な遊びをしていたのだが、今はトランプで遊ぼうと葵が用意してくれているところだ。

 小さな手で必死にトランプを混ぜる姿、これはなかなかに癒されるな。どれくらい癒されるかと言うと、お風呂に入浴剤を200個程入れたくらいだな。

 実際にそんな大量に入れたことは無いし、入浴剤に相乗効果は無いのでおそらく溶けきらなかった粉のせいでザラザラするだけだと思うが、葵の癒し力がかなり高いということは、イメージとして何となく伝わっただろう。


 ちなみに茜の方はと言うと、葵が手からこぼしたカードを拾っては、トランプタワーに組み込むという遊びをしている。

 そこまで組めるのはすごいと思うのだが……茜よ、葵の手の中を見てみろ。もうほとんどカードが残ってないぞ。

「あおにい、出来ました!」

 嬉しそうに机へとカードを置いた葵。俺は彼女の頭を撫でながら、笑顔で言った。

「念の為、俺がもう一度やっておくよ」



 せっかくなので茜のトランプタワーを完成させてから、それを崩してもう一度カードを混ぜた。俺の手と葵の手とではかなり大きさが違うからな。

 中学の時に意味もなく練習した甲斐もあって、手際よくカードを繰る姿に、「あおにい、かっこいいです!」と褒められてしまった。ちょっと嬉しい。


 その後、3人の話し合いにより、プレイするのは『大富豪』に決まった。イレブンバックとか、革命とかが来て、地域によっては『大貧民』とも呼ばれる有名なアレだな。

 スマホゲーム版をやりこんだことがあるので、『99車』や『12ボンバー』、『ろくろ首』や『テポドン』なんかも知っている。

 何年か前、テポドン上がりをしたことがあるのだが、あの時は知らない人が多すぎて変な空気になってしまった。あのトラウマのせいで、あれ以来大富豪はしてこなかったんだよな……。

「ルールはどうしますか?」

「そうだな、とりあえずは8切りとイレブンバックのみ有効にしよう。やってみてから後でルール追加もできるしな」

 俺の言葉に2人は頷いてくれる。そしてカードを配ろうと俺が手を伸ばすと。

「私がやります!」

 葵が自ら名乗りを上げてくれた。まあ、配ってくれると言うのなら任せよう。そう思ったのだが……。

「おわっ!?や、やってしまいましたぁ……」

 次に目に飛び込んできたのは、床にカードをばらまいてしまい、あわあわと焦る彼女の姿だった。

「大丈夫か?」

「うぅ……ごめんなさいです……」

 カードを拾うのを手伝ってやり、落ち込む葵の頭をポンポンと撫でてやる。すると、「配るのはやっぱり、あおにいに任せます!」と言ってくれた。

 彼女にカードを持たせるのは、まだ少し早かったらしい。

「もう少し大きくなったら、やってみような」

「はいです!」

 俺としてはこの笑顔が見れただけでも、任せた価値はあったと思えたな。やっぱり妹力って素晴らしい。


 しっかりとカードを混ぜた後、茜、葵、俺の順番で1枚ずつカードを配り、3つの束を作る。

 それぞれひとつずつ持ち、しばらくの間カード確認タイムだ。すぐに出せるように数字順に並べたり、マーク別で分けたり。

 こういうのをしておくのは、無駄な時間を無くすという大富豪プレイヤーのマナーみたいなものだのだな。

 ちなみにババ抜きでこれをやると負けるから注意が必要だ。

「よし、始めるか」



 数分後、俺はハートのKキングを手から落とした。

「ま、負けた……だと……?」

 途中までは順調に進んでいたと思ったのだが、俺の手札がラスト1枚になった瞬間、2を2枚、8を3枚、Aを2枚と、葵の複数枚出しフィーバーをくらい、俺と茜は手出しも出来ずに彼女がそのまま1位抜け。

 茜の手札は5枚、俺は1枚……勝てる!と侮っていたら、1位が抜けたことで回ってきた手番で、茜がまさかの4の4枚出しをした。

 つまり『革命』だ。

 それまで強い側に入っていたはずのキングが、一気に下から三番目になるわけだ。そしてこれまでの経過で2とAが出切っていることは分かっている。

 要するにだ、俺が手にしているカードは現状最弱。そして茜が持っているのは――――――――――。


「まさか、お前が3を保持していたとはな……」

「兄貴弱いな!」

 大貧民にならずに済んだのが嬉しかったのか、落ち込む俺を見てケラケラと大笑いする茜。小学生相手に勝てると思い込んでいた自分が恥ずかしい……。

「あおにいは運がなかっただけです!落ち込まないでください!」

「葵、お前がそれを言うと……あんまりな……」

「ご、ごめんなさいです……」

 絶対的な優しさだと分かっていても、大富豪が大貧民を励まされると、やはり複雑な気持ちになってしまう。

 わかりやすく言えば、1分で億単位を動かす大企業の社長が、ホームレスのおじいさんに「頑張ればなんでもできますよ!」と言っているようなものなのだ。

 上の立場のものの優しさは、下のものと距離が開けば開くほど、その落下速度は早くなり凶器となる。ただのアルミホイルの塊でも、丸めてスカイツリーから落とせば人を殺められるんだよな……。

「も、もう1回やりましょう!」

 葵の気遣いにより、カードを混ぜ治してもう一度やることになった。だが……。


「また負けた……」

 カードは悪くなかった。今度は誰かの運が強いとかではなく普通に実力で負けた。こっちの方が心のダメージが凄いんだな……。

「学校で大富豪が流行ってたからな。練習した甲斐があったな!」

「負けたら給食のデザート、取られちゃいますからね。あれは負ける訳には行きませんでした」

 最近の小学生はそういう環境に身を置いてるってわけか。デザートを賭けた修羅場で勝ち抜いてきた2人に、俺が敵うわけないよな……。

 俺にとっては遊びでも、彼女らにとっては戦場。その考えが染み付いているんだから。

「そんな落ち込むなって!じゃあ、次は7並べにするか!」

 さすがに茜も気を遣ってくれたのだろうか。今度は別のゲームを提案してくれた。

「あおにい、これなら私達もあまりやった事ないですし……平等ですよ?」

 小学生に気を遣わせるなんて、情けないお兄ちゃんだ。これ以上威厳を損なう訳にもいかないし、そろそろ勝っておかないと……。

「ああ、今度こそ俺が勝つからな!」

「はいです!」

 笑顔で両手を上げる葵。それとは正反対に茜は、「大人気ない兄貴だなぁ」と笑いながらカードを混ぜ始めた。

「おわっ!?落としちまったぁ……」

 言葉遣いは違うけど、やっぱりこいつら双子だな。

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