第189話 双子ちゃん達は俺とスピードがしたい
7並べというのは実に平和なゲームで、「6持ってる?」なんて聞きながら順調に進んで行った。
まあ、全部のカードを3人で分けているのだから、どんな場面でも誰かひとりは絶対にカードを出せることになるもんな。
結局、茜が1位、俺が2位、葵が3位という結果に終わった。が、大富豪のようにハッキリとした負け感がないからか、葵は楽しそうに笑っていた。
「もう1回やりましょう!」
彼女はそう言うが、茜は「えぇ……」と不満そうな声を漏らす。
「あたしは他のがしたいんだけど。7並べって地味だし」
まあ、その点は俺も茜に同意だな。平和は平和でいいところもあるが、やはり盛り上がりに欠ける。ゲームなんだし、どうせなら白熱したものがいいよな。
「仕方ないですね、あかねちゃんが言うなら別のにしましょう!」
さすがは葵、茜と違って対応が大人だ。まあ、そんな2人だからこそ仲良しでいられるんだろうけど。両方が茜みたいな性格だと喧嘩が絶えないだろうし、両方が葵みたいなのでも譲り合いすぎて事が前に進まなさそうだ。
姉妹ってのはバランスが大事なんだろうな。
「では、『スピード』はどうですか?」
「スピード?」
「お、いいな!」
葵の提案に俺は聞き返し、茜はグッと親指を立てた。
「あおにいはスピードを知りませんか?」
そう言って首を傾げる彼女に、俺は「いや、知ってるぞ?」と返事をする。
スピードというのは、1人が赤のカード、もう1人が黒のカードの山札を使って、盤面にあるカードの数字の1上か下かのカードをノーターン制で出していき、先に山札をゼロにした方が勝ちっていうアレだろ?
言葉にすると難しいが、イメージとしてはあっているはずだ。
「では、総当たり戦にしましょう!2勝した人が勝ちです!」
「やるぞやるぞ〜!」
嬉しそうに声を弾ませながらカードをかき集める葵と、腕をブンブンと回しながら葵を手伝いに行く茜。
こいつら……すごいやる気だな。最後に俺がスピードをしたのは、確か小学生の時だったはず。クラス最速の女子とスピードで勝負し、まさに手も足も出せずに負けたんだよな。
なんだかんだスピードが得意なやつってクラスに一人はいる気がする。あいつらの脳の回転どうなってんだか。
……てか俺、昔からトランプで負けすぎでは?
「あおにい、準備出来ましたよ?」
気が付くと、赤と黒に分けられた山札が机の上に置いてあった。2人とも作業が早いな。そういえば、俺も小学生の時は何かを並べたり分けたりするのが好きだったような……。
「兄貴、早く順番決めるぞ!」
楽しみで待ちきれないのだろう。茜も早く早くと言いたげな目で催促してくる。俺は「わかったよ」と言いながら、イスに腰掛けた。それを確認した葵は、握った拳を少し前に出す。
「では、じゃんけんで決めましょう!負けた人同士で戦います!」
彼女が「じゃんけん……」と口にしたタイミングで、俺と茜も握った拳をゆっくりと振る。何を出すかはもう決まっていた。
「「「ポン!」」」
じゃんけんの結果、1回戦は俺VS葵に決まった。
俺、よく考えたら今日まだ一度も一位を取ってないんだよな。頭の回転を必要とするこのゲームくらいは、1位を取っておかなくては……ってさっきも同じようなこと思ったような……。
「葵はどっちが使いたいんだ?」
山札を指差しながらそう聞くと、彼女は迷わずに「黒です!」と答えた。女の子だから赤というかと思っていたが、こういう固定観念はあまり良くないんだろうな。
「よし、じゃあ俺が赤だな」
山札を手に取った後、しっかりとカードを繰り、葵と交換してもう一度しっかりと混ぜる。不正をするとは思っていないが、これがルールだから仕方ない。
山札をそれぞれから見て右側に置き、上から4枚をとって自分の前に並べた。同じ数字は重ねてもいいんだったよな。
互いに準備が終わると、視線を交わらせて頷き合う。そして――――――――――――――。
「「スピード!」」
開始の合図とともに、俺達は出された2枚のカードを確認する。そして自分の手札から重ねられるものを見つけ出し、手を伸ばした。
結果から言うと、俺は負けた。
山札から引くカードが初めからわかっているかのようなスムーズな動きで、カードを出そうとする俺の下に自分のカードを滑り込ませてくる。
俺が1枚出すペースで葵に5枚出され、途中からは何を出せばいいのかを考えることさえ出来なくなっていた。
そんなこんなで俺はほとんど何も出来ないまま、惜しさの欠片も感じることなく小学生に大敗したのだった。
ここまで来ると大体予想はついていたのだが、改めて現実を突きつけられると、なかなか心にグサッとくるものがある。
最近の小学生はみんなこんなハイレベルなのだろうか。
「えへへ、あおにいに勝ちました♪」
まあ、嬉しそうに飛び跳ねる彼女を見ると、負けなんてどうでも良くなるんだけど。
「じゃあ、次はあたしだな」
茜はそう言うと、葵と席の位置を交代する。いつの間にか俺が二連戦することになってるのか。
「さすがに二連敗はまずいからな。悪いが本気を出させてもらうぞ」
俺がそう口にすると、茜はそれを鼻で笑った。
「ズボンのチャック開けたまま言うことじゃないだろ」
「……は?」
彼女の言葉に一瞬思考が停止し、それから慌てて自分の下腹部に視線を落とした。
……あれ、開いてないぞ?
「なんちゃってな♪ぷっ、騙されてやんの〜」
茜は吹き出すように笑うと、そのまま腹を抱えてしばらく床を転げ回る。こいつ……箱に詰めておばさんのとこに送り返してやろうか。
「兄貴、そんな怖い顔するなって。スピードは体が固くちゃ出来ないぞ?もっとリラックスするべきだろ」
「茜、お前……」
こいつ、単にからかってるだけかと思ったが、俺のためを思って……。
「ま、私にもいいところがあるってわけだ」
「そこを自分で言ったらダメだろ」
何はともかく、茜のおかげで少し緊張が和らいだ。これなら俺としても最高のコンディションで戦えそうだ。
「よし、じゃあ始めるぞ」
茜が頷き、俺達は互いに山札へと手を重ねた。
「「スピード!」」
うん、分かってた。分かってたけどあえて言わせて欲しい。―――――――小学生強すぎねぇか!?
葵がずば抜けているだけかと思ったら、葵も同じレベルだったとは……。
手も足も出せないって、小学生の時のあの女子の姿が浮かんできてしまう。あいつ、勝った時に言ったんだよな、『脳みそ作り直したら?』って。
あぁ……あのトラウマが蘇りそうだ。
「あおにいの仇は私が取ります!」
葵は落ち込む俺を励まそうとそう言ってくれるが、俺をボコボコにしたのは茜より葵の方が先なんだよ。
いい子過ぎるが故に人を傷つけてしまうって、ある意味罪だよな。
「じゃあ、はじめますね!」
「ああ!」
こうして双子たちの熱いバトルが始まった。
1分後、パチーン!という音と共に試合が終わる。どんなスピードで叩きつけたらカードがそんな音を上げるのかは分からないが、見ていた俺の感想を素直に伝えるとこうだ。
『マジでやばい』
横から見ていても、状況が把握できないほど場面は高速で流れ、0.1秒前に記憶したカードには既に別のものが重なっている状態。
とても人間同士とは思えないほど、目まぐるしいを具現化したような戦いだった。
「お前たち、なんでそんなに早いんだ?」
思わずそう聞いてしまう。すると彼女達は、共に口元を緩ませてこう言った。
「「デザートのために!」」
小学生の給食への執着って、やっぱり凄いんだな……。
「ところであおにい、どっちが勝ちだったんですか?」
「……え?あ、そうか……」
最後は2人同時に叩きつけたんだよな。ルール上、下に来ていたカードの持ち主が勝利になるはずなのだが、強く叩きつけたために、その衝撃で全てのカードが四方八方に散らばってしまったのだ。
俺もちゃんと見ていたつもりだったが、あまりの速さに脳が追いつかず、思い出そうとしても処理落ち状態で……。
「どっちですか?」
「ハッキリしろよ〜」
服を掴んでグイグイと引っ張ってくる2人。そんなに答えを求められても、俺だってわからなかったわけで……。
「ふ、2人同時だったぞ?」
つい、そう答えてしまった。撮影していた訳でもないし、確認のしようがない以上、2人共を納得させる手段はほかにないのだ。だが……。
「うへへ♪それなら2人とも優勝ですね!」
「よかったな!私たちの勝ちだ!」
二人は嬉しそうに抱き合いながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
小学生というのは複雑なように見えて、案外単純なのかもしれない。
俺はややこしい事にならなかったことに安堵し、ほっと胸を撫で下ろした。
「ああ……疲れたぁ……」
そんなほのぼのとしたリビングの中に、今にも倒れてしまいそうなほど疲れ果てた早苗の声が響いた。
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