第187話 お姉さんは俺に頼みたい

「えっと……どうして麦さんが誘拐犯に?」

 俺の言葉に彼女は小さく笑う。

「誘拐犯じゃないのよ。これ、ハロウィンのコスプレなのよ?」

「コスプレって……それはまずいですよ……」

 彼女の格好を改めて見てみれば、靴からシャツまで全てが真っ黒。白いのは肌とマスクくらいだ。こんな格好で交番の前を通ったら絶対に捕まるぞ。

「昨日、偶然碧斗くんがこのイベントに出るって聞いて、早めに店を閉めて見に来たのよ」

「それは有難いんですけど……俺を無理矢理引っ張ってくる必要ってあったんですか?」

 どう筋書きをつけようとしても、あの行動だけには意味が見いだせない。口まで塞いだのだから、相当な理由があるんじゃないだろうか。

 黒ずくめの組織に追われていて、生きていることがバレてはいけない的な……。

「いいえ?単に碧斗くんを驚かせたかっただけなの」

 その思惑通り、俺は驚きまくったって訳か。このどこか誇らしげな笑顔、ちょっと腹立つな。こっちは本気でビビったってのに……。

「誘拐犯じゃないなら、別に向こうで話してもいいですよね」

 そう言って俺が会場の方へ戻ろうとすると、麦さんは腕を掴んで止めてきた。

「碧斗くん、ひとつだけ言いたいことがあるのよ」

「なんですか?」

 彼女の真面目な瞳に俺も体を向け直し、聞く姿勢を見せる。それにほっとしたのか、麦さんは微笑むと、こう口にした。

「『FlashフラッシュBeatビート』、とても良かったわ。最後は惜しかったけれど、あそこまでできるなら、もう少し練習すれば高難易度パーフェクトも十分目指せるはず」

「……ああ、音ゲーのことですか。まさかそっちを褒められるとは思いませんでしたよ」

 演劇の方なら頷けるが、音ゲーは興味のある人にしか分からないことだからな。『FlashフラッシュBeatビート』は演出に凝っているから、初めて見る人でも視覚だけで感動することもあるらしいが、それでも実際にプレイした人との感じ方は明らかに違う。

 花火職人が打ち上げた花火を見て涙を流す一方で、一般人がそれを見て「うわ、綺麗だな〜」と動画を取り始めるのと同じくらいの差だ。

「麦さんもあのゲーム、やってるんですか?」

「え、ええ……まあ……」

 ここまでの感想が言えるということは、彼女もきっとそうなのだろう。俺はそう思って聞いたのだが、返ってきた返事は曖昧なものだった。そこまでやりこんではいない、って感じなのだろうか。

「言いたいことってそれだけですか?」

 まあ、自分がやった事への感想が聞けるのは、正直とても有難いのだが、なにせ場所が場所だ。こんな人気のない場所に二人でいると、どこかの誰かさんが勘違いしかねない。

 出来れば早めに脱出したいのだが……。

「いえ、もうひとつあるの」

 麦さんは首を横に振ると、「今、何か持ってないかな?」と聞いてきた。荷物は向こうに置いてきたし、持ち物なんて何も……とポケットを探ってみると、偶然にも演劇の時に使ったゲーム機に付属していたタッチペンが入っていた。本体を返す時にここに入れたまま忘れちゃってたんだな。

 先端の青い部分にとても小さい文字で『演劇部』と書いてあるし、書いてなくとも人のものを借りパクするわけにもいかない。ちゃんと返しとかないとな。

「これならありますけど……」

「それ、少しの間だけ借りてもいい?」

「俺のじゃないんでわかんないですけど……」

 栗田さんと帰っちゃったし、聞ける相手がいないもんな。さすがに勝手にと言うのは……。

 そう悩む俺のことは無視して、麦さんは俺の手からタッチペンを掠め取った。そしてニコッと笑うと。

「3日後に放送される『ミュージックゲームTV』を絶対に見て欲しいのよ」

『ミュージックゲームTV』というのは、月に1度放送される音ゲー好きのための番組だ。俺は今まで興味がなかったから見なかったのだが、麦さんがここまで言うということは、次回は何かあるということなのだろうか。

「まあ、そう言うなら見ますけど……」

 確か放送時間もそこまで遅くはなかったと思うし、リアルタイムで見れるだろう。でも、どうしてそんなにもあの番組を見てほしいんだ?

 俺はそう聞こうとしたが、気が付くと麦さんはいなくなっていた。いつの間にか帰っちゃったのだろうか。

「あ!あおくん居た!そんなところで何してるの?」

 そんな所へ、早苗が走ってくる。どうやら俺を探しに来てくれたらしい。

「みんな帰るって言ってる!あおくんも早く来ないと置いてかれちゃうよ?」

「ああ、悪い。今行く」

 俺の言葉を聞いて頷いた早苗は、みんなの所へ戻るために走り出そうとする。だが、何かに気がついたように足を止めると、こちらを振り返って首を傾げた。

「あおくん、さっきまでそこに誰かいた?」

「ああ、いたけど……どうかしたか?」

 先程まで麦さんがいた場所には、もちろんもう誰もいないわけで……早苗はどうして気づいたのだろうか。

「そこになにか落ちてるから……」

 彼女はそう言いながら、その何かを拾い上げる。

「これは……仮面?」

 目元を隠すための白い仮面だ。イメージだけで言うと、貴族が仮面舞踏会で付けていそうなアレだな。あとはマジシャンがつけたりもするか。

 何にせよ、普通はこんな場所に落ちているものじゃないよな。何か落ちていたとしても、それは軍手(片手)くらいなもので、仮面が落ちているのは女性物の下着が落ちているのを見つけるくらい珍しいと思う。

「誰かの落し物かな?さっきここにいた人のとか?」

 そう呟く早苗の手から仮面を受け取り、名前が書いていたりしないかを確認してみる。すると、端の方に小さく『シャル』と書いてあった。

 シャル……外国の方だろうか。でも、ここにはさっきまで麦さんがいた。その時は仮面になんて気付かなかったぞ?

「もしかして……麦さんの?」

 情報から答えを導き出そうとすると、もうそこにしか行き着かなかった。でも、普通のお姉さんが仮面なんて持ち歩いている方が不思議だし……。

「いや、やっぱり他の誰かの落し物だな」

 きっとそうに違いない。無意識に一番違和感のない結論に辿り着かせ、自分を納得させた。

 おそらくイベントを見に来た人の落し物だろうし、イベントのスタッフさんに渡すことにしよう。そう決めた俺は、早苗と一緒に広場に戻る。

「…………あれ?」

 だが、そこにはスタッフさんの姿はなく、雲母さん、紅葉、笹倉の3人だけがどこかぎこちない雰囲気で立っていた。

「スタッフさん達はどこに……」

 俺がそう聞くと、雲母さんは「もう帰りましたよ、皆さん出社時間と退社時間はきっちり守られる方ですから」と言って微笑んだ。

 ブラックじゃないようで安心したが、これでは仮面を渡せないな。

「そんなことより碧斗くん?」

 頭を悩ませる俺に、突然笹倉が近付いてきた。どこか声色から怒りを感じる気がする。

「な、なんでございますか……?」

 自然と背筋が伸びるほどの圧を、俺の全神経が感じ取っていた。

「あんな人気のなさそうな場所で、小森さんと二人で何をしていたのかしら?」

「さ、早苗は俺を探しに来てくれただけだぞ?何もやましいことなんて……」

 これは本当だ。早苗とはただ話をしただけで、怒られるようなことは何も無かった。けれど、笹倉は眉をひそめて俺を見る。

「本当に……?」

「ああ、本当だ」

 オドオドするから疑われるんだ。そう感じ取った俺は、今度は堂々と頷く。そのおかげか笹倉も鋭かった視線を緩めてくれた……と言うのに。

「違うもん!あおくんと色々したもん!」

 こいつが余計なことを言い始めやがった。

「「はぁっ!?」」

 俺と笹倉は同時に声を上げ、直後また鋭い視線が飛んでくる。横からも視線を感じるな……と思ったら、雲母さんがすごい目でこちらを見ていた。どことなく嫉妬のようなものを感じる。

 ちなみに紅葉は立ったまま寝ているのか、ずっと俯いていた。

「小森さんはああいってるけど?」

「ち、違うんだ!あいつは笹倉が変なことを言うから、マウントを取ろうとしてあんなことを……」

 だって俺、さっきは何もしてないし。さっきは何もしてないし(強意)!

「あー、あおくんと色々したから汗かいちゃった♪早く帰ってお風呂入ろ〜♪」

「お前が汗かいたのは、俺を探すために走ったから……って、そんな目で見るな!本当に何もしてないんだよ!」


 こうして俺は無実の罪で、笹倉の板割りパンチを受けることとなった。

 まあその後、早苗に嘘をついていたことを自白させ、彼女には板割りパンチを2発受けてもらったのだが。

『顔と胴と脚だけはやめて!』と懇願されたので、笹倉には『やめて!』と言われていないお尻と足裏をパンチしてもらった。

 なんだかんだ、嬉しそうな顔をしていたので、また別の罰を考えておこうと思う。

 改めて、冤罪って怖いなと思った日だった。

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