第172話 俺は得意なことを見つけたい
昨日は結局何も決まらず、話し合いは翌日まで持ち越されることとなった。
テストの結果が続々と返ってきているので、笹倉の機嫌は日に日に良くなり、早苗は絶望のどん底へと突き落とされたような表情をしている。
俺はその中間くらいだろうか。手応えは感じていたのだが、思ったよりも普通の点数を取ってしまったからだ。『もう少し勉強しとけばよかった』って魔法の言葉だよな。満点以外のどんな点数でも、このセリフだけは平等に吐けるんだから。
まあ、テストの結果に関係なくイベントは訪れるので、死んだイルカのような目をしている早苗も、俺と笹倉の2人がかりでイベント準備室まで運んだ。
部屋に入ると、昨日と違って既に雲母さんが座っていた。彼女は「いらっしゃい」と微笑むと、俺たちに座るように促す。彼女の背後に置かれたホワイトボードには、『大切なお知らせ』と書かれてあった。
「お知らせってなんですか?」
全員が座ったのを確認して、俺は雲母さんに向かってそう聞く。すると、彼女はバッと立ち上がると、嬉しそうにこう言った。
「イベントに必要な参加者が集まったんです!昨日の夜、一気に電話が来たみたいで……」
なるほど、人数が足りないと言っていたが、その問題は解決されたというわけだ。
「最低必要人数の2倍が集まったので、イベントは期待できそうですよ〜♪」
「それなら俺たちは出なくていいんですよね?人数稼ぎで出る予定でしたし……」
もちろんそういうことになるはずだ。いや、はずだった。でも、俺の予想に反して雲母さんは首を横に振った。
「いいえ?もう参加承諾書は出しちゃいましたからね、出てもらわないと困ります!」
「俺、参加承諾書なんて書いた記憶ないんですけど……」
「私が代わりに書きました!」
「……おい」
いくら病気の子供たちのためとはいえ、出なくていいなら出たくないんだよ。それなのにこのアホ先輩のせいで……。
てか、『どうして参加したんですか?』って聞かれたらどうしよう。『先輩が勝手に応募しちゃって』って答えるべきなのか?ミスコンかよ!って突っ込まれちゃうだろ。
「参加、今からでも取り消せないんですか?」
普通、こういうのって前日とかじゃない限りは取り消せたりするんだけどな。
「無理ですね、私が許しません」
「イベントの主催者は許すんだな?よし、直談判で辞退しに行くぞ」
「待ってぇぇぇぇぇぇ!チョイ役でいいから出て欲しぃのぉぉぉ!」
部屋を出ていこうとする俺の足をつかんで邪魔してくる雲母さん。後で聞いたところ、俺達は既に司会と参加者が交代する時にちょっとしたショーをやることが確定していて、それを無しにしてしまうと完成した大量のプログラム広告を作り直さなくてはならないらしい。
合間に何かをやるのは分かるが、どうして参加者である俺達に司会をやらせるんだ?運営側がやればいいだろうに……。
まあ、ともかく俺達が出ないことになると、イベントの運営会社は広告の刷り直しで赤字。結果、病気の子供たちへの寄付はなしになってしまうとのこと。雲母さんはそれだけはダメだと言うのだ。
そんな子供想いな彼女の熱心さと、足を掴んで離さない鬱陶しさに俺の心は動かされ、渋々参加を承諾するのであった。
「いつまで引っ付いてるんですか!ここ、早苗の家なんですけど!?」
「承諾するまで離さないんですから!」
「わかりましたわかりましたよ!出ますから!だから風呂に入る直前まで引っ付くのはやめてください!」
「言いましたね?ふふっ♪確かに聞きましたからね!」
彼女はそう言うと、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら小森家から出ていった。ちゃっかり晩御飯も食べてったんだよな。あんなのがアイドルで本当にいいんだろうか……。
数日後、ハロウィンイベントを5日後に控えた土曜日。俺たちはまた4人で集まっていた。今度はイベント準備室ではなく、早苗の部屋が集合場所だ。
「私、後輩さんの部屋に入ったの初めてなんですよね!」
雲母さんがソワソワしているなと思ったが、そういう事だったのか。確かに誰かの部屋に初めて入る時って、やけに緊張したりするもんな。俺はもはや住んでるから、早苗の部屋についてはもうなんとも思わないけど。
「でも、だからって早苗までソワソワする必要は無いよな?」
俺は先程から部屋の中を行ったり来たりしている彼女に向かって言った。
「だって……あおくんと笹倉さん以外の人を呼ぶなんてあんまりないし……」
「分からんでもないが、とりあえず座れ」
そんなところでウロウロされていては、イベントについての話し合いが前に進まない。俺は少し抵抗する彼女の手を引いて、無理矢理隣に座らせた。
「そわそわ……そわそわ……」
「お前、動かなかったら擬音が口に出るタイプなのか?」
長い間一緒にいたが、そんなシーンは今日初めて見たぞ。
「き、気をつける……」
早苗はきゅっと口を結ぶと、スカートの裾を掴んで声が出てしまうのを堪え始める。何もそこまでしなくてもいいが、静かになるならいいかと俺も話を前に進めることにした。
「とりあえず、俺たち3人が何をやるかを決めないといけない。なにか案がある人は?」
「「「……」」」
まあ、そうだよな。案がないからここまで話し合いが続いている訳だし……。
「雲母さん、俺達がショーをしないといけないのは何回でしたっけ?」
「参加者が7組だから、6回ですね」
「6回か……」
3人で6回も何かをするのは難しい。そもそも出来ることがそんなにないからな。合間の繋ぎでやる程度だし、時間を取らないものという制限を考えれば、人数は要らないかもしれないな。
「1人あたり2回ずつ出るのはどうだ?6回全部出るよりかは負担が少ないだろ」
俺としては司会をして、ついでのショーで準備時間を稼ぎ、次の参加者を案内するという流れの方がいいように思えた。だからこそのこの提案なのだが……。
「いいと思うわ。3人でできることなんて限られてしまうもの」
「1人で出るのは不安だけど、あおくんと笹倉さんがそれでいいって言うなら……」
笹倉は明確に、早苗は少し不安の色を見せつつも、結果的には2人とも首を縦に振ってくれた。
「じゃあ、それぞれで何か出来ることを考えて、その後で順番を決めるか」
「出来ること……得意なことでいいのかしら?」
「ああ、いいと思うぞ」
「なら、あれにしようかしら」
どうやら笹倉は早速決まったらしい。彼女はなんでも出来るから、得意なことも多いのだろう。俺は得意なことなんてないから、目新しいものを狙っていく方面で行きたいのだが……。
「私の得意なことってなんだろ……」
早苗の方は俺同様悩んでいるようだった。確かに長年一緒にいても、早苗の得意なことなんてこれといって見つけたことが無いかもしれない。強いて言うなら俺へのウザ絡みくらいか。
「うーん、得意なことなんてないよぉ……」
さすがに早苗には荷が重すぎたか。こうも頭を抱えている姿を見ると、何とかしてやりたくなってしまう。
「早苗、無理しなくていいぞ。俺がお前の1回分、引き受けてやろうか?」
「あおくん、そんなに得意なことあるの?」
「…………1つも無いな」
「じゃあだめだよ……」
やっぱりこうなるか。荷が重すぎるのは早苗だけではなかったようだ。こんなことなら、もっと色んなことにチャレンジしておくべきだった。『チャンスと後悔は突然やってくる』ってCMでキメ顔していた若手俳優の言葉の意味がやっと理解できたかもしれない。
だが、俺に突然降り掛かってきたのは後悔だけではなかった。
「悩んでいるようですね。それなら得意を見つけに行きましょう!」
雲母さんがチャンスを運んできてくれたから。
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