第171話 俺たちはイベントの話がしたい
帰宅後、ちょうど笹倉も早苗の部屋にいたからついでにイベントについて話すことにした。
「そういうわけだから、2人にも手伝ってもらうぞ」
「ええ……」
「そんなぁ……」
俺はあの後、雲母さんから『イベントにはあの二人も参加させて欲しい』と頼まれてしまったのだ。俺も一人で何かする勇気はないし、ちょうどいいと思っていたのだが、頼まれた側はたまったもんじゃないらしい。2人ともに嫌そうな顔をされてしまった。
「病気の子供たちのためだと思えば、やる気も出てくるだろ?」
そう言って説得しようとするも。
「私は見てる方が楽しめるタイプだし……」
早苗はそう言って視線を逸らし。
「私もあまりイベントは得意じゃないのよ。知らない人の前で何かするのは遠慮したいわね」
笹倉は訴えるようなめで見つめてきた。早苗の気持ちは俺もよくわかる。人見知りじゃなくても、大勢に見られるのは緊張するもんな。
でも、笹倉は違うだろ。人前でキスしてきたやつが今更何を……いや、恥ずかしくなるから口にはしないけど。
「そう言わずに手伝ってくれよ。俺を助けると思ってさ」
「そうね、なにか報酬があればやる気も出るかもしれないわ」
「私も報酬があればやるかも!やりがいって大事だもん!」
報酬か……そう言えば雲母さんが何かくれるって言ってた気がするが、あの時はそういう気分じゃなかったからな。なんて言ってたんだっけ……。
「雲母さんが何かくれるとは言ってたぞ?」
「何かって何よ」
「そんな不確かなものじゃやる気出ないもん!」
くそ……現金なヤツらめ……。こうなったら俺がご褒美という形で用意するしかないか。俺の小遣いの範囲で用意出来て、かつ2人に満足してもらえるものって、一体何があるんだろう。
俺が頭の中であれこれ悩んでいると、早苗がクイクイっと服を引っ張ってきた。
「あおくんのお嫁さんにしてくれるなら引き受けてもいーよ?」
なるほど、そう来たか。確かに早苗にとってはそれが最高の取引条件になるかもな。自分の事ながら『最高の』なんて言ってしまうあたり、かなり痛いやつだけど。
「それなら私も立候補するわ。結婚してくれないというのなら、手伝わないわよ」
まあ、そうなるわな。早苗がなにか行動を起こせば、笹倉がそれに対して反撃する。いつも通りの流れだ。だが、いつもと違って今回は痛いところを突かれてしまっている。
「悪いが、俺が日本国籍な以上は2人共と結婚はできないな。2人に手伝ってもらいたい身としては、その取引は拒否させてもらいたいんだが……」
その条件では、どちらかを取ればもう片方は手伝ってくれないことになる。実にいやらしい仕組みだ。
「どうしてもと言うなら、2人ともアイドルになれ。そしたら俺の嫁になれるぞ?」
「それってオタク用語での嫁よね?」
「片思い100%の嫁だよぉ……」
俺の遠回しな拒否に2人は怪訝そうな視線を向けてくる。さすがに回りくど過ぎたか、今度から気をつけよう。次があるかはわからんけど。
「でもなぁ、さすがに嫁ってのは……」
嫁になることを承諾するわけにはいかない。第一まだ高校生だし。そんな俺の気持ちを察したのか、有難いことに2人の方から折れてくれた。
「わかったわよ、ほっぺにちゅーで許してあげる」
「私もほっぺにちゅーでいーよ!」
2人は人差し指で頬をつんつんとしながら、そう言って微笑んだ。ほっぺにちゅーもなかなかにレベルが高いが、市役所に婚姻届を貰いに行くよりか、明らかに簡単だ。
「じゃ、じゃあそれで……手伝ってくれるか?」
俺の最終確認に、2人は満足気に頷いてくれた。
翌日の放課後、今度は俺と笹倉と早苗の3人でイベント準備室へとやってきた。それから数分遅れて、雲母さんが何かを引っ張りながら入ってくる。
「ホワイトボードですか?」
ローラーのついた脚の上に、白い板が取り付けられている。ペンやスポンジみたいなやつ(名前知らん)もあるし間違いないだろう。
「そうです。今日は皆さんに何をしてもらうか話し合おうと思ったので」
雲母さんは見えやすい位置にホワイトボードを移動させると、黒いペンで『やりたいこと』と書いた。なんだか文化祭の準備を思い出すな。
「関ヶ谷さんはなにか思いつきましたか?」
「いや、何も」
「ですよね……。小森さんはどうですか?」
「ごめんなさい、私もまだです……」
「大丈夫ですよ、怯えないでください。ついでに聞きますが、笹倉さんは?」
「ついでってなんですか、ついでって。私もまだですけど」
「まだなら突っかかってこないでくださいね。話の邪魔なので」
な、なんだろう、早速嫌な空気が流れている気がするんだが。俺も『ですよね』には少し傷ついたが、『ついで』ってのもなかなかグサッとくるよな。
雲母さんはそれをあえて言ったように見えたし、もしかして反省文のことを根に持っているんじゃ……。
「雲母先輩、さすがに後輩を舐めすぎですよ?少々昨日のことを根に持ちすぎじゃないですか?」
笹倉もそう思っていたか。今日のは明らかに雲母さんから仕掛けたし、悪いのは彼女の方だろうから、俺も笹倉を止めたりはしない。
「安心してください、根に持っているのはその件ではありませんから」
ニコッと笑いながら、雲母さんは一瞬だけ俺へと視線を送った。その意味深な行動に、俺の頭は無意識に回転し始める。
その件じゃないってことは……もしかして俺のことか?俺が変な振り方をしてしまったから、そのヘイトが笹倉に向いたとか。
「碧斗くん、先輩と何かあったの?」
彼女もその視線から察したのか、俺にそう聞いてきた。何かあったのかと言われれば正直あったが、『告白された』なんて言ったら、きっと笹倉は勘違いしてしまう。
「えっと、それは……」
雲母さんの方を見てみると、彼女は楽しそうににやにやしていた。どうやら俺の反応を見て面白がっているようだ。
思い切って告白されたとばらしてやろうかと思ったが、俺もそれを実際にやってのけてしまうほど鬼畜な人間ではないし、そもそも昨日どうして言わなかったのかと言われてしまえば、俺も被害を被ることになる。
全てを考慮した上で、俺が反射的に口にしたものがこれだった。
「む、胸の話をしただけだよ!」
言い終えてからはっと我に返る。確かに胸の話はしたが、そんなことを言ったら絶対に悪い方に考えられてしまう。焦ったら変なことを口にしてしまう癖、直したいな……。
「胸って……この胸?」
笹倉は首を傾げながら、自分の豊満なバストを指差した。こうなったら羞恥心は捨てるしかない。
「そうだ、その胸だ」
「そんな自信満々に言われても……どうしても胸の話になるのよ。イベントについて話をしただけじゃなかったの?」
「ああ、もちろんイベントについても話した。だが、笹倉の胸の話もしたんだ」
「わ、私の……?」
彼女は恥ずかしそうに自分の胸を押さえる。なんだかその仕草が魅惑的だった。
「雲母さんのより、笹倉の方が大きいよなって話だよ」
「……あ、碧斗くんは大きい方が好きなの?」
笹倉は上目遣いでそう聞いてくる。頬も少し赤らんでいるし、ここで畳み掛けるか。
「ああ、大好きだ。笹倉の方が大好きだ」
「わ、私の方が……しゅき……はぅぅ……」
俺の熱い言葉を聞いた笹倉は、真っ赤な顔をしながら、その場に崩れ落ちた。「うへへ……♪」と幸せそうに笑っているので、問題は解決できたと言えるだろう。
……って、俺は何を言ってるんだ。『笹倉の胸が好き』なんて、ただのセクハラじゃねぇか。訴えられても文句言えないぞ……。
「ねぇねぇ、あおくん。私の胸は?」
「ああ、好き好き。大好きだぞ〜」
「なんか冷たい!?」
早苗、悪いが今はお前に構う余裕が無いんだ。先程までのおかしかった自分を反省しないと……。
「あおくん、私より笹倉さんの方がいいんだぁ……うぅ……」
「関ヶ谷さん、私より笹倉さんの胸が……くっ……」
「私の方が好きだなんて……うへへぇ♪」
1人を幸せにしたら2人が傷つく世界。ああ、なんて難しいんだろうか……。
倒れたままの笹倉の脇腹をつんつんとつつきながら、俺は深いため息をついた。
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