第164話 俺は(男)友達に勉強を教えてもらいたい

 数日後、俺は千鶴の家へと向かっていた。模擬試験まで1週間と少しなこともあって、勉強をしなくてはいけない衝動に駆られたからだ。

 前回の中間テストのようにハプニングが起きないとも限らないし、前もってやっておくことの大切さは、早苗の反面教師像からよく理解した。

 そういう訳で学校から帰った俺は、早苗に「千鶴の家に行ってくる」と告げ、「女の家か!浮気か!」と騒ぎ立てる茜をかわし、ついでに葵の頭をなでなでしてから家を出てきのだ。

 千鶴なら頭もいいし、コスプレショーを見なくてはならない代償としては、ちゃんと教えてくれるだろう。

 勉強を一緒にするだけなら笹倉でもいいと思うのだが、今回は別の相談も兼ねている。もちろん千鶴にしか出来ない相談だ。

 彼の家の前に着いてインターホンを押すと、前もって連絡しておいたおかげで、すぐに玄関の鍵を開けてもらえた。俺が扉を開けて家に入ると、いつものように千鶴は女装をして出迎えてくれる。だが、今日はどこか様子がおかしい。

「どうかしたのか?」

 俺がそう聞くと、彼は俺の後ろを指さしながら言った。

「その子たち、誰だ?」

 そう言われて振り返ると、いつの間にか茜と葵がそこに立っていた。いつの間に着いてきてたんだ……。

「ば、バレちゃったか」

「だから追跡なんてやめようって言ったんです……」

 残念そうな顔をする茜と、怒られるのではないかと怯える葵。別に俺は着いてこられてもいいのだが、問題があるのは千鶴の方だ。

 俺だけだと思って女装して現れたのに、他にも目撃者がいたんだからな。恥ずかしさとやってしまった感で混乱しているに決まってる。

「でも、やっぱり女の家じゃねぇか!彼女がいるのに不謹慎だぞ!」

「幻滅です……あおにいのばかっ」

 茜と葵はそう言って俺の太ももをぺちぺちと叩いてくる。不謹慎とか幻滅とか、小学生なのによくそんな言葉知ってたな。

 ……というか、そもそもこいつら、千鶴が女の子だって勘違いしてるのか?小学生2人に女装男子を理解させるのは難しいだろうし、この勘違いは上手く利用しなくては。

「だ、大丈夫だ。笹倉も千鶴のことはよく知ってるからな。今日は勉強を教えてもらいに来ただけだ」

 俺がそう言いながらチラチラと視線を送ると、千鶴はその意図を察してくれらしく、大きく首を縦に振る。

「そ、そう!私、笹倉さんとは友達だから、碧斗くんと仲良くしても問題ないの」

 少し大根役者な感じもするが、小学生の目を欺くのには十分だったらしく、2人は「それならいっか」と納得してくれた。

「じゃあ、家で早苗と遊んでやっててくれるか?」

 これで千鶴と2人で勉強ができる。そう思ったのだが……。

「兄貴の友達の家、気になるんだけど」

 茜が突然そんなことを言い出した。

「いや、勉強するから2人は帰っててくれるか?そうじゃないと集中できないし……」

「あたしたちは邪魔しないから。ちょっと見て帰るだけだよ」

 茜は靴を脱ぐと、勝手に家に上がってしまった。なんて自分勝手なやつだ。

「茜、そういうのはやめ―――――――ん?」

 彼女を止めようとすると、今度は服をぐいっと引っ張られた。犯人は葵だ。

「あおにい、わたしも見たいです。あおにいのお友達さんの部屋、見てみたいです」

 そのねだるような口調と視線が、俺のお兄ちゃん心をグッと掴んで離さなかった。

「千鶴……少しだけ、いいか?」

 茜はともかく、葵にこんなことを言われてしまったら、断ることなんてできない。いや、別に茜が悪い訳じゃないが……俺にとってより妹度が高いのが葵ってだけだ。茜は1人でなんでもやっちゃいそうなくらい積極的だし。

「……わかった、少しだけね?」

 軽くため息をついた千鶴は、渋々というふうに2人を部屋まで案内してくれた。



「なんか、女の子っぽくない部屋だな」

 部屋に入った茜の第一声がそれだった。確かに千鶴の部屋はシンプルで実に男っぽい。彼は彼の親にも女装のことは内緒にしているので、表立って女の子っぽくは出来ないのだ。

「置いてあるゲームも格闘とか冒険とか……男が好きそうなものばっかだな〜」

 もしかして勘づかれてるんじゃないか?そう思わせてくる茜の探るような口調に、俺も千鶴も内心汗まみれだった。

「ま、まあ、千鶴は男勝りなところがあるからな。だから俺とも気が合うんだよ」

 俺が慌ててそう言うと、茜は「ふーん、そっか」と言って、手に持っていたゲームを元の位置へと戻した。

「でもさ、女の子ならぬいぐるみのひとつやふたつ、あっても良くないか?そういうのも嫌いなのか?」

「それは……その……」

 どうやら千鶴は嘘をつくのが下手らしい。ここも俺がカバーしてやらないと。

「そういえば千鶴、前に親に全部捨てられたって言ってなかったか?」

「……そ、そうそう!うっかり忘れてた!こんなのは邪魔だからって捨てられちゃったのよね」

「……そ」

 これだけ言っても、茜の疑いの目は変わらない。部屋の中をゆっくりと歩きながら、ひとつひとつの要素を拾うようにじっくりと眺めていく。そして彼女は何かに気がついたように、タンスの前で足を止めた。

「……これ、男物の服だよな?」

 タンスの中を覗いた彼女は、みーつけたと言わんばかりの悪い笑みでこちらを振り返る。

「ブリーフのパンツ……これもあるんだから言い訳はできねぇぞ?」

 ここまで見られてしまえば、もはや言い訳は苦しいものしか出てこない。悪いな、千鶴。今回は茜の推理力に完敗だ……。

「ああ、そのと―――――――――――」

「ううん、それは違うわ」

 俺が負けを認めようとした瞬間、それまで一歩遅れていた千鶴が遮るように前へと出た。

「茜ちゃん、だったかしら?」

 優しい声で名前を呼びながら、彼は茜の前まで行って目線の高さを合わせる。

「これは親しい人以外には言っちゃダメなことなんだけど、茜ちゃんを信じて教えてあげるわね」

 千鶴はそっと茜の耳元に口を寄せると、小声で何かを囁いた。何を伝えたのかは分からないが、千鶴の「秘密にしてくれる?」という質問に首を縦に振ったところを見るに、茜は今度こそ納得してくれたらしい。

「葵、帰るわよ」

 彼女はそう言って葵の手を握ると、引っ張るようにして部屋を出ていった。

「お邪魔しました〜」という声と扉の閉まる音が聞こえたので、ちゃんと帰ってくれたらしい。俺はそれまで気を張っていた分、思わず声を漏らしながらその場に座り込んだ。

「あぁ……女装、バレずに済んだな……」

「まあ、男装はしてることになっちゃったけどな」

「ん?どういうことだ?」

 俺がそう聞くと、彼は先程茜に伝えた内容を教えてくれる。

「さっき、茜ちゃんに『家系の事情で外では男装をしないといけなくなった』って言ったんだよ。適当に呪いだとか祟りだとかも付け足してな」

「そんなのでよく信じたな……」

 やっぱり茜のやつ、賢いのか馬鹿なのか分からんな。

「まあ、女の子はそういう話が好きだからな。藁人形を打ち付けてるのも、大抵が女だろ?」

「あ、確かに」

 思わず納得してしまった。怪〇レストランで呪いの話が出てきた時も、女が犯人であることが多かった気もするし、藁にもすがる思いってのはそういう事だったのか。

「まあ、これから彼女らと外で会う時は、男の格好じゃないといけないってわけだ」

「今まで以上に女装がしづらくなったな」

「まあ、どうせ女装してみせるのは碧斗くらいなもんだし……また家に来てくれるだろ?」

「あたりまえだ」

 そう言って笑ってみせると、千鶴もまた笑い返してくれる。やっぱり男友達っていいもんだよな。……見た目は女だけど。

「よし、それじゃあゲームすっか!」

「そうだな!最近またいいゲームを買ったって前に…………って勉強させろ」

 危ない危ない、色々あったせいで俺も当初の目的を忘れるところだった。

「しょうがないなぁ……じゃあ、保健体育から始めるぞ〜!」

「お前、何企んでんだ!?」

 普通に考えて保健体育から手をつけるやつなんて居ねぇだろ。そこは無難に国語とか英語から入ればいいものを……いやまあ、一応持ってきてはいるけどな。

「持ってきてるじゃん、ヤる気ありか?」

「お前の言ってるヤる気は俺のやる気とは違ぇよ」

 本当にこいつは、どこまでもイケメンでいてくれないよな。顔はこんなにも整ってるのに、勿体無いったらありゃしない。寄越せ、そのイケメン。

「どう違うのか、30文字以内で答えなさい」

「そりゃ、お前のは―――――――――ってできるかい!国語からだ国語!これ以上ふざけたら二度と家に来てやらないからな!」

「えっ……」

「う、嘘に決まってるだろ!本気で泣くなよ!」

 ポロポロと零れる彼の涙を、慌ててティッシュで拭ってやる。1年前はこんなやつだなんて微塵も思わなかったのに、どうしてこうなってしまったんだろうか……。


 まあ、こっちの千鶴も(男)友達としては、好きなんだけどさ。一緒にいて飽きないってのが、1番大事だろ?

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