第165話 俺は幼馴染ちゃんに武将の名前を教えたい
模擬試験3日前。早苗の面倒も見つつ、千鶴に教えてもらったりなんてして、俺の勉強ライフは充実していた。前回と違って今回のテストは万全の状態で受ける予定だし、成績表は安心して受け取れそうだ。
もちろん早苗はいつも通り分からないところだらけ。彼女の頭の上の『?』が具現化されたら、この部屋はおそらく埋もれてしまうだろう。コミカルな世界観じゃなくて良かった。
そして笹倉はと言うと――――――――――――。
「…………」
30分ほど前、いいことを思いついたとか言って早苗の部屋に押しかけてくると、俺のゲーム機を半ば強引に装着してベッドの上で動かなくなってしまった。
笹倉のことだからテストは大丈夫なんだろうが、どうして俺のゲーム機を使う必要があったんだろうか……。
「あおくん、笹倉さんのことはいいから続きを教えてよ〜」
早苗にそう急かされ、ベットの方へと向けていた意識を目の前の教科書へと戻す。
「ここが分からないんだけど……」
あれこれと聞いてくる彼女は、勉強熱心になったようにも感じるが、実の所はそうではなかったりする。いつも隣にいるからだろうか、彼女の些細な変化だけで嫉妬しているということがわかってしまうのだ。
彼女が勉強を教えてもらいたいのは、その時間は俺が自分のことだけを考えてくれるから。だから、少しでも笹倉の方に意識を送ると、彼女はすごく不満そうな顔を見せる。
その様子が面白可愛くてわざとやってるところも無くはないが……まあ、彼女に平穏な冬休みを与えるためにも、ここは真面目に教えてやるとするか。
「ん?どこが分からないって?」
「だからここだってばぁ……」
『この武将の名前を答えなさい』
早苗が指差す問題文の下には、見慣れた写真が載っていた。
「これは明らかに織田信長だろ」
正直、日本で一番有名な武将だと思う。他の武将は見分けがつかないものも多いが、織田信長だけは見間違えることがまず無いのだ。不思議だよな。
「……ああ、天下統一しようとしていたのにあと一歩のところで部下に裏切られた可哀想な人!」
「そこまで詳しいのに、どうして名前が出てこないんだ?」
「人の顔と名前は覚えない主義でねっ!」
えっへんと胸を張って見せる彼女。目のやりどころに困るからそういうのは控えて欲しいが、こんな簡単な問題も分からないようじゃ、それ以前に目も当てられない。
「じゃあ、織田信長を裏切った部下の名前は?」
「いやいや、沢山いただろうから全部答えるのは無理でしょ」
「何そこだけ真面目に答えてんだよ。有名なのを一人答えたらいいんだよ」
誰が全員答えろって言ったんだよ……。まあ、こいつがふざける辺り、分かってないのは丸わかりなんだけどな。
「えっと……んと……」
ほら、やっぱりな。俺は心の中だけでため息をつくと、早苗のおでこに軽くデコピンをした。
「分からないんだろ?なら素直に言えよ。その方が俺も教えやすくて助かるし」
「うぅ……ごめんなさい……」
デコピンされた部分よりも痛かったのか、彼女は胸をぎゅっと押さえると、怠けた表情を引き締めて、ペンを握り直す。
「早苗、やる気になってるところひとついいか?」
俺は様子見としてあえて黙っていたことを、彼女に伝えることにした。
「ん?なぁに?」
首を傾げる彼女。もしもこの事実に気付いていなかったら傷ついてしまうかもしれないが、この状況で教えない方が鬼だもんな。
「武将は範囲外だぞ」
「…………え?」
それほどショックだったのか、早苗はその後、30分間ほど夢の中へフルダイブしてしまった。後で聞いた話なのだが、百点を取った夢を見たらしい。俺は何だか悲しい気持ちになった。
「……あら?強制ログアウトかしら」
しばらくすると、笹倉が残念そうに体を起こした。その様子を不思議に思い、俺は聞いてみる。
「どうしたんだ?」
「いえ、どうやら強制的にゲームを終了されちゃったみたいなのよ」
強制的にって……そんな機能あったか?まあ、やめられないよりかはマシだとは思うが、アニメの世界じゃないからちゃんとログアウトボタンはあるはずだし……。
「やっぱり碧斗くんのアバターでプレイしたのがまずかったのかしらね」
「…………ん?」
今、俺のアバターがどうのこうのって言わなかったか?
「笹倉、俺のアバターではゲームに入れたのか?」
「ええ、テストプレイ用アバターはゲーム機ごとに配布されてるらしいから、もしかしたらと思ったのよ」
え、それってゲームの中では笹倉が俺の体を操ってたってことだよな?つまり見た目が俺で中身が笹倉……。
「どこのエ〇漫画!?」
「お前が言うんかい!」
俺が心の中で思ったことを、早苗がそっくりそのまま口にしてくれた。でも、そういうことだよな?俺のアバターって一応男の設定だし、笹倉は異性の体を操っていたってことになる。おまけに好きな人の体を、だ。
「勘違いしないでもらえるかしら?別に碧斗くんの体になったからって、お風呂に入ったり、鏡の前でキメ顔したりなんてしてないから」
「それ絶対やったことを言ってるだろ!」
自分が鏡の前で……想像しただけで頭が痛くなる。本当にその程度で終わってくれてたならいいんだが……。笹倉ならもっと思い切った行動をしていても不思議じゃないからな。
「安心してちょうだい。猫耳の女の子にナンパをしてみようとしたけど、その前にログアウトさせられちゃったから」
……それ、まさかラムじゃないか?未遂で済んで本当に良かった。笹倉にはあいつの記憶が無いし、そんな状況で声なんてかけたら、ガチでやばいやつだと思われるだろ……。
「でも、それって俺が笹倉のゲーム機でログインしても、同じことができるんだよな?」
「多分そうだと思うわ。AIだから私がログアウトさせられた時点で、他のゲーム機でも不可能になってるかもしれないけれど」
「ああ、そうかもな……」
なんだ、笹倉の体を操れると思ったのにな。
「もしかして碧斗くん、残念がってる?」
「そ、そういうわけじゃねぇよ!くノ一とかやってみたかったなって思っただけだ!」
俺が慌てて首を横に振ると、彼女は「ふーん」と意味深に笑いながら、持っていたゲーム機を自分の横に置いた。
「内側から操るのは無理だけど……碧斗くんなら私の事、好きにしてもいいのよ?」
カクッと首を傾げながら、四つん這いになった笹倉は、赤子のハイハイのようにして顔を寄せてくる。俺は座っていて彼女はベッドの上だから、こちらからすると見下ろされる感じでどこが圧倒された。
「私の事、好きに操ってみる……?」
大人な彼女とは違って、どこが子供っぽい口調。それが余計に俺の心を揺さぶってきた。
「い、いや、俺は……」
「……ぷっ!」
何か言わなくては!と答えようとすると、突然笹倉が吹き出した。なんだろう、この流れに既視感がある。
「冗談よ、冗談♪」
「やっぱりか……」
思わずため息がこぼれる。からかわれているんだと分かっていても、ドキドキしてしまうんだから恋ってのは恐ろしいよな。
「操るのは碧斗くんじゃなくて私の方だもの♪」
「あ、冗談ってそこ!?」
俺の立場が下なのも納得できないが、冗談のポイントが少しばかり破廉恥な気がする。けど、笹倉相手ならそれも別に―――――――――。
「もぉ、勉強が進まないよっ!笹倉さん、あおくんを独り占めするのはやめて!」
と、早苗が間に割り込んでくる。正直、今邪魔してくれて助かった。揺らぎまくりの心が、何とか崩壊せずに持ってくれたよ。
「今のあおくんは私の家庭教師なの!笹倉さんに構ってる暇はないのっ!」
あれ、俺はいつから雇われてたんだ?
「あら、家庭教師なら小森さんより立場が上ね?その家庭教師の彼女なのだから、私もあなたより上だと思うのだけれど?」
なんだよ、その暴論は。間違っちゃいないけど、多分人間性的には大間違いだぞ。
「小森さんのバーカ!赤点!甘えん坊!」
「笹倉さんの意地っ張り!見栄っ張り〜!」
なんだろう、2人とも悪口の程度が低いよな。まあ、2人の悪い所なんてそれくらいなもんってことなんだろうか。
「早苗、そんなに張り張り言ってたらチップスになっちゃうぞ〜?」
「…………」
「…………」
「…………すみません、なんでもないです」
喧嘩を止めるのはやっぱり寒いオヤジギャグだよな。別に面白いと思って言ったわけじゃねぇし。2人の頭を冷やすために、わざとつまらないことを言っただけだし!
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