第163話 俺はバニーガールの相談を聞きたい

 何人かの相談を受け、時に真面目に、時に適当に解決した俺は、客足が途切れたところで背もたれに体を預けて少し休憩する。こうしていると、何だか体から力が抜けてしまいそうだ。

 話を聞くだけだから簡単だと思っていたが、こんな所に来る人なだけあって、ひとつひとつの話が重いんだよな。聞いているだけで疲れてしまった。

「次、いいかしら」

 ふと閉じかけていた瞼を開くと、バニーガールの衣装を着た女性が正面に腰掛けていた。声はすごく落ち着いていて、大人の女性を彷彿させられた。もちろんこの状態では顔が見えない。だが、際どい格好なこともあって、見えないことが逆に豊満なバストへと目が行ってしまう要因になりつつあった。

 相手はお客さんだ、変なことを考えるな。

 何度か頭の中でそう言い聞かせ、胸から視線を逸らすことに成功。意識を別の場所へ送りながら、俺は彼女の話を聞く態勢へと入った。

「相談というのが、恋愛のことなの。そういうのでも大丈夫かしら?」

「ええ、構いませんよ。どんな相談でも受け付けています」

 こう言われたらこう返すみたいな、テンプレな返答をすると、彼女はふふっと笑って話を続ける。

「私、彼氏がいるのよ。すごく好きで、彼も私のことを好きでいてくれてる。2人で過ごす時間がすごく幸せなのよ」

「いいじゃないですか、両思いの純愛って感じで」

「そう、ここまではいいの。でもね、途中で恋敵が現れたの。彼はその子にも目移りしちゃって、私とその子で悩んでいるみたいなんだけど……」

 そこまで聞いて、俺はふと違和感を感じる。あれ、この話どこかで聞いたことがあるような……。

「その彼氏さん、俺みたいですね。俺も彼女と幼馴染に挟まれて、色々と悩んでいるんですよ。どっちも魅力的な女の子だから……」

 口に出してみれば、その彼氏さん、もしかして俺なんじゃないかと思ってしまうくらいに同じだな。NPCでも色々と悩むんだなぁ……。

 そんなことを考えていると、バニーガールはスっと椅子から立ち上がった。

「相談は終わりですか?まだ途中のはずですが……」

「ええ、終わりよ。だって―――――――――」

 バニーガールは腰を曲げると、顔隠しをくぐるようにこちらに乗り出してきた。

「……え、笹倉?」

 その顔は紛れもなく、笹倉 彩葉だった。頭の上にも名前が出ているから間違いない。しかし、聞こえていた声は確かに違う人のものだったはずだ。そもそも笹倉の声なら聞き間違えるはずがないし……。そんな俺の考えを悟ったかのように、彼女は自らの喉に軽くタッチをする。すると―――――――――――。

「『くノ一』の新しいスキルよ。別の人の声真似ができるの」

「ああ、それでか……」

 向かい側に座った時も、存在感を消すスキルでも使っていたんだろう。完全に騙されてしまった……。

「でも、なんで笹倉がここに……?」

「クエストの中に、ここで働くってのがあったのよ。女性限定のクエストだけどね」

 ああ、それでバニーガールの衣装を…………ってバニーガール!?

「ぶへっ!?」

 突如頭に湧いてきた『笹倉のバニーガール』というパワーワードに殴られた俺は、データを吐き出しながらその場に倒れ込んだ。ハーフダイブなだけあって、心的ダメージも直に伝わってくるらしい。

「だ、大丈夫!?」

 笹倉は慌てて屋台に飛び込んでくると、ストレージから取り出した『癒術師の杖』を振って俺を回復させてくれた。

「あ、ありがとう……」

「いえいえ、癒術師として当然のことよ」

 彼女は呆れたように笑いながら、座り込む俺の前にしゃがんだ。その体勢、ちょっと際どいものが見えそうなんだけど……。

「碧斗くん、見すぎ……」

 俺の視線に気付いたらしい彼女は、こちらの視界を遮るように手を添えながら軽く眉をひそめる。そして仕方ないというふうにため息をつくと、ペタンとその場に腰を下ろした。

「碧斗くんがここに入っていくのを見つけて、私、急いで追いかけてきたのよ?」

 入るところを見られてたのか……いや、別にやましいことをしに来たわけじゃないから問題は無いけど、場所が場所なこともあって、知らない人が見たら勘違いもしてしまうだろう。

「でもね、正直安心した」

「何にだ?」

「碧斗くんが『魅力的な女の子』って言ってくれたことに。小森さんって私とは正反対でしょ?目移りするくらいだから、私のことはもうそういう風に思ってないのかもって……」

「……」

 そんなふうに思っていたのか。いつもそばに居たのに、全然気が付かなかった……。

「この際だから言っちゃうんだけれど、ある意味碧斗くんと小森さんって両思いなのよね。だから、一緒に暮らしてるって時点で、なにか起きてもおかしくないとは思ってるの」

 笹倉は「一緒に寝てるくらいだもの」と付け足す。その言葉を聞いて、俺は少し胸がチクリとした。これが罪悪感ってやつか。

 そうは言っても、俺は早苗のことも好きなわけで。でも、彼女は笹倉で……すごく歪な関係図なんだよな、俺たちって。

「ごめんな……」

「いえ、謝って欲しいわけじゃないの。私だってもう大人の女性よ?好きな人の幸せを願えるくらいの器は持っているつもりよ」

 笹倉はそこまで言うと、俺の目をじっと見つめ、そしてニコッと微笑んだ。

「碧斗くんにはじっくり悩んで、本当に好きな方を選んで貰いたいの。それで選ばれなかったとしても、私はその選択を祝福するつもりだから」

 それはいつかの早苗にも言われた言葉だった。2人は全く違うようで、俺に向けてくれている想いは同じなんだな……。

「まあ、答えが出るまでは、私が彼女で居続けるつもりなのだけどね?」

 いや、やっぱり笹倉は笹倉らしい想いをもってるんだな。その付け足された一言で、俺は心の底からそう感じた。



「ふぅ……」

 俺はため息をつきながら、ゲーム機を頭から外す。

 今日はかなり頑張ってしまった。笹倉もあれからレベルを5つ上げてLv.25になったし、俺もなんとかLv.15まで上がった。

 ただ、ひとつ気付いたのが、あの世界ではもっとレベルを上げないと強いスキルが手に入らないということだ。その上俺は『勇者』の効果で、レベルが上がりにくくなっていることもあって、他よりも多く経験値を稼がないといけない。雑魚モンスターを狩っているだけでは、中々骨が折れそうだ。

「早苗、ちゃんとやって――――――――」

 そう言いながら体を起こし、早苗がいるはずの机へと視線を向けると、そこに彼女はいた。でも……。

「……寝てるのか」

 彼女は机の明かりだけを付けた暗い部屋で、机に突っ伏していた。一瞬落ち込んでいるのかと思ったが、すぅーすぅーと一定のリズムで彼女の呼吸音が聞こえてくることから、眠っていのだと理解する。

「……」

 気がつくと俺は、そっと彼女に近付いていた。寝息の音を聞きたかったのかもしれない。我ながらあまりいい趣味では無いとも思ったが。

 すぅーすぅー。

 近くで聞くと、どこか落ち着く。ずっと聞いていると、俺まで眠りに誘われてしまいそうになる。

「ん……あおくん……」

 名前を呼ばれて思わず肩が跳ねた。どうやら寝言らしい。こいつの寝言、いつも俺が登場してないか?まあ、それだけ考えてくれてるってことなのかもしれないけど。

 でも、『寝言に返事をしてはいけません』って、偉いおばちゃんがテレビで言っているのを見たことがあった俺は、口元を押さえて出そうになった声を引っ込めた。

 すぅーすぅー。

 良かった、起こさないで済んだみたいだ。ほっと胸をなで下ろしたその時……。

「んん……」

 早苗が唸りながら、伏せていた顔をこちらへと向けた。部屋が暗いこともあって、照らし出される彼女の頬がいつもより綺麗に見える。

 ……いや、普段もすごい綺麗なんだけどさ。それとは違って、聞こえてくる寝息の音とか、無防備なうなじとか。そういうのが色々と合わさってどこか色っぽさを感じるというか……あれ、俺……今ドキドキしてる?

「起きて……ないよな?」

 俺は震え気味の声でそう確認すると、彼女の頬に顔を寄せた。自分でも何をしようとしているのか、明確には理解出来ていなかったが、衝動に身を任せてしまっていることだけはわかった。

 俺の唇が彼女の頬から数センチの距離まで近づいて、やっと自分がこれからしようとしていることをはっきりと理解する。

 眠っているなら、何をしてもバレない。つまり、頬にキスをしても分からないのだ。俺さえ口にしなければ、絶対にバレることの無い隠し事。それを俺は作ろうとしていた。

 そして頬へと触れる――――――――――――「碧斗君!ちょっと手伝ってくれない?」―――――――ことは無かった。

 一階から俺を呼ぶ咲子さんの声が聞こえたからだ。

「あ、危な……何しようとしてんだ、俺は」

 感情に流されて取り返しのつかないことをするところだった。その取り返しのつかないことを一番望んでる人に助けられたんだから、皮肉なもんだよな……。

「咲子さん、今行きます!」

 俺はそう言うと、タンスの中から毛布を取り出して、早苗にかけてやる。そうだよな、笹倉にあんなことを言われた後にこんなことをするなんて、許されることじゃないに決まってる。きっとゲームのやりすぎで疲れてるんだな、向こうの時間感覚では10時間以上も居たことになるし。

「ごめんな……おやすみ」

 早苗にも、笹倉にも伝える気持ちでそう口にすると、俺は静かに部屋を後にした。


「……あおくんのヘタレ」

 そんな不満そうな囁きは、部屋の暗さに呑まれてしまって、俺の耳には届かなかった。

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