第162話 俺は猫耳さんを手伝いたい

「えっと……ラムさんだっけ?」

 そこにいたのは、ミューさんの家にいた猫耳の女の子だった。

「ふぇっ!?あ、新しいパパ!?」

「いや、だからそれはミューさんの嘘だって……」

 まだ信じてたのか……。疑いの目を向けてくる割には、騙されやすいタイプらしい。

「俺は関ヶ谷 碧斗。今日の晩御飯に出てくるであろう野菜を届けただけの人だ」

「ほんとに……?」

 彼女がそう言って首を傾げると、黒い髪がサラリと垂れた。

「ああ、本当だ。ちゃんと配達料も貰ったしな」

「そっか……よかった……」

 よかった、というのは俺みたいに女装してるやつが父親にならなくて良かったという意味だろうか。確かに同い年くらいの女の子の父親になる勇気はないが、ここまで安堵されると逆に傷つくな。

 というか、彼女らは俺を男だと認識してくれてるわけだ。NPCには俺らの性別が分かるのだろうか。

「それで……こんな所で何してるんだ?」

 本来話しかけた目的はこっちだ。こんな華奢な女の子と武器屋じゃ、全くイメージが釣り合わないし、違和感しか感じない。まさか武器を買いに来たとかじゃないよな?

「えっと……どの武器にしようか悩んでいて……」

 いや、普通に買いに来てた。

「ラムさん、モンスターとか倒せるのか?」

 俺の質問に、彼女は首を横に振る。

「倒したことも見たことも無いけど……」

「見たこともか……」

 まあ、街の中で平和に暮らしていれば、外にいるモンスターと出会うこともないからな。でも、それなら武器を買ったところで、一人で行くのは危険すぎると思う。

「モンスターを倒しに行くなら、俺も手伝うぞ?」

「え、何か企んでる?」

「企んでねぇよ」

 変なところだけ疑うんだな、こいつ。まあ、今日会ったばかりの男にホイホイついて行く方が危ないか。いくらNPCとは言え、女の子であることに変わりはないし。

「言っとくが、このゲームには禁止行為ってのがあってな……悪いことは出来ないんだよ」

 俺がため息をつきながらそう言うが、ラムはキョトンとした顔をこちらに向けていた。

「ゲーム?なんのこと?」

「……え?」

 もしかして、彼女はここがゲームだと理解していないのだろうか。王様や女神、おそらく女将もだが、その辺のキャラは理解していたが、もしかして普通に暮らしているNPC達は、この世界を本物だと思っていたりするんだろうか。

「あ、いや、なんでもない……」

 俺は思わず言葉を濁した。もしも俺の仮説が正しかったとして、『ここはゲームであなたは作られたキャラです』なんて言ってしまったら、彼女はどんな表情をするだろう。

 何を言っているのかとバカにされるかもしれないし、信じ込んでしまって怖がるかもしれない。そう思ってしまったから、俺は本当のことを言えなかった。今度、天造さんに会ったら、その辺の話もくわしく聞いておこう。

「とにかくだな、俺は100%善意で手伝うって言ってるんだ。一人で行かせて倒れられても困るしな」

 ラムの目を真っ直ぐ見つめながらそう言うと、彼女はそれまでピンと立っていた猫耳を、ほんの少しだけ垂らした。

「わかったわよ、仕方ないわね……」

 俺の気持ちが伝わったのか、彼女は渋々という感じだがOKしてくれた。

「その代わり!そのラム『さん』ってのをやめてくれたら手伝わせてあげるわ」

「『さん』ってのが嫌なのか?」

「だって、アオトの方が背は高いし、その言い方だと力も強いでしょ?上の人から丁寧に呼ばれるの、私嫌いなのよ」

 なるほど、意外と謙虚なところもあるんだな。俺も付け焼き刃みたいなところもあったし、呼び捨てでいいならその方が楽だからありがたい。

「じゃあラム、よろしくな」

「ええ、よろしくするわ。でも、今日は武器を選びに来ただけだから、モンスター狩りはまた今度よ」

 彼女はそう言うと、武器の方へと視線を戻した……と思ったが、手元で画面をいじり、俺にメッセージを送ってきたようだ。

 ここを現実だと思っていても、こういうのには違和感を感じないんだな。生まれた時からあったら、そう思うもんなんだろうか……。

『よろしく』

 たった四文字の短いメッセージだが、そこから彼女らしさを感じたような気がした。

『こちらこそ、よろしく』……送信っと。


 ……あ、変換ミスで夜露死苦になっちまった。まあ、いっか。




 ラムと別れた後、俺は最後のクエストへと向かう。ここが一番報酬が高かったはずだし、調合屋のようにならないといいのだが……。

 そう願いながら俺がやってきたのは、『Bunnies』というお店だ。薄暗くなってきた街の中でもネオンライトで一際目立ち、男性客の出入りが目立つお店。つまりリアルで言うところのキャバクラ的なやつだ。こんなお店でなんのクエストをするのかと言うと……。

「あなたが私共の依頼を引き受けてくださった方ですか?」

「あ、はい。『話を聞くだけ』と聞いてきたんですが……」

 そう、俺が受理した依頼内容は、『Bunniesで客の話を聞く』だった。話を聞くだけというのは怪しいが、本当ならとても楽な仕事だ。

「では、こちらへ」

 スーツの男は、バニーガールに俺を引き渡すと、その場から立ち去っていった。俺はバニーガールに案内され、店の奥側へと向かう。それにしてもバニーガールの衣装ってこんなに際どいのか?笹倉が着たりなんてしたら、鼻血じゃ済まないかもしれないな……。

「こちらになります!」

 彼女に連れてこられたのは、店の隅に置かれた屋台のような場所だった。

「ここでやってくるお客様の相談を聞けばいいだけです!あいずちを打って、適当にアドバイスをしておけば何とかなるので頑張ってくださいね!」

「あ、はい……」

 本当にそんな適当でいいのか?変なことを言って殴られたりしないだろうか……。

 まあ、与えられた仕事はこなすに限る。俺は大人しく屋台の中に入り、設置されている椅子に腰かけた。その直後、どこからともなくおじさんが姿を現す。

「あの……相談、いいですか?」

 俺の1つ目の仕事だ。

「いいですよ、おかけ下さい」

 俺に言われるがまま、おじさんは向かい側に腰掛ける。この状況になってから気付いたが、相談中は両者の顔が見えないようになってるんだな。俺の視線からだと、鼻より上が屋台の柱で隠れている。顔を見ない方が話しやすいってことなんだろうか。

「実はですね、先日会社を首になりまして……」

 うわ、いきなり重い話だな。てか、この世界に会社なんてあったのか。世界観ファンタジーじゃなかったっけ?

「自主退職という形でやめてくださいって上司に言われて……」

 やけに生々しいな……制作陣の中に実体験した人でもいるのだろうか。

「まだ家族にも言えていないんです。だからこうしてこの店に入り浸って……ああ、僕はどうすればいいんでしょう……」

 明らかに高校生にされる質問じゃないんだよな。まあ、向こうはこっちの年齢なんて知らないし、どうやら本気で悩んでいるみたいだもんな。真面目に考えてみるか。

「何か得意なことはありますか?」

 得意なことは仕事にしやすいと思う。なるべく早く仕事を見つけるなら、そこから探すのが得策だろう。

「得意なことですか?そうですね……人を殺すのは得意ですよ。リストラされた会社にも、ライバル企業の幹部を消すための暗殺者として雇われていましたし……」

「は、はあ……」

 やべ、一番真面目に考えちゃいけないタイプの人だったよ。

「えっと……それ以外には?」

「そうですね、隠れるのも得意です。前は怪盗として働いていましたから。ル〇ン四世なんて言われてましたし」

 ……俺には想像もできない世界だな。

「他は?」

 もはや俺も真面目さを捨てた。この人の相談は適当にあしらっておいた方が、この世界のためになりそうだし。

「他は……スパイとして働いていた時期もあります。敵の幹部を内側から壊滅させる作戦でしたが、失敗してしまって……怪盗だった時の知恵を活かして、即作のパラグライダーで逃げましたけど、そのあとクビになりました」

「……」

 この人は何者なんだ?暗殺者に怪盗、おまけにスパイか。さすがに暗躍しすぎだろ。

「はぁ……そこまで黒い道を歩いてたなら、魔王軍にでもなればいいんじゃないですか?そこそこの位は貰えると思いますよ」

 俺がため息混じりにそう吐き出すと、おじさんはしばらくの間考え込んだ。そして思いついたように立ち上がると……。

「いい案ですね!今から履歴書を送ってみます!」

 そう言って走っていってしまった。……あれ、本当にこれでよかったんだろうか。

「あの、私もいいですか?」

 不安な気持ちを抱えながらも、『まあ、どうせ魔王軍には入れないだろうな』と次のお客さんへの対応に気持ちを切り替えることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る