第161話 俺は野菜を届けたい
「ごめんなさいね、手伝わせちゃって」
「いえいえ、お金はもらってますし、それ以上の働きはさせてもらいますよ!」
家までお届けサービスはNPCたちに大ウケした。おかげで俺は町中を行ったり来たり。ゲームじゃなかったら何度か足をつって閉まっているだろう。
そして今は、犬耳獣人のお母さんであるミューさんと共に、せっせと野菜を運んでいるところだ。ミューさんは茶色い毛がふわふわとしていて、垂れ気味の目と犬耳が優しそうな雰囲気を強調している。母性の塊のような人(?)で、声を聞いているだけでウトウトしてしまいそうだ。
そんな彼女の家に着いたところで、俺は野菜の入ったダンボール×2を玄関に置いた。その音を聞き付けて、家の奥にいた獣人の子供たちが飛び出してくる。
「おかーしゃん、おかえり!」
1人目はとても元気な灰毛犬耳の小さな女の子。満面の笑みでミューさんに飛びつくと、甘えるように胸に顔を埋めた。ちょっと羨ましい。
「お母さん、おかえりなさい!」
2人目は俺と同じくらいに見える茶毛犬耳の女の子。玄関まで出てくると、ミューさんたちの温かい光景を微笑ましそうに眺めていた。
「おかえりなさい……」
3人目は…………あ、いた。声は聞こえたのに姿を見せないと思ったら、家の奥から顔だけを覗かせてこちらを見ていた。
歳は2人目の女の子と変わらないように見えるが、毛の色は黒で、よく見たら犬耳ではなく猫耳だ。どうやら俺の事を警戒しているらしい。
「お母さん、そちらの方は?」
2人目の女の子がそう聞くと、ミューさんは微笑みながら答えた。
「新しいパパよ♪」
「「ええぇぇぇぇぇぇ!?」」
俺と3人目の女の子は全く同じ反応をして見せた。
「え、ほんと?お父さんなの?」
「おとーしゃんおとーしゃん!」
何で1人目と2人目はあっさりと受け入れてんだ!?せめてもう少し驚いて嫌そうな顔しろよ!
「ふふっ、冗談よ♪」
ミューさんは俺をからかうように笑うと、「八百屋さんよ、お野菜を運んでくれたの」と弁解してくれた。この人、なかなか遊び心のある人らしい……。
「よ、よかった……」
3人目の女の子なんて、安堵しすぎて床に座り込んでしまっているくらいだ。あれが正しい反応だと思うんだよな……。
「やおやしゃん?へんなおなまえ!」
1人目の女の子がミューさんの腕の中でケラケラと笑う。どつやら、八百屋というのを俺の名前だと思ったらしい。子供のこういう勘違いってちょっとかわいいよな。
「違うよ、俺の名前は碧斗だよ」
「あおと?やっぱりへんなおなまえ!」
そう言われるとちょっと落ち込むな。俺が毎月のお小遣い以外で、唯一親からもらったものなんだけど……。
「リル、そんなこと言っちゃダメでしょ?」
ミューさんがコラ!と優しく叱ると、リルと呼ばれた女の子は、「ごめんなしゃい」と謝ってくれた。素直でいい子じゃないか。
「碧斗さん、お母さんを手伝ってくれてありがとうございます!」
2人目の女の子は丁寧に頭を下げてくれる。こちらは礼儀正しい女の子のようだ。
「碧斗君はルルとラムと同い年くらいかしら?」
「ルルとラム?」
俺がそう首を傾げると、2人目の女の子が「ルルは私です!」と手を挙げてくれた。ということは、ラムというのがあの猫耳さんか。
「おそらくそうですね、身長も近いですし」
NPCに年齢の概念があるのかは分からないが、こう答えておくのが無難だろうな。
「碧斗君いい子そうだから、街で会ったら2人とも仲良くしてあげてもらえるかしら」
「ええ、構いませんよ」
俺としても、この街の知り合いがいる方が何かと便利だろう。ただ、ひとつ問題があるとすれば……。
「…………」
ラムと呼ばれた猫耳少女が、俺への警戒を解いてくれないことだろうな。
その後、何件かの配達を済ませたところでクエストが完了し、いくらかの経験値やお金、美味しそうな野菜など、それなりの報酬を受け取ることが出来た。調合屋では失敗したが、ひとまず半分のクエストを終えたことになる。
「次の目的地は……ってここか」
地図を見ながら歩いていた俺は、通り過ぎそうになったところをギリギリで踏み止まる。剣や杖の形をした看板が取り付けられた店……そう、ここは武器屋だ。
ここでは武器の整理をお願いされるはずなんだが……。そう思い出しながら店の中を覗き込んでみると、そこでは見覚えのある顔が右へ左へと駆け回っていた。
「あれ、天造さん?」
名前を口にした瞬間、彼女はピタッと動きを止める。そして俺を見つけると、トコトコと駆け寄ってきた。
「関ヶ谷先輩、いらっしゃいです」
彼女がペコッと頭を下げると、胸元のネームプレートが揺れた。そこには『店員A』と書かれている。どういうことだ?
「いらっしゃい……って、天造さんここで働いてるの?」
「あ、一応そうなってます。実は店員AというNPCにバグが発見されまして……AIが修復するまで私が代わりにやることに……」
なるほど……要するに穴埋めってやつか。バイトのシフトみたいなものだろう。足りなくなったから代わりに入る的な。
「でも、わざわざ天造さんが出てこなくても、AIに別のNPCを用意させればよかったんじゃないのか?」
俺がそう言って首を傾げると、彼女は「はっ!?」と珍しく驚いた顔を見せた。この様子だと、どうやら思い至っていなかったらしいな。
「確かにそうでした……店員Aを登場させるという事に執着しすぎて、周りが見えていませんでした……」
彼女はガクッと肩を落とすと、そのまま床に膝を着いてしまった。そこまで落ち込まなくてもいいんじゃないかと思うのだが……。
AIも天造さんも、頭や性能が良すぎるあまり、見えていない部分というのがあるのだろう。貴族が平民の暮らしを知らないのと同じだ。そういうのを補うのが俺みたいな凡人なんだよな。
「ところで、先輩はどうしてここに来たんですか?クエストですか?」
そう聞かれ、俺は依頼の紙を取り出して見せる。天造さんはそれを受け取ると、「なるほど」と頷き、逆に彼女のストレージへとしまった。
「この依頼、私がさっき終わらせてしまったんですよね。片付け始めると止まれなくて……」
天造さんって、天才に見えるけどやっぱり抜けてるところがあるよな。
「報酬はこれでしょうか?私には必要ないので、先輩にプレゼントします」
彼女はそう言うと、いくらかのお金が入った袋と、鉄の剣を手渡してくれた。そうだ、俺の目当てはこの剣なんだよな。木の棒とおさらばしたくてこのクエストを受けたのだが……。
「いいのか?天造さんがクリアしたのに……」
「いいんですよ、私は開発者権限でいくらでも手に入りますから」
「す、すごくメタいことを言われてるけど……ありがたく受け取らせてもらうよ」
まあ、確かに天造さんはあくまでガイドとして着いてきてくれてるだけだもんな。俺たちみたいに普通に遊ぶ必要は無いし、細かいところはスルーしておくか。
剣をストレージにしまい、お金を仮想財布に入れた後、お礼を言ってから店を後にしようとした俺は、ふと天造さんとは別に、見覚えのある姿を見つけた。
剣や杖、水晶などの戦いに使う道具や、鎧や盾などの防具の前を行ったり来たりしている彼女は……。
「えっと……ラムさんだっけ?」
先程、野菜を運んだミューさんの家にいた、猫耳の女の子だった。
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